イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2014/05/23

6月の秋田
川と鱒を読む

2013年6月、秋田県

アングラー=菊池 久仁彦
文=佐藤 英喜
写真=菊池 久仁彦、前川 淳

 どんなに予測を立てても、本当のところはフタを開けてみなければ分からない。


 2013年6月1日、秋田サクラマス解禁日。

 限られた時間の中で目の前の状況を的確に判断し、最善の一手を打てるかどうか。解禁日に賭けた多くの釣り人達の読みが交錯する朝。菊池久仁彦はいつもの年と同じく阿仁川にいた。


 菊池が阿仁川に着いたのは午前2時頃。前日は仕事で動けなかったので、釣り場の下見はしていない。水量が多ければ多いなりの、少なければ少ないなりの釣りの組み立て方が、菊池の引き出しには収まっているわけだが、夜が明け、川を見て、驚いた。


「過去の解禁日では経験したことがないくらい水が高かった。思ってたよりも20cmは高い。プラス、何とか勝負になるかな、という感じの濁り具合」


 はやる気持ちを抑えながら、菊池は周囲がしっかりと明るくなるのを待った。


 立ち位置を決めてから30分。この時間がことのほか重要だった。


「流れの筋がハッキリと見えるまで待って、狙い澄ましてキャストしたかった、というのもあるし、濁ってる中でもきちんとルアーを魚にアピールしたかった。それと、ヒットしてからのやり取りを考えて、岸の柳の沈み具合とか水中のテトラの様子も把握しておきたかった。なにせ、いつもはやらないポイントに立ってたからね」


 実際に川を見るまで菊池は、ブッツケの絞りから徐々に流れが開いていく、その開きっぱなを攻めるつもりでいた。が、予想外の高水でそこにサクラマスが着くようには到底思えなかった。ヤブを漕ぎながら少しずつ下流へ移動し、所々でヤブの隙間から川に顔を出して流れを確認していくと、当初狙っていた場所より30mほど下流がいい流れになっていた。


「いつもの年だとマスは着かない場所なんだけど、この時に限ってはバッチリの流れ」


 十分な光量が得られる時間になり、菊池がその流れにキャストを始める。


 ルアーはWOOD85ミディアムディープのプロト。イトウクラフトには開発途上のアイテムがいくつも存在しているが、このMDもそのひとつだ。


 やや対岸寄りにある流芯をまたぐようにミノーを着水させ、トゥイッチでヒラを打たせながらターンさせる。押しの強い流れの中層で、WOOD85の代名詞でもある強烈なフラッシングを放つ。自分の狙いが間違っていないことは最初の1投で確信した。


「流れの筋、ミノーの泳ぐ深度とアクション、立ち位置、アングル、やっぱりここだな、ハマってるな、っていうのがはっきり感じ取れた。これは来るぞと」


 数分後、ゴクンッとルアーが押さえ込まれた。


 すかさずアワセを入れ、そのままテンションを掛けながらリフティングを試みるも、魚はなかなか底から浮いてこない。完全に60オーバーだと察知した菊池は、両脇を締めてしっかりとロッドをホールドし、魚が流芯から抜け出るまで、じっと耐えた。


「ここはもう、カスタムのロッドパワーだよね。こんな時こそ本当に頼もしい」


 流芯を抜けたら隙を見て、ジワジワと巻いてくる。無理はしないが、あまり下流に行かせると水没した柳が危ない。そこに突っ込まれたらアウトだ。


「勝負を急ぎ過ぎても魚は暴れるし、じっくり構え過ぎても流れに乗って下流に行かれる。底にはテトラも沈んでる。魚がデカいだけに難しい状況ではあったけど、イメージどおりにランディングできたよ」


 この時に限ったことではなく、キャストを始める前からすでに菊池の頭にはヒットからネットインまでの流れが明確に思い描かれている。だからこそ冷静に対処できる。


 解禁日、菊池の手に収まったのはゴロンと太い体形をした65cmのサクラマス。釣り上げるまでのプロセス、魚体の見事さ、どちらも十分に心を満たす1本だった。

堂々たる65cm。解禁日の阿仁川、予想外の増水に驚きつつも読みが冴えた1本。

  1. 長旅の過酷さを物語る傷を負っているが、力の漲った素晴らしい魚体。

「例年であれば、ここで終わりなんだけどね(笑)」


 秋田のサクラマスと言えば解禁日以外は出掛けることが少なく、すぱっと渓流釣りへシフトチェンジする菊池だが、「去年は時間が取れれば、とにかくマス釣りがしたかった」と言い、次の週末も、その次の週末も、そしてさらに次の週末も阿仁川へ車を走らせた。


 2回目の釣行は泥濁りでまったく釣りにならず、3回目は条件的には悪くないものの反応ナシ。解禁からのプレッシャーで魚は確実にスレており、なおかつ去年は遡上数自体も明らかに少なかった。


「水位も調べずにとりあえず川に向かって、ほとんど現場で戦略を組み立てる感じ。昔みたいにね。阿仁でマス釣りを始めた頃は、釣れなくても川に行けば納得してたもんね。がむしゃらに攻めて、あー、やっぱりダメかあって。それだけでほんと楽しかった」


 解禁から4回目の週末。あれほど高かった水位もすっかり落ちて、川は渇水していた。この状況だからこそ狙えるスポットがあることを、もちろん菊池は知っている。


「まったく手付かずのポイントではないけど、水が高いうちは攻め切れないピンスポット」


 どんな場所かは皆さんの想像にお任せするとして、経験を積んできた釣り人であればそうしたポイントが具体的に思い浮かぶはずである。


 この川に長く通ってきたからこそ働く直感に従って、立ち位置、トレースコース、誘い、一切迷いのない釣りを菊池は続けた。WOOD85の14gが軽やかにヒラを打つ、そのすぐそばで、突然サクラマスの魚体がギラッ!と光った。食ってはいない。


「次のキャストも、100%同じ着水点、同じコース。ここで筋を間違えるともう二度と出てこないっていうのは、渓流魚でもよくあることだよね。スレてる魚だから、ミスした所には飛んでこない」


 解禁日と同じく狙い澄ました釣り、経験が凝縮したヒット。してやったりの一尾が菊池のネットに収まったのだった。

解禁から4回目の週末、遡上数が明らかに少ない中、価値ある2本目を手にした

 川とサクラマスを読む。手がかりは経験に基づく知識と直感。


 思い出多き大好きな川で、釣り人の顔がほころんだ。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC820MX/ITO.CRAFT
REEL Certate 2500/DAIWA
LINE Super Trout Advance Big Trout 12Lb/VARIVAS
LEADER Shock Leader 20Lb/VARIVAS
LURE Wood 85 MD proto model & Wood 85・14g[AU]/ITO.CRAFT

ANGLER


菊池 久仁彦
Kunihiko Kikuchi

イトウクラフト フィールドスタッフ

1971年岩手県生まれ、岩手県在住。細流の釣りを得意とする渓流のエキスパート。大抵の釣り人が躊躇するようなボサ川も、正確な技術を武器に軽快に釣り上っていく。以前は釣りのほとんどを山の渓流に費やしてきたが、最近は「渓流のヤマメらしさ」を備えた本流のヤマメを釣ることに情熱を燃やしている。サクラマスの釣りも比較的小規模な川を得意とする。