イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2018/03/14

山の人

アングラー=大和 博

文=丹 律章

 マンチェスターシティというサッカーチームの監督をするジョゼップグラウディオラは、「僕はサッカー監督であること以前に人間なんだ」といって、スペイン・カタルーニャ州の独立騒動で政治家が投獄されたことに対して抗議する態度を示した。


 そういった意味で、大和博はルアーマンである前に、さらには釣り師である前に、山の人なのである。


 山の人であるから釣りも山の中だ。大和の釣りは、開けた本流よりも山深い上流部であることが多い。


「だから俺は、ヤマメよりもイワナを釣ることが多いんだよ」


 2017年の7月の休日、大和はいつも通り川へ向かった。愛妻の握ったおにぎりを持ち、途中のコンビニで飲み物を買って川に着いたのは、7時頃だった。


 支流の上流エリアでは、2~3日前に降った雨の影響はすでになく、やや減水気味の状況で、大和はペットボトルのお茶を一口飲んでから、釣りを始めた。


 彼の釣りは、いつも山菜採りやキノコ狩りを兼ねることが多い。釣りをしては周囲の斜面を眺め、めぼしい山菜を見つけると斜面を這い上がって採りに行く。時には川を離れて藪の中に潜り込みキノコを探す。


 釣りは3月から9月まで。それと並行して春には山菜、秋にはキノコ狩りが山での興味の対象だ。


 山菜は5月に始まる。しどけ、うど、タラの芽。こごみは、大和自身好んで食べないのであまり採らないという(マヨネーズつけて食うと旨いと思うけどな)。6月にはわらび、7月にかけてネマガリタケを採る。9月から10月にかけてはアミタケ、ハツタケ、ナラタケ、コウタケ、マイタケ。山ぶどうが採れるのもマイタケの時期だ。


 イワナを釣りながら山の幸も狙うのだから、ルアーのフックを確認しながらもキョロキョロと周囲の観察を怠らない。大和の釣りは忙しいのだ。


全ては山歩きの一環

釣りの途中で高級、美味、希少キノコであるコウタケを発見することもある。これは別の釣りの途中で撮影したもの

 7時の釣り開始からしばらく、イワナの出は芳しくなかった。小さいのがたまにチョロチョロと釣れるだけ。もちろん視線はあちらこちらへ飛ぶ。


 ここで、矛盾に気づいた方がいるだろうか。そう。季節は7月。山菜はすでに終わり、キノコにはまだ早いハズなのだ。


 何を見ているのでしょう?


「下見っていうのもあるのよ。もう食べられる時期じゃないけど、成長した山菜があれば、その太さとかを見て、次の春にはどんな山菜が生えるか予想できるでしょう」


 斜面に生えているシドケを見つけて、次の春の収穫を思う。その斜面がウェーダーを履いたままでも登れるかどうかも、頭の中にインプットする。たとえオフシーズンであっても、山の人には次のシーズンへの準備がある。


「夏に釣りの途中でブナの倒木を見つけてさ。これはキノコが生えそうだなと思って、秋に行ってみたら木の肌が見えないくらいムキタケが生えていたことがあった。その時はカゴに入りきれないくらい採ったよ」


 宅急便って知ってますか? 送ってくれてもいいですよ。


42㎝のイワナから学ぶこと


 川の流心からそのイワナが食ってきたのは、9時ごろのことだった。42㎝あった。

42㎝という堂々たるサイズ。この沢で育った個体ではないと想像されるが、それでも支流にいるサイズでは最大級だろう

「ヤマメと比べるとイワナは釣りやすいと言われているでしょ。それはそれで正しいと思うんだけどさ、でもイワナも頭いいよね。性格はおおらかだけど、野性的な賢さはある」


 そういうところが彼は好きなのだ。豪雨が降って山の斜面が小さな沢のようになったとき、その斜面を登るイワナを、大和は何度か目撃している。


「小さな支流の伏流した部分の上流に魚がいたりするのは、そうやって移動してきたってことだと思うんだ。野性の本能なんだろうね」


 雫石で長く暮らしながら、大和は山から多くのことを学んでいる。僕ら普通の釣り人も自然から学ぶことは多いはずだ。


「熊は秋に食いだめをして冬眠するでしょ。で、春になって冬眠から覚めると水芭蕉を食うんだよ。水芭蕉は毒があるから、クマにとっては天然の下剤で、そうやって秋に食った古いものを体外にフンとして排出する。彼らはそうやって体の調整をしてるんだよね。野生動物の本能って凄いなって思う」


 山の人・大和博は日常的に山に入る。山にいることは呼吸をすることのように自然なことなのだ。


 42㎝のイワナをリリースした後、さらに上流部まで詰めて、その日の釣りを終えた。帰路は当然山の中を歩く。


「動物は常に食べ物を探しながら歩いていると思うんだ。それと同じで、俺もこっちに行けば山菜がありそうとか、地形を見てこっちがいいとか考えながら歩くわけ。磁石とか持っているわけじゃないから。あとは野生のカンだよね」


 周りにどんな山菜があるか、キノコが生えそうな倒木がないか、視線は常に周囲を探査している。


「もしオレがさ、東京とか都会に住んでいたら大変だろうな」と大和は笑う。


 確かに渋谷のスクランブル交差点を渡る大和は想像しにくい。表参道を歩く姿も。代官山のカフェにたたずむ大和も。


「山の生活が無かったら俺なんかどうなるんだろう」


 都会人の呼吸は酸素。大和の呼吸は山。


「死んじゃうかもしれないよね」


 かもね。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
TUNE-UP Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
LINE Super Trout Advance Double Cross 0.8/VARIVAS
LURE Yamai 50S Type-Ⅱ/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


大和 博
Hiroshi Yamato

イトウクラフト フィールドスタッフ

1958年岩手県生まれ、岩手県在住。岩手県の雫石町で、濃密な自然に囲まれて育った釣り人。御所湖ができる前の驚異的に豊かだった頃の雫石川を知る生き字引でもある。山菜やキノコといった山の恵みにも明るく、季節ごとの楽しみを探しに頻繁に森へ通っている。川歩きと山歩きの長い経験が彼の釣りの基礎を形成する。