イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2015/12/04

4年ぶりの再訪

2014年9月
アングラー・写真=小沢勇人
文=佐藤英喜

 4年ぶりにその渓谷を訪れると、豊かな森の風景は何も変わっていなかった。周囲の山々は相変わらず急峻で、手付かずの濃密な自然が潤沢に残っている。


 しかし、こんな辺境の山奥まで入り込んでも、今や釣り人のいないパラダイスなんて皆無に等しいのだ。それは小沢も重々分かっている。


 前回ここを訪れたのは2010年9月。その時の模様は過去の記事をさかのぼれば出てくるが、そこで小沢が釣り上げたのは、44cmの遡上タイプの大アマゴだった。


「今回は一泊二日の釣行予定で、初日に遡上タイプ、二日目に居着きのアマゴを狙う計画。特に前回は、急に天気が崩れて上流の滝上を攻め切れなかったから、そのエリアをじっくり攻めて居着きを狙いたい」


 他にも行きたい川がたくさんあって、4年の時間が空いたけれど、この川のことはシーズン中、たびたび気になっていた。そう簡単に行ける所でもなくなかなか都合がつかなかったが、ようやく今回再訪する機会が巡ってきたのである。


 初日。まずは滝より下流で、遡上タイプの大物を探す。


 アマゴのタイプによってそれぞれ特徴があり、シビアな状況になるほどケースバイケースの対応が求められるのは当たり前として、その前に、釣りのベースとなる部分をミスなくやり切ること。その意識は常に変わらないと言う。


「アプローチや立ち位置の重要性、あるいは、正確にキャストするとか、着水したルアーを素早く立ち上がらせるとか、ミノーを左右交互に綺麗にヒラ打ちさせるとか、そういう渓流釣りの基本はいつだって大事。その先にさらに奥深い難しさがあるわけだけど、まずはベースがしっかり出来てないと応用もアレンジもきかないからね」


 遡上タイプについて言うと、遡上のタイミングにハマって、まだスレていない状況であれば確かに反応はいい。ただそれでも、そのチャンスをどう生かせるかは釣り人次第である。

 

「本当にベストな釣りができたかどうかは、単純な釣果では判断できないと思う。攻め方によってはもっと釣れてたかもしれない。その可能性を釣りから帰るたびにいつも考えてる」


 この日は2本の遡上タイプを流れの中に見つけ、どちらも思い描いた通りにボウイに口を使わせた。ミスなく釣れた満足感があった。

「先に魚を見つけて、細かいシナリオとイメージを明確に描いて釣るっていうのは、やっぱり醍醐味のひとつだよね。魚に気配を悟られないギリギリの間合いの緊張感とか、その中で魚の反応をじかに見ながら、ルアーの動きを細かく操作して口を使わせる面白さとか、自分の釣りで『釣った感』が大きい。毎回毎回、ほんと興奮する(笑)」


 小沢が釣り上げたのはどちらもいかつい雄の個体で、サイズは39cmと36cm。明らかに遡上タイプではあるが、パーマークも確認できる。


「自分が釣った印象では、この川の遡上タイプは、マスの血は入ってるんだけど、どちらかと言えばアマゴ寄りの個体が多いと思う。個体差もあるとは言え、遡上タイプらしい迫力を持ちながら、全体の色合い、パーマーク、雰囲気に、アマゴらしさが多く入り混じってる。写真を見て分かる人には分かると思うけど、36cmのほうは特にそう」


 二日目。いよいよ滝を越え、さらに上流を目指す。


 滝を越えると、流れにいるのは釣り人のプレッシャーが蓄積している居着きの個体であるため、人の気配やルアーに対する警戒心をよりハッキリと感じさせられた。同時に、相当数の魚が抜かれていることも想像できた。


 上流へ進むにつれ、次第に流れが薄くなった。蝦夷50Sファーストでテンポよく探っていくと、時折7~8寸のアマゴが神経質な反応を見せながら姿を現す。


 流れが川幅いっぱいにほとんど満遍なく広がるポイントに出た。川底には岩がゴロゴロと転がり、そこかしこがアマゴの着き場になっているが、やはり人為的なプレッシャーが影響しているのだろう、そのアマゴは岸際のボサ下にいた。


 ファーストのヒラ打ちに反応した魚が、ぐわっと水中で動くのが見えた。滝を越えてからは一番のサイズだ。


「このアマゴは何としても釣り上げて、じっくり眺めたいぞと」


 通す筋とミノーのアクションを微調整し慎重に攻め続ける。


 すると、突然スイッチが入ったようにアマゴがミノーをしっかりと追ってきた。アップで釣るには流れが速かったけれど、若干流れの押しが弱まるスポットまでミノーの後に付かせ、そこで抜かりなく口を使わせた。


 念願だったこの谷の、美しい居着きの尺アマゴが小沢のネットに収まった。


「前日に釣った遡上タイプに比べれば、迫力やサイズでは劣るけど、でもやっぱり、魚の価値ってそれだけじゃないなって改めて思わされる魚だった」


 濃紺のパーマークが鮮やかに浮かんでいる。きめの細かいアイボリーの肌が空気に触れるにつれ、はかなく黒ずんでいく。釣り上げた瞬間は、まさに宝石の輝きに包まれていた。

 


「この谷のアマゴは、ほぼ間違いなくネイティブ。そういう意味でも貴重な魚達だし、エサも少ない厳しい環境でここまで育った個体に感動したよ。同じ居着きタイプでも、里川の居着きと山岳渓流の居着きとでは、また自分の中で微妙に違うんだよね。今回出会ったような山の天然種には、より野生的で、原始的な魅力を強く感じてる」


 ひとつ言えるのは、積み重ねた経験によって、価値観が研ぎ澄まされていくということ。


 魚の価値は釣り上げた本人にしか分からない。


 小沢は心から満足し、山を下りたのだった。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC 510PUL/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
TUNE UP Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
MAIN LINE Cast Away PE 0.8/SUNLINE
LEADER Trout Shock Leader 5Lb/VARIVAS
LURE Bowie 50S/ITO.CRAFT
Emishi 50S 1st/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


小沢 勇人
Hayato Ozawa

イトウクラフト フィールドスタッフ

1965年長野県生まれ、長野県在住。茅野市在住のトラウトアングラー。野性の迫力を感じさせる渓流魚を追って、広大な本流域から小渓流まで、シーズンを通して釣り歩き、毎シーズン素晴らしい魚達との出会いを果たしている。地付きの魚であり、少年時代からの遊び相手であるアマゴに対してのこだわりも強い。