FROM FIELD
伊藤 大祐
FIELDISM
Published on 2014/07/25
忘れられない居着きヤマメ
2013年8月
文と写真=佐藤英喜
どうしても釣りたくて頭から離れない一匹のヤマメがいた。昨年夏、伊藤大祐の渓流釣りは3週間ものあいだ、その魚を中心に回っていると言っても過言ではなかった。もちろん他の川で別のヤマメを狙うこともあったけれど、あの淵の、あの居着きヤマメのことはずっと気になっていた。
出会いは、とある遠征先でのこと。
「初めて入る川だったから、まずはどんな系統のヤマメが釣れるのかなと」
手始めに川を見て回るとすぐにいいポイントが見つかった。とは言え、川沿いの道路から誰の目にも留まる丸見えポイントで、すぐそばには車で横付けできる釣り人専用とも言うべき駐車スペースがしっかりと出来ている。
入れ替わり立ち代わり次々と釣り人が出入りしていることは明らかだったが、それも当然と思えるほどポイントは良く見えた。
瀬の急流が続いたあとの長い淵だ。対岸寄りに流芯が走っており、川幅は目測で17、8m。淵の頭から尻までは30m位あるだろうか。
「8寸位のヤマメはポツポツ釣れるんだけど、チェイスの仕方、口の使い方を見ると、さすがにスレてるなっていう印象だった。誘って誘って、見せて見せて、最後にツンッとテールフックに触れる程度。でも、大物がいる雰囲気はある。最初にこのポイントを見た時に『うわっ』と衝撃が走るほど、そそられるものがあった。ここにいないわけがないよなって」
釣れるヤマメの系統も魅力的だった。個性的なパーマークがくっきりと浮かび、色彩も豊かで、いかにも居着きらしいコントラストの鮮やかなヤマメ達を見て、コイツのでかいやつをぜひとも釣りたいと思った。
そして、長い淵を釣り下っていくとヒラを打つミノーの2m後方、水面のヨレの隙間に何かが見えた。目線の角度をずらしつつ目を凝らすと、それは明らかに尺を超えた魚影で、ひどくスローな動きでミノーを追っている。
「ミノーとは距離が開いていて、ぜんぜん詰めようとしない。ただ何となく様子を見に来ただけっていう追い方。食い気がある時だったら、もっと体を揺らして、勢いがあって、ヒレの動きにも力がみなぎってるのが目で見て分かるよね。この時はほんと、棒のような状態(笑)」
その魚は足下付近まで追ってくることはせず、かなり早い段階でUターンした。
「動きはすごく緩慢なのに、ここから先は追いかけませんっていうハッキリとした境界があるような戻り方だった」
再訪を決意したのは言うまでもない。遠征であるため、そう頻繁に通うことはできないけれど、居着きの系統ゆえに魚はしばらくこのポイントから動かないだろうという予測と、また釣り人が入りやすく攻めやすいポイントではあるものの、流れに立ち込むことは一切できず、対岸側に立つこともできないため、人間の気配そのものによるプレッシャーは掛かりにくいことも小さな救いのひとつだった。
その後は何度か足を運んでみるも、チビすら反応しなかったり、先行者がいたりとさしたる手ごたえもないまま時間だけが過ぎていった。遠征には時間が掛かるし、シーズン中に探りたい川は他にもあるし、そろそろこの川は見切りを付けた方がいいんじゃないかと、時に気持ちは揺れ動きながらも、やはりあのチェイスした一尾がどうしても忘れられなかった。どんなヤマメなのか、何とか釣り上げてその魚体をじっくりと見てみたい。あの反応の鈍さなら、まだこの淵に絶対に釣られずに潜んでいるに違いないという確信もあった。
そして、ついにそのヤマメが大祐のルアーに口を使ったのは、最初の釣行から3週間が経った日曜日のできごと。
誤解のないように言っておくと、魚を見つけ、通いさえすればいつかは釣れる、という単純な話ではない。居着きの大物は、限られた着き場の中で攻められ続けているためスレがリセットしにくく、特異な警戒心を持っている。通えば通うほど自分の釣りにもスレていく。特にこの淵の場合は誰の目にも明らかなポイントだから、より集中的に叩かれおり、「いかに魚を探すか」よりも「いかに口を使わせるか」の方がとてつもなく大きな部分を占めている。
