イトウクラフト

TO KNOW CRAFTSMANSHIP

CRAFTSMANSHIP

TUNE-UP

Published on 2013/02/08

新たな武器を手にする

文=丹律章

 2012年の年末、イトウクラフトはカーディナル3、および33の両機に対応するカスタムパーツを発売した。

 僕自身、伊藤がカーディナル3について多少の不満を持っていることは知っていたが、パーツを一般ユーザー向けに販売するというのは、寝耳に水であった。

 ミノーを作るのはハンドメイドの延長として理解できた。ロッドについてもロッドビルディングをする人は意外に多いから、それもどうにか理解の範疇だった。だが、リールとなるとちょっと違う。そういう機械的なものは、もっと大きなメーカーじゃないとできないものだと、僕は思っていた。

 それを可能にしたのは、伊藤がメーカーを起こして以来の様々な人とのつながりだった。

 伊藤は言う。

「10年前だったら、やろうと思ってもできなかったと思う。今は、色々な人と横のつながりができて、自分達にできることが年々増えてきた」
 それによって伊藤はリールのカスタムパーツの販売にたどり着いた。今回発売したカスタムパーツ第一弾のパーツ総数は9点。大きなものはサイドプレートで、その他はネジとかワッシャーなどの小さな隠れた部品だ。詳細はこのウェブ上でレポートされているのでそれに譲るが、これを装着することで、約20gの軽量化になる。

 カーディナル3のオリジナル重量は225g。10%弱の軽量化だ。20gと聞くと大した数字じゃないが、10%となると大きい。

「車でもなんでも、軽量化っていうのは最高のチューニングなわけです。リールの軽量化によって釣りが楽になるし、何より釣りが楽しくなります。カーディナルを使って渓流釣りを楽しんでいる方は、是非試してほしいと思います。少量生産で切削作業も1つひとつ時間がかかるので、カスタムパーツの価格は安くはないですけど、効果は絶大。私自身、今後オリジナルのカーディナルで釣りをすることはないと思う。いったん軽いリールに慣れてしまったら、もう戻れない」

 もう戻れない、とまで伊藤が言い切る軽量化は、彼自身の怪我によって生まれた、文字通り怪我の功名であった。


 2011年6月はじめ、伊藤は右手に怪我を負った。休日に作業場で作業をしていて、工作機械で靭帯を2本切断してしまったのだ。

 すぐ病院に行って処置はしてもらったが、右手はギプスで固定されてしまった。かろうじて指先は出ているものの、ロッドを握れる状態ではない。病院ではギプスが取れるまで2か月半と言われた。

 時は6月あたま。サクラマスはともかく、渓流シーズンがそろそろ本格化する時期だった。

 そこで伊藤は思ったのだ。

「このギプスがもう少し短かったら、ロッドが握れるんじゃないか」

 何というか……よく言えば、釣りにかける情熱の凄まじいまでの熱さ(悪く言えば、目も当てられない釣りバカ。だってそうでしょう。ギプスはきちんと直すための処置。普通は怪我を直すことを第一に考える。それなのにギプスを自分でチューンしようとするのだから普通じゃない)。

 そして伊藤は、ルアーやランディングネットなどを作るための工作機械を使って、ギプスを短くしてしまったのだ。そしてもちろん、すぐに釣り場に行ってみた。

「ところがね、やっぱりギプスが邪魔して、リールが握れないわけです。で、あきらめて帰ってきて、今度は左投げに挑戦しようと思った。左投げだと右手でリールを巻くから、カーディナルじゃハンドル交換できないから無理でしょ。それで、ロッドにイグジストを付けて川に行ってみた。そしたら難しいのよ、左投げって」

 右投げの人間がルアーを左で投げるのは難しい。当然だ(普通は川に行く前に気が付くが)。

「それであきらめて帰ってきたんだけど、しばらくしたらまた、どうしても釣りがしたくなって、さらにもう少しギプスをカットして、川に行ってみた。そしたら、ちょっとだけ10m位投げられたんです。痛かったけど。それで分かったことは、ロッドを振ることは我慢できる。一番痛いのは、キャストの最後にロッドを止めることだってこと。全体の重量に遠心力がプラスされたものを、ピタッと止めなければならない。その止める瞬間に掛かる力が、これほど大きいのかと、痛さを感じて改めて気付いた。その時イグジストを使っていたんだけど、それでも限界だった」

