イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2012/02/29

流れを支配する山夷50SタイプⅡ

2011年9月、岩手県
アングラー=伊藤 秀輝
文と写真=佐藤 英喜

 昨年9月、とある渓を釣り上っていた時のこと。


 伊藤はこの釣行で、34cmの素晴らしいヤマメをノースバックに収めた。背中がパワフルに盛り上がり、パーマークを色濃く浮かべた雄。

 この時、伊藤が使っていたルアーは2012年発売予定の山夷50SタイプⅡ。ほぼ完成に至ったプロトのテストを含めた釣行だった。


 渓流域における5cm山夷の性能を、あらためて聞いた。


「山夷は、速く複雑な流れの中でもバランスを崩さずに綺麗に泳いで、なお且つロッドワークで機敏にアクションしてくれる。流れに強く浮き上がりづらいから、クロスからダウンの釣りにはめっぽう強いよね。それでいて、アップでのヒラ打ちのアピール力も盛り込んである。アップ、サイド、ダウン、どんなアプローチでもストレスなく使えるし、あらゆる流れで安定して泳いでくれるから、釣りをしてて大きな安心感と余裕が生まれる」


 釣り場が渓流だからといって、常にアップストリームで釣るわけではない。


 アップストリームだからこそ釣れるヤマメがいる。その一方で、アップクロスだからこそ、あるいはサイドだからこそ釣れるヤマメもいるし、ダウンでミノーを送り込んで初めて反応するヤマメもいる。渓流とはひと口にいっても、ポイントや状況は千差万別であり、今どきの手強い尺ヤマメを釣り上げるには柔軟に釣りをアジャストさせる臨機応変さが不可欠であることを、伊藤秀輝のヤマメ釣りはいつも雄弁に物語っている。


「確かに、アップストリームにはアップストリームの大きな有効性があるけども、シチュエーションによってはもっと効果的なアプローチも当然あるよね。魚に気配を悟られない立ち位置、どこでどうルアーを見せてどこで食わせるか、バレにくい食わせの角度、ランディングする場所、本当にいろんな要素が絡み合って、それをトータルで考えて一番いい形を選択する」


 常々伊藤が口にしていることだが、一辺倒な釣りでコンスタントに釣れるほど、今のフィールドは決して甘くない。だから使うルアーには、あらゆる状況や使い方に対応してくれる汎用性が備わっていてほしいわけだが、その点でいうと山夷の持つ許容範囲の広さは特筆すべきものだ。


「一般的には、その許容範囲を広げすぎると、ここぞという場面での性能がガクッと落ちてしまって、シビアな状況ではとても使えないルアーになりがちなんだけど、山夷は例外。このバランスの良さはバルサミノーに近い感覚だよ。それと、山夷はキャスティングの面でも大きなアドバンテージをもたしてくれる。細身のボディで飛行姿勢も安定してるから、飛距離が出るし、ピンスポットへのコントロール性能にも優れてる。投げても誘いを掛けても、渓流釣りがラクに楽しめるルアーなんだ」

  1. 賢くて臆病な魚だからこそ、この大きさになるまで育つことができた

  2. ルアーや釣り人の存在に対して知識を持った賢いヤマメが相手。ひとつのミスも許されないシビアな釣りが求められる

 さて、34cmのヤマメはどのようにして釣り上げられたのか。


 ポイントは淵。絞られた瀬の流れが、上流左岸の岩盤に当たり、深緑色の淵となって広がっている。仮に、その絞りを純粋にアップストリームで攻めようとすると、左岸は岩盤が切り立っているのでどうしても川に立ち込まなければならない。伊藤は全く迷いのない足取りで、右岸の開けた河原に静かに立つと、流れの向きに対しほぼ直角にサイドの角度でミノーをキャストした。


「ヤマメの警戒心を不用意にあおらないよう、河原を有効に使ってアプローチするメリットがこの時は大きかった」


 ポイントとの距離感、魚に対する角度、間合い、大抵のことはすでに体が知っている。伊藤の体が自然と動いた先がそのポイントでの理想的な立ち位置だ。それだけの経験が、この釣り人の引き出しには詰まっている。


 たとえその日魚の活性が低く、川全体に反応がまばらでも、決して雑にならず、細やかな神経を常に張り巡らして釣りをしている。伊藤が釣り上げる一匹の尺ヤマメの背後にあるのは、いつだってこうしたとても小さな可能性の積み重ねなのである。


 矢のように放ったミノーを絞りの白波に紛らせるように送り込んで、すかさずヒラを打たせた。伊藤が動かしているのはいつものように手首だけで、気配は完全に消している。山夷50SタイプⅡがキビキビと左右へきれいにヒラを打ちながら、U字の軌道を描き始める。流れにすっと馴染みつつ、トゥイッチにも機敏に反応し、なおかつ、浮かない。ルアー自体が絶妙にレンジをキープしてくれる。ちょうど斜め45度の角度に来たところでミノーをステイさせ、さらに細かくトゥイッチで刻んだ。理想的な誘い方も体が分かっている。意識は、そこでアタックしてくるはずの魚に集中している。


 すると、じれったく踊らせたミノーのきらめきに狙い通りにヤマメがヒットし、ごぼごぼと水飛沫を上げた。伊藤の差し出したネットに幅広の魚体が収まるまで、あっという間の出来事だった。淀みのない流れるような釣りに、釣り人の繊細さと技術が凝縮して見えた。


「アプローチひとつで、着水点ひとつで、ヒラの打たせ方ひとつで、魚の反応はぜんぜん違ってくる。いかに小さなパーツを丁寧に積み重ねていくかだよ」


 知れば知るほど奥の深い釣りなのだ。だから僕らは、この釣りが面白くてしょうがない。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3 /ABU
LINE Super Trout Advance VEP 5Lb /VARIVAS
LURE Yamai 50S Type-Ⅱ proto model /ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


伊藤 秀輝 Hideki Ito


1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。