イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2012/05/17

雄アマゴの引力

2011年9月、長野県
アングラー・写真=小沢勇人
文=佐藤英喜

「ずっとあの朱点を見て育ってるからね」


 小沢さんの抱くアマゴに対する強い思いは、川遊びをしながら地元の自然に深く慣れ親しんできた少年時代からの体験や記憶とつながっている。


「子供の頃は、川遊びの相手といったらアマゴだったから、魚には朱点があって当たり前というか、今でもやっぱりヤマメとは別の思いがあるんだよ。自分の魚っていうかね。特に鼻曲がりの雄には、カッコいいなあ!って子供ながらにすごく憧れたし、それは今も変わんない。あの感覚って、クワガタとかカブトムシを採る時に、立派なツノをもった雄を採りたいっていう気持ちと一緒じゃないかな。いかつくて力強いものに対する憧れ。鉄砲をやる人だったら、でっかい雄鹿の四段ヅノを仕留めたい、みたいなさ。男だったら誰でも潜在的にそういう本能があるんじゃない? 魚の場合はさらに、美しさとかパーマークとか、スタイルとか、いろんな価値観が他にも加わってくるけどね」


 そんな見る者を威圧するような迫力とカッコよさを備えた雄のアマゴを追い求めて、小沢さんは昨年秋、とある渓谷に足を運んでいた。


 事前に小沢さんが調べたところによると、その山深い谷にはネイティブの血筋が今も残されているらしく、それもこの釣り場に惹かれた理由のひとつだった。


 そこは当然車の通れるような道もなく、薄暗い山中をしばらく歩かなかければいけない立地条件になっているので、万が一に備えて食料などの荷物をザックにパンパンに詰め込んでの釣行だ。もし予想外に貧果だったら心底ガッカリするしそれまでの疲れも倍増するけれど、失敗を恐れていては何も始まらない。「とにかく強い気持ちを持って行動することです」と小沢さんは笑う。そんなリスクも含めて彼は釣りを楽しんでいるのだ。話を聞くと正直あまり気の進まないかなりハードな行程だが、この先に待っているだろう出会いに胸を膨らませて、小沢さんは険しい道のりを踏破した。


 奥地の山深い谷というと、手付かずのパラダイスを連想してしまいがちだが、いまの時代、実際にはそんなこともない。この時もお約束のようにテンバ跡をいくつか発見した。


 しかしそれでも、谷の清冽な水、ありのままのダイナミックな地形、そしてすぐそこに迫る雄大な山を見ていると、みるみるうちに身体に精気が満ちていくようだった。いい魚を釣りたいのはもちろんだけど、彼らの住む環境にも小沢さんは心底惹かれているのだった。


 冷たい水で顔を洗って一息つき、パックロッドを継ぐ。これまで数々の苦楽を共にしてきた小沢さんの山釣りの相棒がEXC510PULだ。


「パックロッドにありがちなフィーリングのぎこちなさが全くないから、思う存分攻め抜ける。アクション的には、シャープなブランクでありながらティップには適度なしなやかさがあって、バルサとか軽めのミノーも操作しやすいし、キャスト時もリリースポイントが掴みやすい。それでいて、バットの強い反発力を引き出して投げればバルサでもぶっ飛ぶ。それとフッキング性能、大物をいなすトルクの面でも、全く不安がないパックロッドだよ」


 ひときわ警戒心の強い魚を想定し、バルサ蝦夷45Sを使って普段の間合いよりも意識的に遠くからポイントを攻めていく。


 そして、クライマックスはいきなり訪れた。


 7、8mの瀬が続くポイントで、熊笹がせり出した対岸に流れの芯が当たっている。アップクロスの角度でその流芯を通すと、オーバーハングした笹の奥から、グワンッ!と大きな影が現れて消えた。


 興奮のあまり思わず我を忘れてしまいそうなシチュエーションだが、小沢さんは至って冷静に立ち位置を少しずらして、アップストリームに近い角度から、すぐさま熊笹が続くラインをよりタイトに通した。細かくヒラを打たせながらゆっくりと流下させたバルサ蝦夷を、さっきの魚が30㎝ほど追い、食った!一発でしっかりフッキングを決め、ガッガッガッと頭を振る激しい抵抗をロッドの粘りとトルクで溜めながら慎重に寄せる。


 あっという間のできごとだった。


 小沢さんのネットに収まったのは、背中の盛り上がった雄のアマゴ。サイズは43㎝。

 

ネイティブの血筋が残っているだろう谷で、小沢さんが釣り上げた43cmのアマゴ。ロッドは山釣りの最強の相棒、EXC510PUL

 鼻曲がりのアマゴが、グッと釣り人に睨みを利かせる。ずっと憧れを抱き続ける勇ましいアマゴの風貌に見入り、小沢さんは谷底でひとり感激に浸ったのだった。

標高の高い所に住むアマゴの天然種は、秋になると「黒」がより強く出やすいと言う。この魚も空気に触れると顔がみるみる黒くなった

「サイズもでかいけど、何よりこのいかつさ、力強い姿に感動した。こういう出会いがあると思うから、ツライ道のりも乗り切れちゃうんだよ(笑)。パーマークもはっきりと見えたし、頑張った甲斐があった」


 山を歩いた疲労感が、一瞬にして心地よさへと変わる瞬間だった。


 素晴らしいアマゴとの対面を果たし、気を良くしてさらに上流へ釣り上がって行くと、パーマークを色濃く浮かばせた個性的なアマゴが姿を見せてくれた。サイズは8寸クラスがメインだが、ネイティブの血筋を感じさせる野性味あふれるアマゴたちに小沢さんの顔はほころんだ。

8寸クラスだが、顔付きの険しさや個性的なパーマークに野性味を感じる

また別の支流で釣ったアマゴ。サイズは大きくないけれど素晴らしい色ツヤ

 しかし、ある地点からパタッと魚の姿が見えなくなったので、あれ?と思い周囲を見渡すと、すぐそこの地面に真新しい釣り人の足跡があった。上流へ進むと2人の釣り人の姿が見えた。同じ谷を目指した釣り人同士、話を交わすと、さらに上流にもルアーマンが入っているらしい。これはさすがに厳しい。小沢さんはそこで竿を畳んだ。

「なかなか思うようには行かないのも釣りだよね。でもまあ、山と川と魚に元気を一杯もらったよ。さらにこの谷の上流に、どんな魚がいるのか。また次回の楽しみだね」

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510PUL/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3 /ABU
LINE Super Trout Advance VEP 5Lb /VARIVAS
LURE Balsa Emishi 45S /ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


小沢 勇人
Hayato Ozawa

イトウクラフト フィールドスタッフ

1965年長野県生まれ、長野県在住。茅野市在住のトラウトアングラー。野性の迫力を感じさせる渓流魚を追って、広大な本流域から小渓流まで、シーズンを通して釣り歩き、毎シーズン素晴らしい魚達との出会いを果たしている。地付きの魚であり、少年時代からの遊び相手であるアマゴに対してのこだわりも強い。