イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

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FIELDISM
Published on 2015/05/29

秋田の桜鱒
初夏の思い出

2014年6月1日、秋田県

アングラー=菊池 久仁彦
文=佐藤 英喜
写真=小田 秀明

 菊池久仁彦にとってサクラマスと言えば、やはりそれは秋田での釣りだ。もちろん岩手県内の河川や、以前は宮城や山形まで足を伸ばしていたこともあったけれど、マス釣りにおいて最も濃密な時間を過ごしてきたのが、昨年まで6月1日解禁だった初夏の秋田である。


 菊池が初めてサクラマスに挑んだのは、玉川でのこと。


「伊藤さんに連れて行ってもらったのが最初で、今から22年前かな。ずいぶん経つけど、よく覚えてるよ」


 それまで地元の渓流しか知らなかった菊池は、川を一目見て、その大きさや流れの押しの強さに衝撃を受けたと言う。


「あの頃は、秋田に釣りに行くこと自体が海外にでも出掛けるような感覚だったし、しかも着いた先が見たこともない大河で、とにかくスケールのでかさに圧倒されっぱなし。そしたら伊藤さんに、『米代はもっとでっけえんだぞ』って言われてね」


 この玉川釣行の2年前、菊池が兄の功さんと地元釜石の甲子川で、たまたま渓流釣りに来ていた伊藤と知り合ったのがそもそもの始まりだった。その時、伊藤の車に積んであったサクラマスタックルに目が釘付けになった。


「ロッドがフェンウィックの、USA時代のヒューチョ。フェンウィックのマークは知ってたけど、実物のロッドを初めて見て、これかぁ…って無性に憧れたね。トラウト用のロングロッドを見るのも初めてだったし、ルアーも見たことないでっかいスプーン。18gとか30g位のトビーやサラマンダーがごっそり出てきて、当時はせいぜい5g位までのスプーンしか売ってなかったから、もうショッキングさ。これで何釣るんスか?って聞いたら『ん? マスよ』って言われて、えっ?あの海で獲れる美味しい魚っスか?ていう感じ。サクラマスが川に上ってくることも知らなかったんだから。ルアーでアメマスとかヤマメは釣ってたけど、中・下流の深場がほとんどで、プールとか堰堤周りを攻める程度。ルアーはそういうものっていう時代だから、伊藤さんの持ってる釣り道具を見たり釣りの話を聞いたりして、兄貴も俺も自分達の知らない世界にどんどん引き込まれていった」


 サクラ初挑戦の玉川で、勝手の分からない菊池は、いきなり押しの強い流れにスプーンをアップストリームで放り込んだ。


「そして流れに負けないよう、超高速巻き(笑)。何もイメージすらできないんだから、しょうがないよね。そこで伊藤さんが、いやいやいや、そうじゃなくてさ、って。表層のヨレと底石の位置関係から、マスの着き場をひとつひとつ教えてくれて、『じゃあ、まずはドリフトから教えるからよ』って言って、キャストの仕方、着水点の重要性、ドリフトさせる時のラインの張り方とか糸フケの使い方、それと、テトラの攻め方もその時に細かく教わったのを今でも覚えてる。玉川でサクラマスを狙ってる釣り人なんてほとんど見かけない時代だったけど、当時から伊藤さんは、ただスプーンを流してターンさせるんじゃなく、流れの中のピンスポットを完璧に釣るためのドリフトを普通にやってたからね。無駄がなくて、すべての動作に意図があった。真似してやってみても最初は全然上手くできなかったけど、そこでつかんだイメージは間違いなく自分のマス釣りの基礎になったよ」


 初挑戦で初サクラを釣り上げる、といったドラマチックな展開にはならなかったけれど、それまで伊藤の話から漠然と憧れを感じていたサクラマスという魚が、じっさいにマス釣りを体験することで俄かに現実味を帯び、何か手ごたえのようなものを感じてますますのめり込んでいくことになった。


