イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2013/04/12

閉伊川のマスに想う
後編

2012年4月、岩手県

アングラー=吉川 勝利
文=佐藤 英喜

 桜の花がほころび始めた春の閉伊川でサクラマスを追った伊藤秀輝、吉川勝利、小田秀明の3人。まずは伊藤が鮮やかに口火を切り、それに吉川が続く。

イトウクラフトのフィールドスタッフ吉川勝利が釣ったサクラマス

伊藤のヒットに続いた吉川のサクラマス

イトウクラフトのフィールドスタッフ吉川勝利が釣ったサクラマス

WOOD85の14グラム。その軽快なヒラ打ちで口を使わせた

 吉川のマス釣りと言えばまず思い浮かぶ舞台は山形県赤川だが、この閉伊川も、赤川とほぼ時を同じくして知ったサクラ河川のひとつである。

「15年位前かな、その頃は、山形、秋田、岩手、マスの釣れる川をほとんど手当たり次第に巡り歩いてた時期で、まだ閉伊川もマイナーな存在だった。ポイントがわからなくて、ただウロウロしてる時間も長かったけどね、当時からの印象としては赤川よりも難しいと思った」

 一応補足しておくと、赤川でサクラマスを釣るのも難しいのである。極めて難しい。しかし、吉川にとって閉伊川で手にする1本は、それを超えて遠い存在だったのだ。もちろん、地元である福島からそう簡単には出掛けられない距離の問題もあるが、何より閉伊川は魚の数が少ないと感じた。

「川の雰囲気は、閉伊川の方が好きだね。いまの赤川はさ、中流域でさえ、河川工事なんかでどんどんポイントがなくなって、『川らしさ』が失われつつある。上ってくるマスは太くて立派でも、釣りをしててやっぱり淋しい感じはある。それに比べると、閉伊川はまだ自然の川の姿が残ってると思うんだ。渓流釣りの延長で攻められるのが面白いし、釣りをしてて気分がいいでしょ」

 距離が距離だけに、吉川が閉伊川に足を運ぶのは年に一度か二度だが、決まって閉伊川に来れば菊池功さんと落ち合った。そこで川の状況を教えてもらったり、時には一緒に竿を振ったり、また釣りを終えた後はお酒をくみ交わしながら、それはそれは楽しい時間を過ごした。

「川沿いの桜の木の下で、よく飲んだなぁ。ほんと楽しかったよ」

 閉伊川に来ると蘇えってくるのは、やはり功さんとの思い出なのだ。

 この日サクラマスを手にしたのも、以前功さんが教えてくれたとある淵でのことだった。渓流のヤマメを誘うように、軽快にヒラを打たせたWOOD85に淵のサクラマスがガツッ!と喰いついた。

「初めてこの淵に連れてきてもらった時に、功君がここで1本いいマスを釣ったんだ。ここも浅く埋まってはきてるけど、やっぱりいいポイントだよね」

 当時の光景が脳裏にオーバーラップし、懐かしい思い出がまた胸に流れ込んでくる。冷たい水に手を浸してネットに収まった魚体を支えると、じんわりと嬉しさがこみ上げてきた。近くで釣りをしていた伊藤が駆けつけ、グッ!と力強く握手をかわし喜びを分かち合った。

 この時点ですでに出来過ぎとも言える釣果なのだが、これで話は終わらないのだった。

 撮影を終え、吉川が小田秀明に連絡を取った。すると、なんと小田も今さっきサクラマスを釣り上げたところだと言う。

 岩手県久慈市に暮らす小田にとって、岩手沿岸河川のサクラマスは昔馴染みの魚だ。そしてなかでもこの閉伊川は、とりわけ思い入れの深い釣り場だ。脳裏に焼き付いて離れない強烈な1本のサクラマスが、この川を特別な存在にしている。

 それは2008年4月26日、菊池功さんが釣り上げ、小田が写真に収めた67cm4.2kgのビッグワン(この魚は功さんの特設ページ内、『ALBUM』の中に掲載されている)。この時の出来事が、閉伊川に賭ける情熱の大きな源となっている。

