CRAFTSMANSHIP
LURE
Published on 2009/11/10
発売未定、幻のウッド85
解説=伊藤 秀輝
聞き手=丹 律章
毎年イトウクラフトからは、いくつかのルアーやロッドなどのトラウト製品がリリースされる。発想を形にするチャレンジは常に続けられているわけで、当然新製品発売の影には、開発途上の製品はいくつもあり、中には、ある程度完成したのに、何らかの障害があるゆえにペンディング状態になっている製品も存在している。
そういった製品については、本来おおやけにするべきではないのかもしれないが、以下に紹介するような試作品がたくさんあって、その中から限られたものだけが完成に至り、製品としてリリースされるということを知ってもらうだけでも多少なりとも意味があると思い、ややイレギュラーではあるが、発売未定のミノーの開発秘話をここに紹介させていただく。
──未完成のサクラマスミノーについて、伺いたいと思います。製品名はないので、ここでは便宜上「ウッド85(ハチゴー)」と呼ぶことにします。この「ウッド85」は、僕も2年前にサクラマス釣りで使わせてもらったことがあるのですが、このミノーの現時点でのスペックを教えてください。
伊藤:素材がウッドで、長さは85mm、重さは13gと16gの2タイプあります。
──どういったコンセプトで作られているものなのでしょう。
伊藤:サクラマス用の「蝦夷50SファーストモデルタイプⅡ」のイメージですね。中層からそれ以下のタナを狙うミノーとして考えています。
──ウッドを選択したのは何故でしょうか。
伊藤:ウッド素材を使うことによって、プラでは不可能な動きのキレが出るんです。その特性を有効に使って、ボトム付近でサクラマスを誘いたいというのが開発のコンセプトですね。
──ボトム付近を狙うサクラマスミノーとしてまず考えられるのがディープミノー。イトウクラフトでは「蝦夷90ディープ」や「山夷95ミディアムディープ」がありますが、これらとの違いは何でしょう。
伊藤:ディープタイプのルアーは、長いリップでボトム付近まで潜って、深いタナでサクラマスを誘うルアーなんですが、リップが長いだけに垂直方向に受ける抵抗が大きく、ロッドアクションを加えることについていえばショートリップのものほど簡単ではないんです。がんばれば多少動かせるけど、無理にアクションをくわえるには、ロッドパワーも体力も数倍必要で、しかも腕が痛くなるほどがんばっても、思ったほど大きなアクションは加えられない。動きは、ショートリップと比較すると、それぞれのルアー任せという部分が多いんです。だから、ショートリップの「ウッド85」では「蝦夷50SファーストモデルタイプⅡ」のように、ロッドアクションによってルアーを動かし、ボトム付近でギラギラとヒラを打たせるという使い方をしたいんです。テストを続けて、動き的には大体納得できるところまで完成度も上がってきたんですけど……。
──けど?
伊藤:飛距離がね。まだ納得できないんです。プラは重心移動が入れられるけれど、ウッドだとそれが難しいので、現時点ではたとえば「蝦夷90ディープ」と比べると、1割くらい飛距離が落ちてしまいます。極力ウェイトを後ろに持っていって、飛距離が出るようにしたんですが、あまり後ろ過ぎるとアクションが悪くなるし、ボトムから浮いてきてしまう。ウェイト位置での調整だけでは限界があるので、これからどうしていくか、悩みどころです。
──ウッドにも少しは弱点があるということでしょうか。
伊藤:泳ぎのキレなどウッドにはウッドのいいところがあって、飛距離とかコスト面とかプラにもプラのいいところはある。だからこそ、プラにはできない動きを再現してやらなければ意味がない。それでいて、劣る部分があるなら、そこは極力修正しなければならない。ウッドやバルサはプラよりもどうしても価格が高くなるし、飛距離もプラと同等にならないと製品化する意味がないと私は思っているんです。
──楽しみなミノーになりそうですけどね。
伊藤:厚さやリップ形状、顔を立体的にエラを出したり。プロトは12~13回作り直して泳ぎに関しては完成の域に達しています。でもどうしても飛距離がね。飛距離も含めて誰もが使えるミノーという意味では、やはりこのミノーは完成していない。一般の釣り人がきちんと飛ばせるものでないと、いまの時代、市場に出す意味があるルアーではないと思うんです。
──でも、既に実績も上がっているとか。
伊藤:2007年春に構想がスタートして、2007年秋にはプロトが完成。2008年のサクラマスシーズンからテストを始めて、私を含めスタッフの間でも実績は出ています。動きは確かにいいからね。
実際に「ウッド85」で釣られたサクラマスとその釣りの模様は、「鱒の森」誌上において紹介されるはずだという。トータルとして完成することを見越して取材に用い、雑誌に掲載予定があるのに、まだ完成しない。雑誌に載れば使いたいという人も現れるだろう。しかし完成していない製品を市場に出すわけにはいかない。そこに作り手のジレンマがある。
サクラマス用の「蝦夷50SファーストモデルタイプⅡ」。コンセプトを聞くだけでも楽しみなルアーである。しかし一般ユーザーレベルのそんな感想とは関係なく、飛距離という1点において未完成ゆえ、発売は未定。そんなルアーというのも、メーカーの内部には存在するのだ。
飛距離の問題が解消され、晴れて発売に至るのか、はたまたこのままお蔵入りなのか。僕らにできるのは、ただ待つことだけである。
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