イトウクラフト

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Published on 2016/10/06

釣りが完成する瞬間

2016.10.6 文=丹律章

 確かフライ関連の雑誌だと思うが、かつて興味を引く記事を読んだことがあった。

 不確かなのだが、おぼろげな記憶を探って再現すると、こんな感じだ。

≪釣りはどの場面を持って完成するのだろうか? ある人は、首を振りぐいぐいと暴れた魚が水面に浮いて、降参した時だといった。またある人は、持ち帰って家でその魚の命を頂いた時だといった。でも自分の場合は違う。魚が自分のフライに完璧な状態で出た瞬間だ。その瞬間に、自分の釣りは完成する≫

 出た瞬間。

 フッキングした瞬間ですらない。

 分からないでもない。その人の好きな釣りがフライフィッシングであって、おそらくは、マッチザハッチと呼ばれる釣りを、愛好しているのだろう。

 マッチザハッチは、その瞬間に狙っている魚(たいていの場合は、定位置でライズしている魚を狙う)が、食べている虫の種類、その虫の状態を予想し、それに合ったフライをプレゼンテーションして、魚をだます釣りだ。

 予測には、川に生息している虫の種類に関する知識がいるし、季節や時間による虫のハッチ、あるいは変態の知識もいる。何年か蓄積したデータも、あれば便利だ。気圧や天候も、虫のハッチに影響する。

 その予測が外れれば、魚は水面に出ないし、出ても直前で食うのをやめたり、口は開いてもちょっとつつくだけに終わったりする。しかし、大きさや色、形状、流れるレンジがマッチすれば、魚は疑うことをせずに、エサを捕食するときと同じように出て、フライを吸い込む。

 そこまで騙せればいいというのが、このフライフィッシャーマンの考えなのだろう。

 自分の推理が100%当たればそれで満足。その後のこと、つまりはフックが外れようが、ラインが切れようが、さほどの問題ではないということだ。

 確かに分からないではない。完璧に騙せたなら、満足感もあるだろう。

 だが、しかし、と僕は思ってしまう。

 やはり、ネットに入れるまでは100%とは思えない、と。

 ルアーの場合は、水面に出でるのとはちょっと違うから、それをヤマメがルアーを食った瞬間と置き換えたとしても、やはりその後も大事だ。ヤマメがルアーを吐き出す前にロッドを跳ねあげてフッキングし、サイズや釣りをしている流れに応じて慎重に、素早くやり取りをして、魚を寄せて、ネットを背中から外し、ミノーの空いているフックがネットの枠やアミに絡んだりしないように、ネットインする。そこまでやって釣りは完成すると思う。

 さらにその後。にやけた顔で魚のサイズを計測したり、魚をなでたりする行為も是非にやりたい行為だが、ネットインした後で、ルアーを外す際に逃げられてもあまり悔しくはないから、やはり自分の場合は、ネットインの瞬間にピークを迎えていると考えた方がよさそうだ。

 考え方は人それぞれ。

 前述のフライフィッシャーマンを否定するつもりもないし、もしかしたら、その釣りの分野では、それが普通の考え方なのかもしれない。

 でもやはり僕の場合は違う。

 ネットを背中から外す瞬間に始まり、ネットインによって終結する興奮の数秒を、とても大切なものだと思う。

 だからランディングネットは背中にぶら下がっていてほしいし、できるならそれは、職人の手によって作られた、本物であって欲しい。


【追記】
 この原稿は、実は3年ほど前に書いたもので、ちょっとした事情で眠っていたものですが、今でも、「ネットに入れた瞬間に釣りは完成する」という僕の認識は変わっていません。

 しかし、先日、イトウクラフトのテスターの人たちと話していたとき「写真を撮るまでは完成ではない」という意見を聞きました。中には、「撮影前に逃げられるくらいなら、釣らない方がいい」とまで言ったテスターもいたのです。

 思うに彼らは、半ば釣りのプロであるがゆえに、証拠写真を残して、ウェブサイトに掲載可能な状態にしないと納得できないのでしょう。

 それはそれで尊重します。

 だけど、僕はやっぱり違うんだな。

 ネットに入れて、キャッチした時点で完成。その後はおまけ。彼らが何と言おうと、僕の場合は、ネットに入れた時が、釣りの完成の瞬間なのです。

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丹 律章 Nobuaki Tan


ライター

1966年岩手県生まれ、神奈川県在住。フリーランスライター。「ルアーフリーク」「トラウティスト」の編集を経て、1999年フリーに。トラウトやソルトのルアー、フライ雑誌の記事を多く手掛ける。伊藤秀輝とは「ルアーフリーク」の編集時代に知り合い、25年以上の付き合いになる。