 イグジストの2004が170g。それに対してカーディナル3が225g。その差は大きい。

「そこで、カーディナルの軽量化を本格的に考えてみようと思ったわけです。最初は、ローターカバーの中にあるバランサーを削り取って、次にハンドルをねじ込むメス側を支えているテーパーのついた筒状のパーツ、これをアルミで自作してみた。旋盤があれば作業自体はさほど難しくないですから。カスタムパーツの第一弾でいえば、ドライブシャフトギア・スリーブという名称を付けたパーツです。さらに、ネジを1か所軽いものに変更した。これで、15gほどの軽量化になったんです」

 効果は絶大だった。

「なんだかんだで3週間くらいでギプスは自分で外してしまって、医者には『こんな患者見たことない』ってあきれられたけど、それで釣りを開始することができた。右手は100%の状態じゃないわけで、リールが軽いのは劇的に楽だった。そこで軽量化の有効性を改めて、身をもって感じることができたので、徹底的にそれを突き詰めてみたわけです。カーディナルの金属パーツは真鍮製のものが多く、これをジュラルミンや樹脂にするだけで軽量化ができたんです」

 道具がカスタマイズされるとき、時にそれはビギナーには使いにくいものに変貌を遂げることがあるが、軽量化は間違いなく誰にでも有効なチューンだ。

 そしてイトウクラフトが提案するカーディナルのカスタムチューンは、さらに続きがある。

「第一弾が、軽量化を主な目的にした、9つのパーツセットですが、第二弾はスプールになります。正規品をイトウクラフトでチューンして発売する予定です。フロントのエッジ部分にテーパーを掛けてライン抵抗を少なくすること。それとコルク製のアーバー(下巻きを不要にする上げ底パーツ)をセットします。これによって軽量化も図ることができます。たとえば6ポンドのラインで下巻きすると、180mで約5.3g。既存のプラスチック製のアーバーなら3.3gあるんです。これが弊社で発売するコルク製アーバーなら約1g。プラスチックアーバーと比べても2gちょっとの軽量化になります」

 さらに第三弾が控える。

「ハンドルとノブのセットを発売する予定です。ノブは、自分自身あの形状がイマイチ気に入らなくて……魚がヒットしてアワせるときに、ハンドルを回転させてラインスラックを取るわけですが、そのときにすっぽ抜けることがあるんです。それが原因で、年に2~3匹、いいヤマメを逃がしている。これを防止するために、すっぽ抜けにくい形状のノブを付けたハンドルを開発中です。オリジナルのハンドルよりは軽量なものになるので、第三弾まで組み込めば、200gを切る重量に持って行けるはずです」

 200gを切って、10%以上の軽量化を実現させたとしても、現実的に国産のリールでさらに軽いリールは存在する。前述したイグジスト2004は170gだ。軽量なものというだけなら、こちらを選ぶという選択もあるはずだ。

「でも、国産のリールにはまねのできないカーディナルならではの性能があるんです」

 それは、このウェブサイトや釣り雑誌などでも何度か伊藤が言ってきた、「流れを感じる能力」ということになる。

 流れを感じるためのリールに求められること、それは何なのだろう。

「あからさまに言ってしまうと、今の国産の高性能リールは様々な釣りに対応するために汎用性を求めすぎて、パワーがありすぎてしまうんです。だから小さな流れの変化を感じにくい。でもカーディナルは非力なので。逆に小さな変化が手元に伝わってくる」

 確かに日本が世界に誇る2大メーカーのリールは、ここ30年ほどで海外の他社をリードし、現在でもその進化を突き進めている感がある。たとえば30年前は、スピニングリールで水深200mの海でジギングを行うことは相当に無理があることだった。しかしそれは現在劇的に改善され、巻くという能力はベイトリールに迫るほどだ。

「本流でダウンクロスの釣りをするなら、結構ルアーに抵抗がかかるので、国産の高性能リールでも抵抗の変化は分かりやすい。でも、アップストリームになると、リップが受ける抵抗はわずかなので、分かりにくくなってしまう」

 たとえばこういうことですと、伊藤は話を続ける。

「車で坂道を上るとします。400馬力もある高出力の車なら、100キロの人間を1人余分に乗せたところで楽々登れるわけですが、非力な小型車に100キロの人を乗せると、それだけでパワーは食われて登攀スピードは落ちてしまう。現在の最新スピニングに比べると、カーディナルは小型車のようなものです」

 当時の開発者の意図とは別に、カーディナル3は、渓流のアップストリームに最適なリールの立場(少なくとも伊藤の釣りに適しているという意味では)を確立した。そして、発売から30年以上たった今、そのリールはより優れた形に生まれ変わろうとしている。

 もちろん、今のまま、オリジナルのリールを使い続けるのもひとつの道ではある。そこには、これまで通りの釣りがあるだろう。しかし、渓流のルアーをもっと楽しみたいと思うなら別の道へ進めばいい。その新しい世界への入り口は、既に開かれている。