イトウクラフト

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大ヤマメの世界
Published on 2016/07/15

大ヤマメの世界 その7
『経験が導き出す真実』
後編

アングラー=伊藤 秀輝
文=佐藤 英喜

 連日うんざりするほどの猛暑に見舞われていた頃、素晴らしい体高と美しい質感を兼備した35cmの居着きヤマメを手にした前回の釣行。しかし、まだこの川での本当のドラマは完結していない。さらなる可能性を追いかけ、再訪したのは約3週間後のこと。


 時期が時期だけに、魚達のスレは日を追うごとに進行しているはずだが、それはどこの釣り場でも同じことである。

「まあ、今時のいいヤマメはルアーを追ったとしても、ハナから疑って、警戒してるよね。それを前提に釣りを組み立ててる」

 川に着くと、前回よりもいくぶん水が高い気がした。警戒心のひときわ強い大型の居着きヤマメが、この程度の水の動きでそれまでのスレがリセットされるとは到底思えないけれど、悲観ばかりしても仕方ない。夢を抱きつつ流れにミノーを通していく。

 前回とは違う区間だが、相変わらず魚の数はぱっとしない。ただ、型は小さくとも、時折反応を見せるヤマメはみな体高があり、ルアーをくわえた後の暴れ方も激しい。

「この川の親分が釣りたいんだけどなー」

 そう言いながらリリースされたヤマメは、これまた勢いよく流れの中へ消えていく。

 流れの押しが程良く効いたブッツケのポイントが現れた。いいフトコロだが、ややこしく小枝を伸ばす太い倒木が沈んでいて、魚的にはさらに好ましい隠れ家に、また釣り人的には非常にやっかいな難易度の高いポイントを形成していた。

 小枝のかたまりに、赤と黄色の小さな短冊のようなものが遠目にチラチラと見える。エサ釣りの目印だ。よく見ると、枝に仕掛けが絡まっている。たまに見かける光景だが、確かにこのポイントはエサを流すのも難しい。

 伊藤がいつものリズムでミノーを飛ばし、倒木のキワに正確に落とす。そして、細かなトゥイッチでヒラを打たせる。魅力的な流れのヨレが水没した倒木をかすめている。

 ルアーはバルサミノー、ボウイ50S。前回35cmを釣り上げたインジェクションの蝦夷50Sファースト・タイプⅡとは、素材、ボディ形状、リップ、ウエイトを含めた全ての設定が異なるので、当然ヒラ打ちの質も違う。

「ファーストの、ドパッと背中を倒して、より時間を掛けたヒラ打ちと、ボウイのよりハイレスポンスで変幻自在なヒラ打ち。このコンビネーションが間違いなく、今の釣果を支えてくれてる大きな要因になってる」


 反応する魚は見えないが、構わず倒木のキワにキャストを続ける。

 その魚にとって魅惑的なヒラ打ちを、速い手返しで、一刻みの狂いもなく続けなければ釣れないヤマメがいると伊藤は言う。スレた大ヤマメは決まってそうだ。くすぶっていた闘争心に仮に火が点きかけたとしても、ひとつの操作ミスによって大ヤマメのテンションは一気に落ちてしまうと言う。

「ミスキャストで近くの枝にルアーを引っかけたりしたら当然ゲームオーバーだし、例えばライントラブルでたった数秒手返しを悪くしたり、ルアーのアクションをたったひとつのピッチでミスっただけでも口を使わない魚がいる。本当にシビアな魚は、ノーミスでやっとひとつの可能性が生まれる。いつもそう思って釣りしてるよ」

 伊藤がよく口にすることだが、経験からそのことを身を持って学んでいるのだ。

 自分だったら、すぐ枝に引っかけてザバザバと回収に行って終わりだな、と思いながら伊藤の正確無比なキャストを眺めていると、そこでドラマは起きた。

 何投したかは数えていないが、この複雑なポイントに守られていたのだろう大ヤマメが、流れの中でぐわっとひるがえった。伊藤がアワセを決め、瞬時に倒木の下に潜ろうとする大ヤマメの動きを止める。その魚体が水中でもんどりうつ光の大きさに鳥肌が立った。

 ヤマメは倒木の下に潜るのをあきらめ、今度は流れに乗って下流にくだった。ゴーイチULXが弧を描く。2週間前に35cmをヒットさせた時よりもさらに大きくしなっている。あの時はファイト中も伊藤の顔に笑みがあったが、今回は一段も二段も違う必死さがヒシヒシと伝わってきて、見ている側も息が詰まりそうだった。


 伊藤が歓喜の声と共にすくい上げた大ヤマメは40.5cm。体高と厚みのある痺れるようなプロポーション、何よりパーマークと繊細な色彩を浮かべ、40cmを超えてもなおヤマメらしい美しさを失わないその姿に目を見張った。前回のヤマメと比べ、ボディの太さやウロコのきめの細かさは共通しながらも、さらにブルーのパーマークがよりハッキリと浮かんでいる。

「こういうヤマメがいるということが、モノ作りを含めて全ての原動力だよね。実際に魚を釣り上げて、じっくり眺めて、もっともっと感動したい。その思いで走ってる」


 これまで様々な河川を歩き、ヤマメを探し、いろんな特徴の個体を釣ってきた。そこから自分の理想のヤマメを思い描き、それを釣るために必要なことを考えてきた。改めて言うまでもないことだが、そのヤマメ達の存在こそが伊藤を駆動し続けている。


 釣果イコール、理論や技術の確かさ、とは言い切れないけれど、しかし、それを何シーズンもコンスタントに続けることができれば話は別だ。前編で取り上げたヒラ打ちの有効性にしても、年々厳しさを増す現在のシビアな渓流でこそ重要な意味を持つ。

 この大ヤマメを含め、これまで伊藤が手にしてきた数々のヤマメ達は、彼の経験が導き出した紛れもない真実の証だと思う。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
TUNE UP Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
LINE Cast Away PE 0.6/SUNLINE
LURE Bowie 50S/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


伊藤 秀輝 Hideki Ito


1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。