FROM FIELD
伊藤 秀輝
FIELDISM
Published on 2010/11/15
WOOD85と6月のシナリオ
2010年6月10日、秋田県
アングラー=伊藤 秀輝
写真と文=佐藤 英喜
2010年6月。秋田県のサクラマス解禁から数日が過ぎ、時期的にもサクラマスの活性は、急な下り坂をゴロゴロと転げ落ちていることが想像できた。
解禁日から蓄積し続けているプレッシャーも、きっと川の隅々にまで行き渡っている。全く釣れていないわけではなかったけれど、状況を好転させるようなキッカケが見当たらず、どこからともなく終末ムードが漂い始める、そんな時期に差し掛かっていた。
伊藤秀輝が玉川に向かったのは6月10日のこと。タックルとカメラを車に積んで、ぼくも同行する。
「やっぱり水はないね。ぜんぜんだよ」
橋から見下ろす川は、ずいぶんと減水しているようだった。平水時であれば厚い流れに覆われているはずの川底が、すっかり露出している。その下手の瀬でルアーマンが3人、等間隔に並んで竿を振っているのが見える。
困ったことに、と言っても出発する前から分かっていたことなのだが、状況は好転するどころか、日に日に悪くなっているような気さえしてくる。この停滞する川でナーバスなサクラマスを相手に、釣り人にはどんなカードが残されているのだろう。
「水が動いたわけでもなく、プレッシャーも高まった後の釣りっていうのは、本当に難しくなる。だからこそ自分が意識するのは、相手の衝動的な部分を引き出す釣り。イメージ的に言うとね、遠くから長くルアーを見せるんじゃなくて、ああルアーが来たなと魚が警戒する前に、捕食圏内に素早く持っていく。その範囲内でルアーの一番良い泳ぎを引き出して、タメを作る。出来るだけ魚の警戒心をあおらずに口を使わせるような釣りを、こんなときは考えてるね」
最初のポイントへ向かう車中、伊藤が今日の釣りのイメージを話す。
まずは点を釣るということ。しかしそれを実際にやろうとしたら、魚の位置をかなりハッキリと予測できていなければ、釣りは始まらないということになる。
「もちろんそう。この辺りにいるな、というのじゃなく、ここ!っていう風に着き場を絞り込むことが大前提。どんなに広いポイントでも、1匹のサクラマスがいる場所というのは当然『点』なわけだから、その一点にすとんっと一気に落とし込んで、しかもしょっぱなから強い釣り、ハイアピールなヒラ打ちで誘う。そういう速攻型の釣りで決めていった方が、いまのこの状況では確率は高いのさ。よくさ、1つのポイントを何投で見切りますか?なんて聞かれるけど、そういう質問って返答に困るんだよね(笑)。効果的じゃない攻め方で100投しても意味ないんだし、もうドンピシャ!っていう形で10投したら、それで決まるっていうのもあるし。それと現場で感じ取る、魚からのシグナルにもよるしね」
始めから神経質で、キャストのたびにさらにスレていく魚が相手だから、中途半端な釣りや消極的な攻めはかえって状況を難しくする、というわけだ。
そしてこうしたシビアな状況でも、伊藤の言うところの「魚の衝動的な部分を引き出す釣り」に高い有効性を発揮するルアーが、この日、伊藤のプラグケースに入っていた。来期のサクラシーズンに向けて発売が決まっているWOOD85だ。ウエイトは14gと18gの2種類。
そのWOOD85に話題を移すと、伊藤はまずスプーンの話から説明を始めた。
「飛距離が出て、沈み込みが速くて、底波をきっちりドリフトさせられるのがスプーンの真骨頂でしょ。WOOD85にはそれをもっと有効にしたイメージが含まれてるんだよ。ミノーっていうのは、スプーンみたいにヘンに回転しながらのウォブリングじゃなくてさ、一定の姿勢を保ちながらアクションされられる。魚ってそれにすごく反応するんだよ。スプーン的な使い方もできて、なお且つそういうミノーの姿勢の良さを生かした、効果的なヒラ打ちを連発できる設定だね」
WOOD85は、釣り場でのさまざまな展開が想定されていると言う。例えば、早春の割とピュアなフレッシュランを狙うときは、飛距離が出るので広く手返し良く探ることを優先させられるし、タダ巻きでもしっかりウォブロールして誘える。また、ショートリップのヘビーウエイトミノーだから、カウントダウンやロッドの角度によって泳層が選べる上、それぞれのレンジで思いのままにヒラを打たることができる。止水のデッドスローでも泳ぎ、逆に雪シロ絡みの押しの強い流れでも飛び出さない。トゥイッチへの反応もすこぶるいい。ウッド素材ならではの極めて緻密なバランスだ。
「もちろん、ボトムまでしっかり落とし込んで、底波に入れたまま、止めてヒラを打たせることもできる。結局こういうヘビーウエイトで、泳ぎのキレの良さ、トゥイッチでのヒラ打ちの反応の速さを追求すると、このサイズのプラスチックではやっぱり限界があるんだよね」
さて、1つ目のポイントに到着したぼくらは、急いで釣り支度を整え、朝マズメの河原に立った。水色はクリアで一見きれいだが、相変わらず玉川の水は、どこか生命感に乏しい。カメラをいじったり朝モヤの景色を写真に収めたりしていると、
「まったく気配がない」と伊藤が早々に見切りをつけた。2つ目のポイントも同様で、すぐに見切った。
「魚は少ないって聞いてたけど、確かに、これは厳しいね」
