イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2012/03/19

憧れの聖地

2011年8月上旬、岩手県
アングラー=小沢 勇人
文・写真=佐藤英喜

 長野県に暮らす小沢勇人には、毎年のように東北遠征を行なっていた時代がある。秋田県のサクラマスが解禁になる6月1日、米代川でロッドを振るために小沢は休日を捻出し、遠路はるばる車を走らせていた。今から15年ほど前のことだ。


 当時の小沢は、九頭竜川や米代川のサクラマスに猛烈に熱を上げていたが、こと渓流のアマゴやヤマメに関しては今ほど深くのめり込んではいなかった。


 渓流釣りの魅力に心惹かれていくきっかけとなったのは、ほかでもない伊藤秀輝との出会いだった。


 小沢が伊藤と初めて顔を合わせたのは恒例の米代川遠征時のことで、その翌年、二人は長野の渓流で再会している。たまたま所用で長野を訪れた伊藤は、それまで電話で交流を深めていた小沢を誘って短い時間ではあったけれど一緒に渓流釣りをしたのだ。


 その時の印象が小沢の中には今も鮮烈に残っている。


「もうキャストもトゥイッチも、釣りの動作全部がね、なんだこりゃっていう感じ(笑)。魚に気配を悟られない川の歩き方をしてたし、当時の自分の感覚ではずいぶんと遠い位置から、バックハンドでビュンッとミノーを飛ばしてボサの下に正確に入れる。で、水中のミノーは常に踊りまくってる。しかも釣りの一連の流れが見入ってしまうくらいスムーズだった。もちろん魚の反応の仕方もすごかったしさ、こんな釣りがあるのかと思った。自分の全く知らない世界。ひと言でいえばショッキングだったよね。ルアーをだいたいの所に投げて、ただそのまま引いてくるっていうのが当たり前だったから。こんなふうに釣りができたら楽しいだろうなあって、俺もこうなりたいなあって思った」


 伊藤の釣りを目の当たりにして、小沢は渓流釣りの面白さに完璧にはまった。確固たるココロザシが生まれ、地元のアマゴを相手に自分の釣りを必死に磨き続けた。


 そして、このウェブサイトでも紹介しているように数多の素晴らしい魚を手にしてきた小沢だが、しかしそれだけでは満たされないひとつの思いが、心の中にずっとあった。


「伊藤さんの釣りが培われた岩手の渓流、それと、そこに棲む本ヤマメへの憧れが強くあった。エキスパートカスタムや蝦夷は本来、岩手の本ヤマメを釣るために生まれた道具だと言えるだろうし、今はそれを使ってアマゴを釣ってるけども、いつか、カスタムと蝦夷で本ヤマメに挑んでみたいと思ってた。自分の釣りがどれほどのものか、岩手で確かめてみたいっていう気持ちだよね」


 うだるような暑さが続いていた昨夏のある日、小沢は岩手にいた。


 仲間みんなで雫石に集まった時のこと。久し振りに伊藤やフィールドスタッフのメンバーと再会を果たすことができ、安堵の時間を過ごした。そして、みんなが寝静まっている夜明け前、小沢はひとり釣り支度を整えて車に乗り込んだ。せっかく岩手に行くのだから、この機会に少しでも岩手の渓流で釣りをしたいと考えていたのだ。


 昼前には雫石を発つ予定になっていたので、釣りができるのは朝のわずかな時間だけ。


 林道をしばらく走り、薄暗い広葉樹の森をさらに奥へと向かう。


「やっぱり山が深くて、森が見るからに豊かだよね。地元にある山とは、また雰囲気が違う」


 小沢が目を輝かせて言う。憧れの場所に初めて足を踏み入れている高揚が眠気を吹き飛ばしていた。


 車一台分の小さな駐車スペースを見つけ、川に降りる。


「文句無しにヤマメの川だね。普段やってる地元の川は、ちょっと山に入るとすぐに斜度がキツくなってイワナの渓相になるんだけど、ここはヤマメの好みそうななだらかな渓相が、山の奥まで続いてるんだね。こういう川、なかなか地元にはないよ」

なだらかなヤマメの渓相が山の奥まで続く。「地元には滅多にない川」

 あらかじめ伊藤から話を聞いて予想はしていたが、川のコンディションは良くなかった。というより、最悪に近かった。悲惨なほどの大渇水である。それに加え、つい最近のものだろう釣り人の足跡も見える。しかしそんな悪条件を全く気にする素振りもなく、小沢は興奮を抑えながら静かに釣りを始めた。


 大量のアブに囲まれ30分ほど釣り上がると、状況はさらにハッキリとした。

「1投目勝負だね。一発でベストな着水点にルアーを落として、一番のラインを通さないとダメ。1投目に少しでもミスって2投目以降の勝負になると、もともと低い可能性がさらにずっと低くなってしまう。それと、ヤマメの着き場近く、つまり魚にとっての安全圏で口を使わせることだね。長い距離を追うような活性はあまり期待できないし、むしろ長い距離を追わせたくもない。こういうシビアな状況では、ルアーを追ってる間に魚が急に警戒してチェイスをやめたり、無理やり追わせてバイトに持ち込んでも浅掛かりですぐにバレたりするから。ヤマメの目の前に長くルアーを留めても、なおかつ見切られないアクションで食い気を引き出す。レスポンスに優れたバルサの出番だね」


 小さなヤマメでさえ、フック一本、皮一枚のきわどいバイトがほとんどだ。そんなぎりぎりの駆け引きを楽しみつつ速いテンポでどんどん釣り上がっていくと、岩盤伝いに広がる淵が現れた。流芯の通る一番のラインにぴったりとバルサ蝦夷を送り込み、細かくヒラを打たせる。


 狙い通りにヤマメがチェイスを始めた。無理に追わせることはせずその場で一気に魚を興奮させるアクションで、ヤマメはたまらずテールフックをくわえた。


 この時の釣りとヤマメを、いま小沢はこう振り返る。

ついに出会えた渓の宝石。岩手の本ヤマメ。これが見たかった

  1. この艶やかさ。野性の美しさを凝縮した色彩

  2. 尾びれの両端もオレンジに染まっていた

念願の一尾、本ヤマメを手にニッコリ

「憧れを抱いてた本ヤマメ。ほんとうに嬉しい魚だった。あの厳しい状況で釣れた魚でもあるし、なにより魚体に心が奪われた。くっきりとパーマークが浮き出て、まだ夏真っ盛りなのにオレンジの発色もすごく鮮やかだったし、顔つきにも野性が滲み出てたよね。大物じゃなくても感動できる魚だった。ただ、本ヤマメの素晴らしさには満足させてもらったけど、まだまだですな!って言われた気もする(笑)。もっと釣れたんじゃないかってね。まあ、新鮮な気持ちで釣りができてさ、貴重な経験になったよ。地元でもっと精進して、またいつか岩手の本ヤマメに会いに行きたいね」

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510PUL/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3 /ABU
LINE Super Trout Advance VEP 5Lb /VARIVAS
LURE Balsa Emishi 50S /ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


小沢 勇人
Hayato Ozawa

イトウクラフト フィールドスタッフ

1965年長野県生まれ、長野県在住。茅野市在住のトラウトアングラー。野性の迫力を感じさせる渓流魚を追って、広大な本流域から小渓流まで、シーズンを通して釣り歩き、毎シーズン素晴らしい魚達との出会いを果たしている。地付きの魚であり、少年時代からの遊び相手であるアマゴに対してのこだわりも強い。