「昼に河原でホットサンドを作ってくれて、釣りをしながらそういうことをするのも初めてだったから、アウトドアの楽しさにハマるきっかけでもあったよね」


 その後は功さんと兄弟二人で、米代川水系、主に阿仁川に通い詰めた。


 菊池が念願の初サクラを手にしたのは、米代川本流でのことだった。


「比内のテトラに立って、ルアーはディープダイバー。ちょうどミノーの走りの頃。テトラのキワでヒットしたんだけど、それまでのスプーンの釣りが生きてる実感があったね。ファイト中はもう緊張で呼吸できなかった(笑)。体中ガクガクするし、魚は跳ねるし、ネットを使うのも初めてだし、とにかく、逃げるなよ!逃げるなよ!って祈ってた。ランディングした時は、俺にもやっと来てくれた!っていう喜びだよね。10年も釣れない人がいるって聞いてたから。あの頃はまだサクラマスのポイントも何も確立されてなくて、毎回毎回が手探りの釣り。いろんな場所を釣り歩いて、ダメだ、釣れねえって言いながら木陰で昼寝したり。自信もなかったし、釣れればラッキーだと思ってた。でもまあ、釣れなくても楽しかったよね」


 言うまでもなく、その開拓時代の思い出が、菊池のマス釣りへの思いを大きく占めている。だからきっとこの先も、菊池の中でサクラマスと言えば、やはり思い浮かぶのは初夏の秋田なのだ。


 そして、最後の6月1日解禁となった2014年の解禁日、菊池はいつもの年と同じく阿仁川に立った。


 朝一、狙っていたポイントでキャストを始める。


「ポイントに立って、流れをぱっと見た感じ、今日はもらったと思ってたら、投げても投げても全く反応がない。魚がいないのか何なのか、2時間近く粘ってみてもダメ。周りでも釣れてる様子がない。これはヤバイぞと」


 もちろん引き出しは残っている。川の状況を見て、2つ目のポイントを割り出す。底にブロックが入っている深み。流れの押しもまずまず効いている。


「この時間にここで食わなきゃ厳しい」というギリギリの緊張感を抱きつつ、決して乱暴な釣りにならないように、丁寧に核心部を攻める。


「いつも意識するのは、ほんと玉川で一番最初に教わったドリフトのように、狙い澄ましたピンスポットでしっかりルアーをコントロールすること。そこでWOOD85の長所をきちんと引き出してヒラを打たせる」


 ほどなくして菊池のネットに、体高のある60cmのサクラマスが収まった。

2014年6月1日、秋田解禁。菊池が釣り上げた体高のある60cm。ファイトの強さも素晴らしかった

「この時期のマス釣りは、やっぱり気分がいいよね。気候的にも薄手のシャツでちょうど心地よくてさ、残雪の山並みに新緑が映えて、季節が移ろうダイナミックな自然の中でロングロッドを振る爽快感は、他の釣りでは得られない素晴らしさだと思う」

 初夏の秋田でマス釣りを学んできた釣り人が、充実の笑顔を浮かべながら、手にしたサクラマスを阿仁川の流れに帰した。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC820MX/ITO.CRAFT
REEL Stella C3000HG/DAIWA
LINE Super Trout Advance Big Trout 12Lb/VARIVAS
LEADER Shock Leader 20Lb/VARIVAS
LURE Wood 85・14g[GS]/ITO.CRAFT

ANGLER


菊池 久仁彦
Kunihiko Kikuchi

イトウクラフト フィールドスタッフ

1971年岩手県生まれ、岩手県在住。細流の釣りを得意とする渓流のエキスパート。大抵の釣り人が躊躇するようなボサ川も、正確な技術を武器に軽快に釣り上っていく。以前は釣りのほとんどを山の渓流に費やしてきたが、最近は「渓流のヤマメらしさ」を備えた本流のヤマメを釣ることに情熱を燃やしている。サクラマスの釣りも比較的小規模な川を得意とする。