イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2010/04/16

早春の渓を歩く

2010年3月18日、岩手県
アングラー=大和 博

文=佐藤 英喜

 雪の斜面をくだり、薄い流れの続く川に降りると、大和博はぶるっと身震いをひとつした。


「今年の春は、ずいぶん冷え込む日が多いね。ちょっと異常だよ。そりゃあ30年前とかに比べたら、ずっと雪は少なくなったし、春先の気温も高くなったけどさ」


 今年は山の季節もだいぶ進行が遅れているらしい。


 さて今日のお目当ては、この川に暮らす居着きのイワナだ。まだ起きだしたばかりの魚が溜まっていそうな深みを選んで、さっそくミノーを投げ入れていく。なかなか反応はないが大和は気に掛ける素振りもなく先を急ぐ。その足取りからしてどうやら目指す場所があるようだ。

 一度岸に上がり、これといった懐のない区間をショートカットしてさらに進んでいくと、高さ1mほどの古い堰堤が現れた。堰堤下には、河川規模から見れば「大きな」プールがあった。


「この川のイワナは23cmとか、アベレージで言ったらそれくらいで、あんまり大きいのはいないよ。ただこのプールは、たまに尺上のいい魚が出るんだ。今年はどうかな…」


 季節が季節なので1本の川をとことん攻め切るのではなく、頭の地図に書き込まれている、淵やプールといった早春のポイントを点々と拾い釣っていく作戦で臨んでいた大和にとって、この川のメインディッシュが、この堰堤下のプールというわけだ。


 大和は釣りも魚も好きだが、何より、地元の川と、その周囲の自然が大好きなのだ。しかしヨソの街からやって来た者には驚異的に映る豊かな雫石の自然も、やはり少しずつ変化してきていると言う。


「釣り人目線で言えば、魚がまず減ったよね。サイズに関わらず川から抜かれてしまうことも影響してるし、淵が浅くなって魚の溜まる場所そのものも少なくなった」


 また河川環境の悪化によりネイティブに近い自然産卵の個体が減っていることで、魚の質が落ちてきているのも疑いようのない事実だし、美形と呼べる魚を維持していくには、何と言っても漁協の放流事業の質が大きな鍵を握っている。どのような魚をどんな方法で放流するのか、放流事業のあり方がこの先どんどん重要度を増していくことは言うまでもない。


「まあ、ちょっと寂しい状況の川も確かにあるけど、もちろんまだ楽しめる川もある。探せば、昔に見た魚と同じような個性を持ったイワナやヤマメが数は少ないながらも、まだいる」

 川には降りず、大和は岸の上から静かに身を乗り出すようにしてミノーを投げこんだ。水に立ち込んで魚を警戒させるよりは、きっとこの方が確率は高い。


 落ち込みの白泡に着水させた山夷68Sをその自重で沈ませ、リトリーブを開始。どうして山夷なのか?という質問には、「どんな流れでも安定して泳ぐから使っていてラクだし、なおかつ強いアピールで誘うこともできる」といった答えが返ってきた。


 白泡を抜けてミノーが泳いでくる。魚の活性は低いだろうから、ゆっくりゆっくり、時間を掛けて引いてくる。しかし、ミノーの後ろには何もついてこない。


「あれ、いないのかなぁ…」


 2投目。白っぽい魚影が、ミノーとほぼ同じ速度で追ってきた。いた! 足場が高いためにどうしても足下まできっちり誘い切れず、魚は興味を失ったように堰堤下の深みへと戻って行った。すかさずミノーを投げ入れアクションを加えると、今度はごつんっと躊躇なくアタック。


 水面でバシャバシャと暴れるイワナは、思ったよりいいサイズだ。ぴんと張ったラインを介して春の躍動を手元に感じながら、そのまま抜き上げるのはちょっとこわいし、それにシーズン1匹目の良型を岸の上でバタバタさせるのも気が進まない…と思案した結果、大和はラインのテンションがフリーにならないよう注意しつつ、川に降り、大事そうにイワナを取りこんだ。


「よしっ」

 ネットに収まったのは、ぴかぴかの34cm。水は手を切るような冷たさだが、大和の顔はほころんでいる。当たり前の場所に、当たり前の魚がいることが嬉しいのだ。


 イワナにヤマメ、それから山菜にキノコ。今年も、山を愛する釣り人の季節が始まった。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510UL/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
LINE Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
LURE Yamai 68S[AU]/ITO.CRAFT

ANGLER


大和 博
Hiroshi Yamato

イトウクラフト フィールドスタッフ

1958年岩手県生まれ、岩手県在住。岩手県の雫石町で、濃密な自然に囲まれて育った釣り人。御所湖ができる前の驚異的に豊かだった頃の雫石川を知る生き字引でもある。山菜やキノコといった山の恵みにも明るく、季節ごとの楽しみを探しに頻繁に森へ通っている。川歩きと山歩きの長い経験が彼の釣りの基礎を形成する。