 その朝、狙っていたポイントを上流から釣り下っていくつもりで小田がスタート地点に立つと、背後の葦の中からガサガサと物音がした。ん? と思って振り返ると、功さんがひょっこり顔を出した。

「小田君、やっぱりここからだよね」

 功さんも閉伊川に来ていることはもちろん知っていたのだが、まさかここでばったり出くわすとは思わなかった。互いに健闘を誓い合って、功さんはそこから上流へと向かった。

 その2時間後だ。小田の携帯が鳴った。

「小田君、釣ったよー!ってね。ものすごく興奮してる様子が電話越しに伝わってきました。タダ事じゃないテンションで、『ヤバイの釣っちゃったよ』って。もう俺もだいぶ釣り下ってたんですけど、そこから大急ぎで走って向かいました。実際に見てみたら、本当にすごい魚だった。大きくて、太くて。すぐに、おめでとう!って握手をかわしたんですけど、でもその時の功は、もう握手する手にも力が入ってなくて、興奮を通り越して何かフワフワとした夢見心地のような感じでした。あの表情は忘れられません。もう完全に魚に魂を持っていかれたような雰囲気でしたね」

 このサクラマスが今もずっと小田の心の中で、目標の魚として生き続けている。サクラマスが上る川はたくさんあるけど、この魚は閉伊川にしかいない。そう小田は語る。

イトウクラフトのフィールドスタッフ小田秀明が釣ったサクラマス

小田も続いた。十分に太いマスだが、目標とする魚にはまだまだ及ばない

イトウクラフトのフィールドスタッフ小田秀明が釣ったサクラマス

なんと3人で3キャッチ。小田が釣り上げたシメの1本

 昨年の釣行に話を戻すと、小田はとある深瀬にいた。押しの強い流芯が手前にあり、対岸側のシャローからその流芯へと向かうカケアガリを、WOOD85・14gの軽やかなヒラ打ちで攻めると、狙い通りにサクラマスがヒットした。

 小田も、閉伊川の難しさを身をもって知っている。


「流程が短い分、魚がスレやすいっていうのは当然あると思うんですけど、なかなかスイッチが入りきらないというか、例えチェイスはあってもバイトには至らないケースが多い。これが閉伊川のマスの大きな特徴だと思います。水がクリアな時は特にそう」

 言うまでもなく、閉伊川のサクラマスを知る者にとって今回の伊藤、吉川、小田の3キャッチは、にわかには信じがたい事実なのである。 「3人で行ってみんなが1本ずつ釣れるなんて、本当はそういう川じゃないんだよな」と伊藤が言う。

 その時の閉伊川には、特別な時間が流れていた。

 いつもは単独で動く彼らがこうして一緒に釣行するのは珍しいことだが、同じ思いでロッドを振る3人に、天国にいるサクラマスの神様は確かに微笑んだのだった。

TACKLE DATA

Katsutoshi Yoshikawa
ROD Expert Custom EXC780MX/ITO.CRAFT
REEL LUVIAS 2506/DAIWA
LINE Super Trout Advance Big Trout 10Lb/VARIVAS
LURE Wood 85・14g[AU]/ITO.CRAFT

 

Hideaki Koda
ROD Expert Custom EXC820MX/ITO.CRAFT
REEL Stella C3000HG/SHIMANO
LINE Super Trout Advance Big Trout 10Lb/VARIVAS
LURE Wood 85・14g[RS]/ITO.CRAFT

ANGLER


吉川 勝利
Katsutoshi Yoshikawa

イトウクラフト フィールドスタッフ

1965年福島県生まれ、福島県在住。生まれ育った福島県浜通りの河川を舞台に、数々の大ヤマメを釣り上げてきたが、東日本大震災および原発問題によりホームリバーを失い、現在は中通りに居住する。サクラマスの経験も長く、黎明期の赤川中流域を開拓した釣り人のひとりである。