イトウクラフト

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大ヤマメの世界
Published on 2013/08/23

大ヤマメの世界 その1
『大ヤマメの夢』

2012年9月、岩手県
アングラー=伊藤 秀輝
文と写真=佐藤 英喜

 大物、という言葉は実はすごく曖昧だ。

 たとえばその日、その川の、その状況では、限界ギリギリのベストフィッシュが28センチのヤマメということもあれば、労せずあっさりと33センチのヤマメが釣れる川もあるかもしれない。釣れた魚のサイズに基準なんてないのだ。そもそも渓流釣りとは魚のサイズや数が決して全てではないし、ロケーションの良さや難易度の高いキャスティングの面白さ、はたまた思い通りにルアーを操作してイメージ通りに魚をヒットさせる瞬間のスリルと興奮、この釣りにはそんな掛け替えのない楽しさがたくさん散りばめられている。サイズは小さくとも精一杯の技術を駆使して釣り上げたスレッカラシの魚や、個性豊かな美しいヤマメの色彩に大いに感動することも、もちろんある。

 それは分かっているつもりだけれど、それでもやっぱり大ヤマメには夢があると思う。

 伊藤秀輝がその夢を多くの釣り人に抱かせた。渓流ルアーフィッシングにおけるテクニカルな奥深さだったり、天然種の価値だったり、時には釣りを離れた自然そのものの素晴らしさだったり、一緒に川を歩きながら本当にいろんなことを教わったが、特にヤマメについてはまさしく無限の魅力を教えてもらった。そのひとつが大ヤマメの世界だ。


 伊藤は自身の大ヤマメとの関係について、こう話している。

「自分の中で昔から変わらないのは、大きくて格好いいヤマメが釣りたい!っていう確固たる目標があるから釣りに行くってこと。やっぱりヤマメそのものが大好きだからね。魚の習性を研究することも、技術や道具の性能を限界まで突き詰めることも、全ては理想のヤマメと出会いたいがためだよ。現にシーズン中は渓流釣り以外、他の釣りは全くしないし、シーズンオフになれば釣り自体をやらない」

 では、伊藤の言う理想のヤマメとはどんな魚なのか?

「数字的には40センチというのが確かにひとつの大台と言えるけど、あくまで個人的な理想を話せば、40クラスの中でもヤマメらしい個性と魅力を持った魚を手にしたい。37センチと40センチの違いよりも、『ヤマメらしさ』という部分の方が価値を大きく左右する。だから、パーマークであったりヒレであったりウロコのきめ細かさであったり、どうしても魚体の細部にまで目線が行ってしまう。いろんなタイプの大ヤマメを見ていくとね、次第に自分の理想がさらに絞り込まれていく。そうなると、その魚と出会うために必要な要素をまたさらに追求していかなければならない。そうして次から次へとどんどん探求を重ねていくのが、自分にとってのヤマメ釣りなんだ」


 伊藤の思い描く理想のヤマメについてはまた次回の記事でより突っ込んだ話を聞く予定だが、そんな風に自らを追い込むように目標を突き詰めていくことは、釣りの楽しさをツラさに変えてしまうのでは? とも思われるかもしれない。それは伊藤も認めている。

「そういう面はあるね(笑)。でも、何のために釣りをするのか? という本質的な部分がそこにあるから、妥協なんて絶対にできない。自分の価値観を信じられなくなったら他に何を信じればいいのかとも思うし、それに、理想の魚を貪欲に求めているからこそ進化できるんだよ」


 伊藤が話しているのは、これまで各地のさまざまなタイプの大ヤマメを実際に釣り上げてきた釣り人だから言える言葉だ。僕も何度かその現場に居合わせたけれど、とにかくどの記憶も夜空に輝くきら星のごとく今も鮮明に残っている。釣れてくれた魚に優劣なんてないのだが、そういう理屈を超えた所で僕は、ヤマメがもっともっと好きになった。いつかどこかではっきり書いておかねばと思っていたのだが、大ヤマメの世界を明確に示し、その扉をこれほどまでに大きく開いてみせた釣り人は他にいなかった。


「いい魚を釣りたい。誰よりも強く俺がそう思ってる」


 この言葉に、伊藤の釣りやモノ作りにおける芯とも言うべき思想が表れている。その思いと経験がエキスパートカスタムや蝦夷といった、僕ら釣り人にとって欠かせない道具に昇華した。これらの道具達が夢へと近づけてくれるのだ。

 今回紹介している写真の魚は、あの猛暑と超渇水にあえいだ昨シーズン、伊藤秀輝が釣り上げた大ヤマメの内の一尾である。全長40.5センチ。いかつい雄のヤマメで、顔が大きく、体高があり、絹のように滑る肌には青いパーマークを美しく浮かべている。大ヤマメならではの威容をネットの中で見せつけていた。


 そう易々と姿を現してくれる魚ではなかった。その時、その場所に、大ヤマメが息づく雰囲気を見逃さなかった伊藤は自らの嗅覚を信じて攻め抜いた。その一点に持てる技術や経験を注ぎ込んだ結果として、彼の操る蝦夷50Sファースト・タイプⅡに大ヤマメはバイトした。その難しさや達成感を本当の意味で知っているのは、唯一、釣り上げた伊藤本人である。


「大ヤマメを釣るのにセオリーはないよ。でも、こういう経験を積み重ねることで見えてくるものも確実にあるんだ。またこの一匹が次の大ヤマメへの足掛かりになる」

 夢は枯らさずに行こう。

 この日、僕らはまたひとつ現実の世界に夢を見た。

【付記】
今回掲載した魚の他にも昨年伊藤が釣り上げた大ヤマメを写真に収めてますので、今後の更新をどうぞお楽しみに。今回の大ヤマメももちろん嬉しい一尾でしたが、厳密に言うと彼が本当に狙っている個体とは異なるものでした。次は伊藤が想うヤマメの究極の理想形について話を聞きます。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
REEL Mountain Custom CX proto model/ITO.CRAFT
LINE Super Trout Advance Double Cross 0.8/VARIVAS
LINE Trout Shock Leader 5Lb/VARIVAS
LURE Emishi50S 1st Type-Ⅱ/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


伊藤 秀輝 Hideki Ito


1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。