魚が少ないということは、そのぶんだけ、さらにサクラマスと出会う確率が下がる。と、ぼくは考えていたのだが、伊藤は違うと言う。何が違うのかというと、そのぶんだけ、ではないのだ。
「1つのポイントに3本、4本と入ってると、仲間がいる安心感があるのか、その内の1匹、2匹は比較的ルアーに興味を示しやすいんだよ。それが1匹しかいないと、すごく不安がって余計に警戒心が強まる傾向がある。これはヤマメも同じ。だから、仮に前年に較べて個体数が半分だったら、釣果は半分のさらに下になるはずだよ。3分の1とか、4分の1とか。魚が少ないことで、魚の性質も変わってくるからさ、それが釣りの難しさをさらに加速させるんだよ」
明るい話題ではないけれど、こういうベテラン釣り師の話を聞くのはやはり楽しい。へえ、そうなんだ、とその洞察力と経験に深く感心しながら、3つ目のポイントに到着した。
いい感じのトロ瀬がほぼ直線的に走っていた。
以前から、いいポイントだな、とは思いつつ、押しが強過ぎるためになかなか手の出しづらい場所だったが、渇水の今日は一目見て、「ぞくっ」とくるものが伊藤にはあった。
「さっきも言ったように解禁を過ぎてからの釣りっていうのは、もう狙い澄ましたスポットで、一気にタナを合わせてやって、1投目から綺麗に誘ってこれるか、これが大事だと思う。魚が少ない状況であれば余計にそう。で、減水してる今日なら、このポイントでもそういう釣りが展開できるなと」
サクラマスのいる場所はすでに予測できている。ぼくには分からないけれど、平坦な瀬のなかに一ヶ所だけ、がくんっと底の掘れたスポットが隠れている、らしい。狙いはその一点。
WOOD85の18gをスナップにセットした。立ち位置の関係からアップストリームで、底の掘れたスポットへキャストする。2mほど上流に着水させ、ボトム付近に送り込んでから、トゥイッチで連続してヒラを打たせる。サクラマスの衝動的な興味を引き出す誘いだ。
1投目。えっ?と思った。
底波から浮き出ることなく、ヘンにダートすることもなく、ギラギラとヒラを打ちながらゆっくりと流下してくるWOOD85の後ろを、銀色の丸太のようなものが追尾していた。ミノーの約1m後方をサクラマスが追っているのが見えた。
その距離が、50cmに詰まる。伊藤の足元から3mの所。そこで伊藤はトゥイッチを緩めると、意図的にサクラマスのチェイスを止めた。するとサクラマスは、ぐるっと反転し元の着き場へ戻って行った。
「えっ?」一瞬置いて声に出して言った。
この状況でチェイスしてきたサクラマスにも驚いたが、それをわざと帰すなんて。千載一遇のチャンスの場面で、こんなことをするなんて、ぼくには到底信じられなかった。残り3m。もっと誘えば魚とルアーの距離はさらに縮まったはずだ。
理由をたずねる。
「きっと魚は少ないはずだし、いても、テトラの下に隠れたりして、出てこないんじゃないかな。そういう状況で、通しのいい流れに魚がいた、というのが分かっただけでOKだよ。あれは釣れる魚だ」
対岸に渡るよ、と言って伊藤は川を背にした。彼のなかでは、もうヒットした魚なのだ。残り3mの所で、頭のなかではすでに次の展開、つまりヒットした魚をバラないように確実にランディングするための判断が行なわれていたのだ。対岸から、サイドでがっちり食わせた方が安全。そう判断した。
対岸に渡った伊藤は同じWOOD85を、サイドから、魚が戻った地点の2m奥へ投げ込んだ。魚は見えないが、伊藤にはサクラマスの、その頭の位置までハッキリと分かっていた。ミノーがそこを通過する辺りで、派手にヒラを打たせる。1回、2回、3回、「ドンっ」。
ヒットしたサクラマスが、押しの強い流れのなかで豪快に暴れる。それをじっくりといなす。
ファイト中は、ロッドのベリーをしっかりと生かすことが重要だと言う。ロッドのしなりをほぼ一定に保つ。このテンションならバレることはない、という所で維持する。それは3m手前でヒットしたときも、30m沖でヒットしたときも同じ。俺は体のなかにドラグセンサーがあるからね、と伊藤は笑う。
「簡単に出るときは出る魚なのに、釣れないってなったら、とんでもなく難しいのがサクラだよね。今年みたいに釣りづらいときっていうのは、疲れるけど達成感とか満足感も大きい。このマスに関して言えば、自分のなかでは3本分の価値はあったよ。それくらいシビアに狙って、自分のシナリオ通りに、駆け引きがきっちりできて仕留めた魚だから」
伊藤のネットには66cmの、玉川の太いサクラマスが収まっている。
渾身の一尾に、ぼくは腹の底から感動していた。
TACKLE DATA
ROD | Expert Custom EXC820MX/ITO.CRAFT |
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REEL | Exist Hyper Custom 2508/DAIWA |
LINE | Super Trout Advance Big Trout 12Lb/VARIVAS |
LURE | Wood 85 proto model/ITO.CRAFT |
ANGLER
伊藤 秀輝 Hideki Ito
1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。