イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2017/09/01

情熱の結晶

2016年9月、長野県
アングラー・写真=小沢勇人
文=佐藤英喜

 禁漁も押し迫った9月下旬の、とある日、とある川でのこと。


 昔からよく通っている地元河川のひとつに小沢勇人は入っていた。


 この時期にもなれば、すでに居場所を突き止めている魚を狙いに行くとか、ある程度目星のついた川に時間を費やしたいところだが、そういう意味で言うとあまり期待できる川ではなかった。実際たまに様子を見に行っても、状況は良くないのだ。


「今はどこの川もそうだけど、この川もやっぱり釣り人は多いよ。それに加えて、魚を育てる貴重なプールが水害で埋まってしまったことも大きく響いてるね」


 それでも、いつのシーズンも小沢はこの川のアマゴが気になっていた。聞けばこの水域にアマゴの放流はなく、今も息づいているのは天然種の系統だ。


「ここのアマゴは特にオレンジが強い。ボディはそれほど赤くならないんだけど、各ヒレと朱点に特徴が出る。朱点については、夏まではあまり目立たないあっさりタイプで、婚姻色が出る頃になると、徐々に朱点が際立ってくる。サイズは大きくて27cmとか28cmとか。尺が出れば万々歳の川だよ」


 数字的な大物は狙えないけれど、自分自身が心から満足できる、ワイルドで格好いい居着きのアマゴが釣りたい。だから毎シーズンこの川に足を運んでいる。


「釣り人のプレッシャーが影響して、魚の着き場もちょっと普通じゃない。他の川でも最近はあることだけど、ちょうどいい押しの流芯とかヒラキじゃなく、流れの脇の物陰とかね、そういうエサを取る場所というより、釣り人から少しでも隠れられる所にいる。特に水がクリアな時は、なかなか流れに出てこない。その魚をいかに引っ張り出せるか、だよね」


 その日訪れた千載一遇のチャンスも、まさにそんなシチュエーションだった。


 瀬のざわついた流れが左岸にぶつかっている。岸には柳が被さり、上流から流されてきた木の枝がこんもりと堆積している。ポイント全体の構成、流れ、周囲の状況から、ここは!と思わせる場所だった。


 ブッツケの下流右岸側からキャストしたボウイを、きらきらと細かくヒラを打たせながら左岸寄りの流芯に沿わせて流下させてくる。


 すると、ブッツケのエグレに隠れていたアマゴがミノーを追ったのだ。口を使うには至らず、その魚は元の着き場へと戻って行った。


 小沢の目に映ったアマゴは、この川では珍しいほどの大きさであり、明らかに尺を超えていた。水中でアマゴがUターンする瞬間、ヒレに浮き出た強烈なオレンジが、ぼわっと流れに滲んで見えた。


「これはどうしても手にしたいぞと。その魚にさほど警戒した様子はなく、リラックスした動きで戻ったし、次また来たら食うぞっていう雰囲気だった」


 二投目、さっきと同じコースを通すも、やはりチェイスのみで口は使わない。


 そして三投目、またもやエグレから追ってきたアマゴを見て、小沢はミノーの軌道を微妙に変えた。流芯から右岸側に軌道をずらし、隣の緩い流れにミノーを入れる。そこで、より確実に口を使わせるためのわずかな余裕を作った。そのアマゴはついにボウイのテールフックをくわえたのだった。


「同じコースを続けても釣れたかもしれない。でも、あの時ああしてればなぁ…っていう悔しい経験は今までいっぱいしてきたし、いい魚を手に出来るか、あと一歩のところで釣り逃してしまうか、ほんのちょっとしたことがその分かれ目になったりする。だから、その時のベストな選択は何かを、いつも考えてる」


 小沢は、ネットに収まった素晴らしい迫力の雄アマゴを眺め、そして写真を一枚二枚と撮りながら、胸がジーンと熱くなったと言う。


「俺って、ほんとにアマゴが好きなんだなあってシミジミ思った(笑)」


 もちろん釣り自体の満足感も大きかったけれど、魚そのものに感じる価値が、このアマゴは特別大きかった。こういう魚を釣りたいと思って釣りに行っている。昔見たアマゴの記憶と今の理想にある魚、それを地元の川で釣ることができて最高の幸せだと語った。


 そのアマゴのサイズは34cm。さしてフトコロのない小さな渓流では大物と言っていい魚だが、釣り人を心から喜ばせたのは言うまでもなくその数字ではなかった。


「いかつくて、グロテスクで、顔も大きい。顔だけ見たら完全に30cm後半の魚だよね。地域的に冬の寒さが厳しくて春も遅い。そういう厳しい環境でゆっくりと育った魚だよね。パーマークも濃くて個性的だし、ヒレのオレンジとか、腹のほうが金色に色付いた感じとか、原始的な雰囲気があって、ほんと、たまらないよなぁ(笑)」

 心底好きだからこそ、情熱をずっと燃やし続けてきたからこそ、出会うことのできる魚がいる。その時小沢のネットに収まっていたのは、彼の心そのものだ。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC 510PUL/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
TUNE UP Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
MAIN LINE Cast Away PE 0.8/SUNLINE
LEADER Trout Shock Leader 5Lb/VARIVAS
LURE Bowie 50S/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


小沢 勇人
Hayato Ozawa

イトウクラフト フィールドスタッフ

1965年長野県生まれ、長野県在住。茅野市在住のトラウトアングラー。野性の迫力を感じさせる渓流魚を追って、広大な本流域から小渓流まで、シーズンを通して釣り歩き、毎シーズン素晴らしい魚達との出会いを果たしている。地付きの魚であり、少年時代からの遊び相手であるアマゴに対してのこだわりも強い。