イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2015/05/01

朱点の記憶と価値観

2014年9月、長野県
アングラー・写真=小沢勇人
文=佐藤英喜

「いいヤマメが釣れればもちろん嬉しいんだけど、やっぱり朱点がないと、何か足りない気がするんだよね」


 長野には、アマゴの川とヤマメの川がある。天竜川や木曽川の水系だったらアマゴ、信濃川水系だったらヤマメが本来は棲んでいる。


 小沢勇人はアマゴ釣りもするしヤマメ釣りもするけれど、よりこだわりがあるのは子供の頃から川遊びの相手として、ずっと慣れ親しんできたアマゴの方だ。


 ヤマメにはなくてアマゴにあるもの。それが朱点。しかし小沢に話を聞くと、その朱点も、ただあればいい、というわけではなく、釣り上げたアマゴに対して必ず「どんな朱点か?」という視線を無意識の内に向けている。


 同じひとつの魚種でも、その中に様々な個性をたくさん見てきた釣り人ほど、自分の本当に釣りたい魚が狭く絞られているものだが、小沢にとってはアマゴの朱点も重要な価値基準のひとつなのである。


「昔からずっとアマゴを釣ってきてる人だったら、結構そうなんじゃないかな。人それぞれに朱点の好みがあると思うよ」と小沢は言う。


 アマゴの魚体に浮かぶ朱点は、大きさ、数、色合いなど、地域やそこに棲む系統によって特徴があるし、その中に個体差もある。


「朱点は、小さくて数が少ない、しとやかなタイプが好き。自分が釣り歩いてきた範囲の経験で言うと、それがアマゴ本来の美しさだと思う。子供の頃は地元の川にも普通に天然種がいたわけだし、その頃からの記憶だよね。昔はそういうアマゴばっかりだったから。逆に朱点が大きくて派手なタイプの魚を見ると、どうしても人工的っていうか、作られた感じがするんだよね。地域によって例外はあるかもしれないけど、この感覚は大体共通するんじゃないかな。もうちょっと厳密に言えば、天然に近い個体ほど、傾向として側線より下には朱点が少ないんだけど、個体差もあるし、自分の理想に完璧にハマる朱点のアマゴはなかなかいない。少なくとも、毎年出会えるような確率ではないよ」


 朱点の鮮やかな養殖魚の系統が放たれることで、本来その川に棲んでいた、控え目で上品な朱点をまとうアマゴ達が激減したり消えてしまった川は少なくない。現場で魚を見続けてきた釣り人は、アマゴが静かに姿を変えていることに気付いている。朱点の派手なアマゴを見てどう感じるかは人それぞれだが、小沢的にはやはり違和感があると言う。


 今回掲載した3本の尺アマゴは2014年シーズンの釣果の一部で、小沢がそれぞれ別の日に、別の渓流で釣り上げた魚達だ。


 これまで素晴らしいアマゴを数多く手にしている小沢にとっても、魚の警戒心が釣り場を問わず日常的に強まっている現在、尺アマゴの難易度は年々上がっている。


「これだけたくさんの釣り人がくまなく川に入ったら、スレてる魚はもう絶対に避けて通れないよね。特に去年は魚の数自体も少なくて、31、32cmっていうサイズを釣るのに例年以上に苦労したよ。本当に難しかった」


 そんな状況で出会った尺アマゴだから、どの魚にも喜びが詰まっているわけだが、しかしアマゴが大好きで、自分なりに深く追求することに楽しみを見い出している小沢は、サイズだけでなく一匹一匹の複雑な個性に目を向けている。


 朱点の出方ひとつにも、それぞれに違いが見て取れる。

 


 1本目の尺アマゴは、朱点の大きさについては大きすぎることもなく、この川に棲む本来の系統の特徴が出ていると言う。


「贅沢を言えば朱点の数が多いんだけど、これは放流魚の影響が表れたもの」

 


 2本目に関しては、もう写真でも一目瞭然。大きな朱点が目立ち、強烈に主張している。これを毒々しく不自然だと感じるか、あでやかな美しさとして捉えるか、皆さんはどうだろう。


「ただ、朱点の数はそれほど多くないし、背中の黒点の出方とか、側線より下に朱点がほとんどないところは天然系の特徴も受け継いでると思う」

 


 3本目の尺アマゴは、比較的あっさりとした朱点で3本の中では最も天然種寄りの印象を受ける。1本目よりも朱点の数が少なく、大きさは2本目よりもずっと小さい。

 


 そして最後に、2012年9月に釣り上げた、小沢が「自分の中で理想的なアマゴ」と語る34cmの写真も掲載した。以前も釣行記で取り上げた個体だが、滑るようなシルクの肌に朱点が軽やかに浮かぶ。朱点の間隔はまばらで、側線より下にはほとんどないのも特徴的だ。小沢の思い描く個性がこの魚体に表れている。


 何でも小沢にとって、アマゴの朱点の出方、その重要度はパーマークの濃さや形にも匹敵するものらしい。さらに朱点やパーマークの他にも、プロポーション、顔付き、肌のきめの細やかさなど、様々な視点から一匹のアマゴを眺めている。


「魚にこだわればこだわるほど、釣りは難しくなるよね(笑)。でも、そうやっていろんなタイプのアマゴを見て、本当に自分の好きな個体と出会うことに喜びを見つけたから。そのためなら苦労も努力も惜しまないよ」


 もちろん趣味趣向は人それぞれで、だからこそ面白いのだけれど、一匹の魚を注意深く観察することでこの釣りはもっともっと奥深いものになる。それは間違いない。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510ULX & 510PUL/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
TUNE UP Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
MAIN LINE Cast Away PE 0.8/SUNLINE
LEADER Trout Shock Leader 5Lb/VARIVAS
LURE Bowie 50S/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


小沢 勇人
Hayato Ozawa

イトウクラフト フィールドスタッフ

1965年長野県生まれ、長野県在住。茅野市在住のトラウトアングラー。野性の迫力を感じさせる渓流魚を追って、広大な本流域から小渓流まで、シーズンを通して釣り歩き、毎シーズン素晴らしい魚達との出会いを果たしている。地付きの魚であり、少年時代からの遊び相手であるアマゴに対してのこだわりも強い。