イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2016/12/05

懐かしのイワナ谷
淵の番人

アングラー=大和 博

文=佐藤 英喜

「この淵、昔はもっと深くて、底なんてぜんぜん見えなかったんだよ」


 今は薄っすらと小砂利の底が見えるその淵で、ミノーが何事もなく竿先に戻ってくると、大和さんは朝もやに煙る河原をさらに上流へとすたすたと歩いていく。


 まるで水道水のように冷たく透き通った流れが、細かく蛇行しながら瀬と淵を繰り返している。普段より、いくぶん水が高いらしい。


「イワナを釣りに、けっこう通ったなぁ」


 この川は地元雫石の水系ではなく、大和さんがその昔、エサ釣りを嗜んでいた頃にずいぶん足を運んだという渓谷。ヤマメも釣れるが型は小さく、そのかわり、いいイワナを釣った思い出がたくさんある川だ。しばらくご無沙汰していたそうだが、ここ最近、また様子を見にたまに入っている。


 山菜やキノコの他、山野草にも造詣が深く、釣り以外でも山に入ることが多い大和さんは、ヤマメよりもやっぱりイワナの似合う釣り人だ。


「イワナのほうがずっと触れ合うキッカケが多いからね」


 大和さんにとっては山そのものがフィールドであり、そこで目にする自然の恵みとの付き合いこそ彼のライフワークと言える。

 イワナ釣りについては「魚の大きさに関わらず、イワナと戯れてるだけでも楽しい」と笑う大和さんだが、もちろん、大物を狙うこともやぶさかではない。この日の朝も、まずは目の覚めるような大イワナを釣りたくて、比較的フトコロのある里にほど近いエリアを探ってみることにした。


「源流まで詰めれば、天然の本当に綺麗なイワナが釣れるし、このへんのポイントであれば里川っぽい個性のイワナで、型を望むなら断然こっち」


 そうこうしている内に、朝露に濡れた木々の隙間から幾筋もの朝日が差し込み、両岸の緑が鮮やかに輝いている。


 通っていた頃の記憶と重ね合わせながらテンポよく釣り上がっていくと、もうひとつ大きめの淵が現れた。


 ここもやや浅くなったが、水が高いこともあり、複雑な流れが水面をざわざわと波立たせ、押しの強い流芯が通っている。こうした流れの中でもバランスを崩さず、なお且つ浮き上がらない、安定性に優れたミノーが山夷50SタイプⅡだ。それをスナップにセットし、トレブルフックの針先がなまっていないか慎重に確かめる。


「この淵には、いつもデカいイワナが入ってるイメージがあるんだよなぁ」


 大場所だから、ひっきりなしに攻められて魚はスレているものの、毎年大きなイワナが育って着く要素がこの淵には間違いなくあるということだろう。


 対岸のキワに落としたミノーが流れに押されながら流芯に紛れていく。キラキラとアピールしながらゆっくり流芯を抜けてくるミノーの後ろで、ぶわっとひるがえるイワナの尾ビレが見えた。いたっ! 案の定、いいサイズだ。


 戻ってきたミノーを大和さんが間髪入れずキャストする。流芯のど真ん中で、今度はドシンッと重さが乗った。アワセが決まると、明らかに40cmを超えるイワナがもんどりうって暴れ始めた。それをなだめるように、そしてまた下流の瀬に向かわれないようにいなす。フッキングは完璧。ガボォ!と水面で最後の抵抗を見せたイワナを大和さんが難なく取り込んだ。


 紫色に鈍く光る太い魚体、メジャーを当てると44cmあった。

「ここにはいつもでかいイワナが入ってた」という思い出深い淵で、この44cmがヒット

「んー、もうちょっと大きいのが入ってると思ったけどなぁ(笑)」


 そう言いつつ、懐かしい川で再会した立派なイワナに、大和さんの頬は緩んでいる。


「本当は地元で釣れれば一番嬉しいんだけどね」


 イワナを撮影している間、大和さんがそんな言葉を口にした。

 というのも、子供の頃からの遊び場でずっと慣れ親しんできた雫石の水系は、2013年8月に起きた豪雨災害により甚大な被害を受けた。至る所で河川が氾濫し、土砂が崩れ、道路も陥没し、改めて自然の恐ろしさを思い知らされる災害となった。


「雫石はもともと暴れやすい川ではあるんだけど、あれだけ川も魚もダメージを受けたのは初めてのこと。今までになかった。水の量だけを見れば過去にもっと出たことはあるけど、今は年々、間伐や杉の造林が原因で山の土砂が崩れやすくなってる。その影響で深い淵とかカーブとか、川のフトコロがどんどんなくなって、大水が出たときにその勢いにブレーキが掛からない。で、ますます川が平らになっていく、という悪循環」


 今この国は、どこで何が起きてもおかしくないほど異常気象や自然災害が多発し、その猛威にさらされている。雫石に限らず多くの釣り人が、大好きだった川が壊れ、魚もすっかり減ってしまったという悲しい経験をしていることだろう。


 しかし、そうした状況の中にも、野生の生き物たちは息づいているのだ。たくましく種を繋ごうとする彼らの力強さに驚かされ、感動させられる。


「水害前に比べればポイントはさらに減ったけどね、また以前のように、心おきなく釣りが楽しめるように川が復活することを信じてるよ」


 地元の川が育んだ素晴らしいイワナを手に、満面の笑顔を浮かべる大和さんをカメラのファインダー越しに眺める日を、僕は楽しみに待つことにしよう。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
TUNE-UP Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
LINE Super Trout Advance Double Cross 0.8/VARIVAS
LURE Yamai 50S Type-Ⅱ/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


大和 博
Hiroshi Yamato

イトウクラフト フィールドスタッフ

1958年岩手県生まれ、岩手県在住。岩手県の雫石町で、濃密な自然に囲まれて育った釣り人。御所湖ができる前の驚異的に豊かだった頃の雫石川を知る生き字引でもある。山菜やキノコといった山の恵みにも明るく、季節ごとの楽しみを探しに頻繁に森へ通っている。川歩きと山歩きの長い経験が彼の釣りの基礎を形成する。