FROM FIELD
菊池 久仁彦
FIELDISM
Published on 2013/05/17
阿仁川の点を打つ
2012年6月1日、秋田県
アングラー=菊池 久仁彦
文=佐藤 英喜
写真=小田 秀明
日付が5月31日から6月1日へと変わった夜半過ぎ、菊池久仁彦は阿仁川沿いの土手に車を止めていた。秋田県のサクラマスが解禁となるその日、菊池は朝一に釣るべきポイントを考えていた。明るい時間帯に川を見ていないので状況については何とも言えなかったが、日中から下見をしていた小田秀明に連絡を取ると、水量は多くもなく少なくもなく、ほぼ平水らしい。
菊池は、とある瀬が頭から離れなかった。
「でも、日中の方が釣れるんだよね、そこは。もし川が渇水してれば朝から瀬をやるけど、平水なら、その瀬は日が昇ってからの時間に残しておこうかなと」
阿仁川ならではの各ポイントの傾向を踏まえつつ、考えを巡らせた。
夜が明けて解禁日の朝。菊池が選んだのは、やや水深のあるトロ瀬だった。薮をかき分け川に出ると、手前に流芯があり、対岸側はシャローになっている。
ちょっと流速が足りないな、と感じた菊池は、さらに薮を漕いで200mほど上流へ移動した。
「そこで気付いたわけ。あれ? 昔、この対岸から攻めたことあるよなあって。いいポイントなんだけど釣れなくて、なんで釣れないのか不思議に感じたのを思い出した。でも、WOOD85を使って、なおかつ流芯側から攻めれば、マスの着く核心部で『止める釣り』ができるなと」
有望ポイントは他にもあるが、夜の時点ですでに先客の車が止まっていた。まずはここを探って、太陽がしっかりと顔を出してからあの瀬に行こう、そう菊池は決めたのだった。
流れに立ち込み、1キャスト3ステップくらいの速いテンポでどんどん釣り下っていく。50mは下っただろうか、その時、ロッドグリップを保持する菊池の右手にいい感触が伝わった。
「メリハリのない流れが続いてたんだけど、そこだけミノーのリップから伝わってくる抵抗が、明らかに違った。ここで食ってくるぞっていう感じ。水面のヨレにも表れてない何かが底に確かにあって、その流れの変化にルアーが入った。思わずフッキングの構えに入るくらい、ピンと来たね。ただその時は突発的に感じた変化だったから、完璧に食わせられる角度じゃなかったんだ」
菊池はそこで粘らず、そのまま釣り下ることにした。そして、ひと通り探り終えたところでいったん岸に上がり、先ほどピンときたスポットへ静かに入り直した。
さっきより立ち位置を10mほど上流に取った。
ここからは文字通り、点の釣りだ。
「ヤマメ釣りと同じだよ。ラインが5Lbでも12Lbでもイメージは一緒。着水点を見極めて、ラインスラックを上手く操って、いかに魚の鼻先近くまでルアーを送り込めるか。その捕食範囲の中でいかに効果的に誘えるか。WOOD85の性能を最大限に発揮させられるところだよね」
狙い澄ましたスポットで、ジャーク気味にロッドをあおった。
「ジャークでもトゥイッチでも、ラインを張る、緩めるの繰り返しだけど、WOOD85はレスポンスのいいヒラ打ちだけじゃなくて、ラインを緩めて落とした瞬間もヒラヒラと泳いでくれる。だからこそいろんな誘いが可能になるし、マスの興味を強く惹きつけられる」
1回、2回、3回と派手にヒラを打たせ、次のジャークでドンッと魚の重さが乗った。点を見つけ、点で誘って釣り上げた、まさに会心のサクラマスが菊池のネットに収まった。
「久しぶりに阿仁でマス釣りをして、やっぱり来て良かったなあって思ったよ。解禁日の朝は、ラインもまともに結べないような、あの独特の緊張感がいいよね」
菊池にとって3年振りのサクラマスだ。この前年、2011年は震災の年だった。釜石に暮らす菊池は阿仁川に立つことができなかった。
そして実はこの年も、釣りに行こうと決めたのは解禁日前夜のことである。
「兄貴との思い出がたくさん詰まってる釣り場だからこそ、心の中にためらいがあった。でも、ふと思い立った。何でだろうね。仲間も頑張ってるし、マスに賭ける自分の気持ちを大事にしたいっていうのもあったし。迷いつつ、どうしても気になってた」
サクラマスを釣り上げた瞬間は、この川で一緒にマス釣りを始め、多くの時間を共に過ごした兄の功さんのことを、やはり思い出したと言う。
「1本釣ったら、真っ先に電話してた相手がもういないっていう淋しさはあったよ。けど同じくらい、この時は嬉しかったな」
サクラマスをリリースし、菊池は日中に残しておいた例の瀬に向かった。
この瀬は、阿仁川のエキスパートである功さんが特に好きだったポイントのひとつで、快晴の真っ昼間に何度もサクラマスを釣り上げていた場所だ。
「ここに入ったのは初めて。兄貴のポイントだからね。ここで一生懸命ルアーを投げてたんだろうなあ、とか考えながら釣りしてたら、もうそれで十分だった」
瀬を流し終え、菊池は竿をたたんだ。この日、阿仁川に立った意味を彼は全うした。
「昔とはだいぶ川は変わってしまったけど、すごく安心感があった。自分のいるべき場所っていうかね。川に受け入れてもらえた気がした。そんな最高の一日だったよ」
TACKLE DATA
ROD | Expert Custom EXC820MX/ITO.CRAFT- |
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REEL | Certate Hyper Custom 3000/DAIWA |
LINE | Super Trout Advance Big Trout 12Lb/VARIVAS |
LEADER | Shock Leader 20Lb/VARIVAS |
LURE | Wood 85・14g[CT]/ITO.CRAFT |
ANGLER
1971年岩手県生まれ、岩手県在住。細流の釣りを得意とする渓流のエキスパート。大抵の釣り人が躊躇するようなボサ川も、正確な技術を武器に軽快に釣り上っていく。以前は釣りのほとんどを山の渓流に費やしてきたが、最近は「渓流のヤマメらしさ」を備えた本流のヤマメを釣ることに情熱を燃やしている。サクラマスの釣りも比較的小規模な川を得意とする。