その大きさに育つまで誰にも釣られず今の今までこの淵で生き残っていることが、この魚の難しさをそのまま物語っている。何度も何度も釣り人のまやかしを見切ってきた魚。だからこそ何としても釣り上げたい価値ある魚だったのだ。
「ヒットした瞬間、3週間前にチェイスを見た時の情景がブワッと浮かんだね。ようやくハマったなと。腹の底から、よしっ!ていう感じ(笑)」
全く食い気のないチェイスが脳裏に焼き付いているから、ほんの小さなミスも許されないという気持ちは強くあった。しかし、最終的にどんな誘いに食ってきたか、ということに関しては、微妙なニュアンスのすべてを言葉で言い表せるものではない。
「例えば、ひとつの着水点があって、魚に口を使わせる点がある。その間に釣り人が操作できることって、じっさい無限にあるわけで、ルアーやラインの送り方、ヒラの打たせ方だって様々。水位が数センチ変わったり、立ち位置を一歩ずらしただけでもすべて微妙に違ってくる。仮に事細かくそれを表現したとしても、そのポイント、その流れ、その魚というのは、その時だけのものだから、そこから逆算した答えも、やっぱりその場限りのものなんだよね。そうした経験の積み重ねが現場での状況判断、とっさの対応に生きてくるんだと思う」
確かに、そのヤマメは、この世に一匹しかいないのだ。それを手にするための試行錯誤なのである。答えは釣り人それぞれが探し、見つけるもの。そこに釣りの面白さがある。
ネットに収まったヤマメは精悍な顔つきの雄で、思っていたよりも大きく、メジャーを当てると35cmもあった。最初の釣行でチェイスした魚かどうかは分からないが、あれからの成長や周囲の状況を考えるとその可能性は十分にあったし、何より釣り上げたヤマメの想像以上の美しさに、大祐は完全に心が満たされたのだった。パーマークの鮮やかさひとつを取っても、「これぞ日本の誇るヤマメ」と声を大にして言いたいくらいのインパクトがあり、このサイズでありながら山で釣れる23cm位の綺麗なヤマメの色艶をそのまま身にまとっている。素晴らしくあでやかな個体だった。
また釣り人的には、そうした魚体そのものの魅力とは別に、このヤマメに辿り着くまでの過程が喜びを何倍にも大きくしていた。
「大げさかもしれないけど、今までやってきたことが無駄じゃなかったってことを、自分に対して証明できた満足感だよね」
この感動を味わいたいがために、いいヤマメを求め、釣りを突き詰めるのだ。
TACKLE DATA
ROD | Expert Custom EXC510PUL/ITO.CRAFT |
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REEL | Cardinal 33/ABU |
TUNE UP | Mountain Custom CX /ITO.CRAFT |
LINE | Super Trout Advance Double Cross 0.6/VARIVAS |
LEADER | Grand Max FX 1.2/SEAGUAR |
LURE | Bowie 50S/ITO.CRAFT |
LANDING NET | North Buck/ITO.CRAFT |
ANGLER
伊藤 大祐 Daisuke Ito
イトウクラフト スタッフ
1982年岩手県生まれ、岩手県在住。幼少期から渓流の釣りに触れる。「釣りキチ三平」の影響も大きく、エサ釣り、テンカラ、フライ、バス釣りなど様々な釣りを経験する。工業デザインやCGを学んだあと、デザイン会社での経験を経てイトウクラフトに入社。自社製品の製作を手掛けるかたわら、商品開発/試作/テスト/ウェブ/各種パッケージ/広告/カタログ/などのデザインも行なっている。