イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2011/06/27

見えない魚、見える魚

2010年6月22日・7月9日、長野県
アングラー・写真=小沢 勇人
文=佐藤 英喜

 6月上旬、新緑の渓流。


 小沢さんはこの日、ほんとうは本流を釣るつもりだったのだが、季節外れの台風が梅雨前線を刺激し、強烈な大雨に見舞われた本流の釣り場は水が高すぎてどこも釣りになりそうになかった。そこでいくつか支流を回った後、とある川が不意に思い浮かんだのだった。


「渓相が良くて、魚もそれなりには釣れるけど型は期待できないんだよ。まだ時期も早いし、尺が出ればもう御の字だね」


 釣りを始めた頃から知る川のひとつだが、竿を出すのは久し振りのこと。ジンクリアの冷たい水に磨かれた綺麗なアマゴを目当てに小沢さんは川に下りた。


 川に入ると、まだここも水が高い。アップストリームの釣りを展開するにはポイントが限られたが、もう夕方近くで時間もなかったので良さげなポイントだけを拾い釣っていく。狙うサイズはとりあえず尺。季節的にも、また川のポテンシャル的にも妥当な目標に思えた。


 これといった反応もなく、落差のある落ち込みに着いた。


 懐があって大物が着きそうなポイントだけれど普段より水の多いこの日は、落ち込み下から流れ出しまでほぼ一面白泡。底からの湧きも強く、ひどく攻めづらい流れになっていた。


 でもきっとアマゴはいる。ここには尺アマゴがいる。


 感じた気配を信じて小沢さんは蝦夷50ディープを結び、サイドの立ち位置を取った。


 小沢さんはキッパリとこう言う。


「この50ディープじゃないと釣れない魚が絶対にいる。特に、こういう湧きの強い白泡のポイントでは無敵だと思う。立ち位置にもよるけど、クロスの釣りではてきめんに効くよ。対岸に向けてキャストして着水させたらまずはストレートリトリーブで潜らせるわけだけど、底のタナまで持っていく間の泳ぎも誘いになってる。これだけ水噛みが良くて深く潜りながら、タダ巻きでもギラギラ泳ぐディープなんてないよね。そして最も深く潜った核心部で止めておける。そこでトゥイッチでヒラを打たせられる。この性能、操作性があるからこそ、底で動かない魚を効果的に誘う展開ができる。もちろんキャストしたらきちんとサミングして、ミノーの頭をちゃんと釣り人側に向けて着水させるとか、そういう基本的な操作も大事だよね。着水時のミノーの姿勢が悪いと、通すラインや深度が致命的にズレてしまうから」


 白泡のなかに、ルアーを泳がせられるわずかなスポットが見て取れた。潜らせた蝦夷50ディープが狙い通りの軌道で、その弛みの底波に到達した。そこでワンアクション。そして次のトゥイッチへ移ろうとしたロッドが、ゴツッと重々しい手応えに押さえ込まれた。イワナもいる川だが、川底でぐんぐん頭を振る動きから相手はアマゴだとすぐに分かったし、何よりその大きさに、小沢さんは驚いた。尺アマゴどころではない。魚はまったく浮いてこず、白泡の下で激しく身をよじって暴れている。しかしフッキングは完璧で、さらにどんどん潜るように突っ込む予想外の大物を小沢さんが慣れたロッドワークでいなすと、徐々に魚体が浮いてきた。やはりアマゴだ。


 思わぬサイズに一瞬困惑したが、最後のひと暴れをかわしネットにすくった魚を見て、すぐにその答えが分かった。


「この川のアマゴにしては大きすぎるなと思ったけど、魚を見たら居着きじゃなくてさ、遡上系の、たぶん本流差しの個体なんだよ。普段本流の魚はここまで上ってこないんだよね」


 白銀のまぶしいボディに薄っすらとパーマークを浮かばせたそのアマゴは、メジャーを当てると37cmあった。おそらく今回の大水で本流から上ってきたのだろう。

目当ての本流が台風による増水で全滅。そこでふと立ち寄った支流でこのアマゴが出た。37cmのおそらく本流差し。本来なら本流の魚は上ってこない場所だ

「台風がもたらした出会いだね。ほんとうは居着きの魚を狙って来たんだけど、こういう本流差しがいるのが分かって、明日もこの川を探ってみようと思ったね」


 そして翌日。仕事があったが、朝駆けでその川に入った。


 昨日は押しが強すぎて飛ばしたポイントを、アップストリームで探る。10cmほど水が落ちたようだったが、それでもまだ普段より水は多い。水温も低く、手を入れるとキンキンに冷えている。


 ルアーは蝦夷50Sファースト。アップストリームで釣り上る小沢さんのパイロット的ルアーで、使用頻度の高いミノーだ。


「インジェクションのなかではアップでのヒラの打たせやすさはピカイチだし、中層をゆっくり引きながら、トゥイッチをかければ止まってる感覚でヒラを打たせられる」


 サイズは小さいながらも、悪くない反応でアマゴが出てきた。それを何匹か釣ったところで、前日から気になっていた水深のある淵に着いた。


 人によってはタイプⅡやディープを選ぶだろう深いポイントだが、小沢さんはこうした所でもあえて50Sファーストを使うことが少なくない。


 つまり、アマゴの「目の前」ではなく、「頭上」で誘うのだ。


「魚にある程度、食い気が見られるときだよね。通す筋を定めて、そこを正確に何度も通す。しつこくヒラを打たせながら。すると、ドンッと下から食い上げてくる。これがやっぱり面白いんだよね。バイトの瞬間が見えるっていうのが。駆け引きができるし、すごく勉強にもなる。ルアーがどんな動きをしてるときに魚が口を使うのか、とか。そういう目で見た情報の積み重ねが、タイプⅡやディープの、魚が見えない釣りに生きてくる。食わせのイメージがより鮮明に湧いてくる」


 朝マズメの流れにギラギラと光を撒き散らしながら流下してくるミノーに、淵のアマゴがたまらず食い上げてきたのは3投目のこと。腹フックをがっぷりとくわえ込んだのが見えた。


 トレースラインが1投ごとにズレてしまったり、連続してきれいにヒラを打たせられなかったりすると、魚はなかなか出てきてくれない。キャスト、ルアーの操作、基本をシビアに突き詰めた先に、最高にスリリングな瞬間が待っているのだ。


「蝦夷・山夷には、5cmクラスのいろんなタイプのミノーがあって、それぞれに楽しみ方があると思うんだけど、俺はファーストを使ったこの釣りが一番好きだね」


 40cmの雄の本流差しをネットに収めた小沢さんは、もっと幅があればなあ、とか、もっとパーマークが濃ければなあ、とか言いつつ、素晴らしい朝のひと時を過ごしたのだった。

そしてその翌日、蝦夷50Sファーストで誘い出した40cm。思惑通りのヒット

  1. 魚もいいが、渓相も素晴らしい。釣り人として最高の贅沢

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
LINE Super Trout Advance 5Lb/VARIVAS
LURE Emishi 50Deep/ITO.CRAFT
Emishi 50S 1st /ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


小沢 勇人
Hayato Ozawa

イトウクラフト フィールドスタッフ

1965年長野県生まれ、長野県在住。茅野市在住のトラウトアングラー。野性の迫力を感じさせる渓流魚を追って、広大な本流域から小渓流まで、シーズンを通して釣り歩き、毎シーズン素晴らしい魚達との出会いを果たしている。地付きの魚であり、少年時代からの遊び相手であるアマゴに対してのこだわりも強い。