イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2010/04/30

難しい川の悦楽

2009年9月15日
アングラー=菊池 久仁彦
文=丹 律章

 2009年、9月のある日の深夜。岩手に強い雨が降った。


 9月に入って雨が少なく、川の水は低めのまま落ち着いていた。その水が増える。魚が動く。そう思った菊池久仁彦は、夜明けとともに起きだすと、通っているいくつかの本流のうちのひとつに向かった。

 渓流好きの菊池が本流に通い出して2シーズン目を迎えていた。


「ずっと俺は、渓流ばっかりやってたんです。川幅5mとかそれ以下とかの川を、アップストリームで釣り上って手返し良く探っていく。そんな釣りが好きだった。もちろん今も渓流をやるけれど、本流にも行くようになった。対岸に渡ることができないような大きいな流れでの釣りは、やっぱり渓流とは違いますね。本流は、やっぱりダイナミックな釣りができることが魅力です。小さな渓流は数は見込めるけれど、大きなヤマメがあまり出ない。それに比べると本流はアベレージサイズがでかい。もちろん沢山釣れるわけじゃないけれどね」


 その日に向かった川も、そんな「沢山釣れるわけじゃない」本流のひとつだった。


「ここはまた特別で、難しいんですよ……読みって言うのかなあ、これっていうセオリーが通用しない。本流のヤマメはサクラマスに似たところがあって、流芯近くの隠れ岩とか、ここぞという分かりやすい場所に着くことが多いんだけど、この川は違うんです。どっちかって言うと、渓流のような小さなポイントに着く。岸際のボサとか、流れの際のちょっとしたポイントにね。しかもそれが一定しなくて、なかなか読めない部分が多いんです。セオリーが通用する本流なら、分かりやすい1級ポイントに通っていれば、いつかはいいタイミングにはまって、どかんといいヤマメが釣れるんだけど、ここはそうはいかない」

 

 前夜の雨の影響で川は思ったとおり増水していた。濁りもまだきつい。少し時間を置くことにして、菊池は別の川へ回った。


 本流でのウェーディングも、気に入っていることのひとつだと菊池は言う。


「渓流は腰まで水に入って釣ることはないけど、本流だとそうやって釣ることが多いでしょ。立ちこんだ状態で掛けて、取り込むっていうのは、渓流とは違った面白さがあるんです。それに俺は、できる限り短いロッドでルアーの操作性を高くして釣りたいので、飛距離をカバーするために限界までウェーディングすることになるから、なおさらです。もちろん、ゴーイチで無理ならゴーロク、それでも飛距離が足りなければ6フィートって、ロッドを長くしていくんだけどね」

 

 午後になって菊池はまたその川に戻ってきた。流れは朝より落ち着いていて、なんとか釣りになりそうだった。しかし平水状態に比べると、水にはまだずいぶんと勢いがあった。


 川が蛇行して流れが岸にぶつかる、その流芯側に菊池は入った。その場所は、普段の水量ならまったく釣りにならないトロだが、その日は増水の影響でいい流れになっていた。


 足元に捨石が入っていて、流れにヨレができていた。


 ルアーを通す。魚が反応した。


「細いんですけどね」と菊池がいうそのヤマメは、しかし35センチあった。

「釣れる条件がある程度読めるようになって、釣れるようになったらその川に対する興味は薄れちゃうんです。でも、この川はそれがまだまだつかめない」


 だから、菊池は今シーズンもこの川と自宅を往復するだろう。


「答えが出ないから難しい。でかいのが釣れたとしても、釣れた理由が分からないことが多いから、また通うことになってしまうんですよ」


 菊池はそう言って笑ったが、その言葉は「分からないからこそ、釣りは面白いんじゃないですかねえ」と言っているようにも聞こえた。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
LINE Super Trout Advance 5Lb/VARIVAS
LURE Emishi 50S 1st Type-Ⅱ/ITO.CRAFT

ANGLER


菊池 久仁彦
Kunihiko Kikuchi

イトウクラフト フィールドスタッフ

1971年岩手県生まれ、岩手県在住。細流の釣りを得意とする渓流のエキスパート。大抵の釣り人が躊躇するようなボサ川も、正確な技術を武器に軽快に釣り上っていく。以前は釣りのほとんどを山の渓流に費やしてきたが、最近は「渓流のヤマメらしさ」を備えた本流のヤマメを釣ることに情熱を燃やしている。サクラマスの釣りも比較的小規模な川を得意とする。