FROM FIELD
伊藤 秀輝
大ヤマメの世界
Published on 2014/09/29
大ヤマメの世界 その4
『大ヤマメ進化論』
2013年8月
アングラー=伊藤 秀輝
文=佐藤 英喜
スレた大ヤマメに、いかにして口を使わせるか。という渓流釣り師にとっての永遠のテーマを持ち出すと、ふいに伊藤はスピナーの話を始めた。
まだ「渓流ミノー」というカテゴリー自体が存在しなかった時代、今から四半世紀以上も前のこと。フランス生まれの傑作スピナー、セルタを相棒にヤマメを釣っていた伊藤は、その頃に渓流釣りの基礎を培ったと語っている。
伊藤いわく、スピナーには魚に口を使わせるブレードの回転速度があり、カーディナルで水圧を感じ取りながら複雑な流れの中でその回転を維持するリーリングが不可欠だったわけだが、それでも次第に魚がスレてくると、一定スピードのリトリーブだけではスピナーに口を使わなくなった。
そんな魚を見て、じゃあミノーに変えようか、という選択肢がある時代ではなかったから、釣り人は工夫と技術でその壁を克服するしかなかったのだ。
「魚に飽きさせず、好奇心をくすぐるように積極的に誘いを掛ける。セルタの良さはブレードの回転性能にあって、それが誘いに幅を持たせる上で大きなメリットだったわけ。そして追わせたら、口を使わせるタイミングを見計らって、絶対に見切られないように『止めて』食わせる。ギリギリの駆け引きだよね。このへんの考え方は現在のミノーイングにおいても一緒で、誘いから食わせまで、どれだけ細やかにミノーをコントロールできるか。ルアー自体の性能がどんなに上がっても、相手がシビアな魚であるほど、釣り人の操作次第で結果は大きく違ってくるものだよ」
スピナーに比べれば、ミノーの方が何十倍もいろんなことができる。誘いのバリエーションも豊富だし、ルアー自体の性能がカバーしてくれる部分も大きい。
しかしだからと言って、決して誰もが簡単に釣れるようになったわけではない。
ヤマメも進化しているのだ。魚がスレる、ということは彼らが進化しているということで、その進化は今さらに加速していると伊藤は感じている。
「より警戒心が強く、どんどん賢くなってる。なかには小さなヤマメに先にルアーを追わせて、その様子を静かにうかがってる魚もいるぐらいだよ」
魚達は置かれている環境に適応するため、確実に変化してきている。道具の進化に加え、ありとあらゆる釣り場にくまなく人が入るようになり、平日でさえそのプレッシャーはなかなか和らがない。途切れることなく攻められているため、川が増水したり濁ったりしても、簡単にはスレがリセットされない。とりわけ伊藤が理想として追い求めている居着きの大ヤマメは、それが顕著だ。
よりシビアな魚を釣るために釣りを進化させる、という伊藤のスタイルは、スピナーの時代も今も何ら変わらない。その思想に基づいてイトウクラフトのロッドやルアーは生まれてきたのだ。
そして伊藤は、以前からテストしてきたPEラインを昨シーズンから本格的に取り入れている。伸びのないPEを使うことで、ラインの遊びを限りなくゼロに近づけることができる。むろん常にラインを張っているわけではなく、言うなればラインの遊びを、瞬時に、細かく、意のままにコントロールしているのだ。当然トゥイッチに伴ってラインスラックは出すけれど、巧みに巻き取りながら、驚くべき細かさでミノーに連続してヒラを打たせている。ラインに伸びがない分、ほんの小さなミスがルアーの動きに表れてしまう。つまりPEの優位性を最大限に引き出しているのは、伊藤がスピナー時代から培ってきたリーリング技術なのである。カーディナルのハンドルを介して、ルアーが最高のアクションをする抵抗を感じ、そしてそれを維持し続けるリーリングだ。
「短い距離の中で、どれだけ効果的にルアーをアピールして魚を誘えるか、という点において、このリーリング技術は不可欠。根幹だね。それによって、PEの特性もすべてプラスに生かすことができる。誘いの面でのメリットは言うまでもないし、食わせのタイミングにしてもアバウトな部分がなくなる。それにテールフックを突くだけのショートバイトを拾う上でも、もうPEは手放せないよ。年々釣りが難しくシビアになってきてる中で、いいヤマメほど、PEじゃなかったら無理だったなあっていう魚が確実に増えてる。口を使わせるのもアワセを決めるのも、本当にいつもギリギリだから」
もちろんPEラインそのものの進化もあるだろうし、それぞれに特徴をもったPEの中から自分の釣りスタイルにマッチしたものを見つけることも大事だと言う。まだ現在ほど釣りがシビアじゃなかった時代は、渓流魚に対するPEラインの強度がアンフェアなものに感じていたと振り返る伊藤だが、現代のヤマメの進化が彼にPEを選ばせたのだ。
写真の大ヤマメも、きめ細やかな誘いがなければ見向きもしない魚だった。くわえたのはボウイのテールフックだけ。スピナー・マスターのまさしく根幹と呼べるリーリング技術と、PEラインのメリットが鍵になったことは間違いない。
今の時代、そこに魚が「いる」ということと、「釣れる」ということは全く別の話だ。魚の気配を察知して足を止めることができるか、釣り人の投じるエサやルアーを何度も見破ってきた猜疑心のかたまりのような魚に火を付けることができるか、そんな魚に見切られることなく口を使わせられるか。自分のフィールドで、そこにマグレはないと伊藤は考えている。
ヒットした瞬間、グリップをとんでもない衝撃が連続的に襲った。ものすごい首振りだった。リールが止まる。魚は浮いてくる気配を見せない。
「ようやく食った、っていう喜びよりも、咄嗟に頭に浮かぶのは、魚を取り込む場所やそこへ導くまでのルート、それと、口のどの位置にどんなふうにフックをくわえてるか、これがすごく大事。それによってやり取りの際のロッドの向きや角度が決まるし、どこまで無理ができるかも変わってくるから」
遂にランディングしたヤマメは、見事なプロポーションと、ウロコの詰まった透き通るようなシルクの肌、そして華やかな体色が素晴らしかった。
迫力と気品が完璧に同居した魚体。サイズ的に40cmという数字には2cm足りなかったが、「それで残念とか、惜しいとか、そういう気持ちはぜんっぜんないね」と言い切るように伊藤にとって重要な価値基準とは、あくまで魚の質にあるのだ。
「あの強烈な首振りも、魚体を見て納得したね。単に幅広なだけじゃなくて、寸詰まりで筋肉質。首から肩にかけても太いし、魚体に触れた時のブルルルッ!っていう筋肉の震えがすごかった(笑)。自分の中にいくつか理想と呼べる大ヤマメの姿があるけど、太くて力強い体形とか、肌の滑るような質感とか、綺麗な色合いとか、この魚はドンピシャにはまった一匹だね。自分の宝のひとつになった」
ヤマメの進化に取り残されないために、伊藤は決して今の自分の釣りに安心しない。常に先を見て何かを模索している。だから、思い描く魚達との出会いが現在も続いているのである。
TACKLE DATA
ROD | Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT |
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REEL | Cardinal 3/ABU |
TUNE UP | Mountain Custom CX/ITO.CRAFT |
LINE | Cast Away PE 0.6/SUNLINE |
LURE | Bowie50S/ITO.CRAFT |
LANDING NET | North Buck/ITO.CRAFT |
ANGLER
伊藤 秀輝 Hideki Ito
1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。