イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

大ヤマメの世界
Published on 2016/07/08

大ヤマメの世界 その7
『経験が導き出す真実』
前編

アングラー=伊藤 秀輝
文=佐藤 英喜

 伊藤は、つぶさにヤマメを見ている。魚体の特徴だけでなく、ルアーに対する反応や普段の捕食行動を本当によく観察している。生態・習性を含め、魚から直接学んだことが経験として生かされているからこそ、伊藤の釣りスタイルや道具は理にかなっている。


 一方、チェイスしたヤマメも、ルアーの泳ぎを注意深く見ている。


「ルアーにスレた魚だったらなおさらだよね。えっ、ここまで見てるの?って思うくらい、人間には見て取れないようなわずかな違いまで見極めてる。ミノーより分かりやすい例を挙げると、たとえばスピナーが主流だった頃、警戒しながら追ってきたヤマメは、ブレードの回転数が(最適な回転速度より)一割速かったり遅かったりするだけで見切る。スプーンで言えば、流れの巻き返しでウォブリングのバランスが一回崩れただけで見切ってしまう」

 ミノーと違いリップと浮力を持たないスピナーやスプーンを、流れに合わせてスローに引きながら一瞬の『死に体』も作らずアクションさせ続けるには、非常にシビアな操作が必要となる。リーリングもロッドワークも、ミスの許される許容範囲がミノーよりずっと狭い。

「だから、スピナー、スプーンをきっちり操作できる人は、ミノーの釣りでも、リールを必要以上に巻き過ぎたりすることがない。ましてトゥイッチのタイミングが少しでもズレるなんてことは絶対にない。流れに合ったドンピシャの操作が当たり前にできるんだよ」


 では、ミノーにチェイスしたヤマメの場合はどうなのか。彼らはミノーのどんなアクションで見切るのだろう? スピナーの時代と比べ、釣り人の数が増えたことでプレッシャーが強まり、また道具の進化によっても、より学習能力が高まっていることは想像に難くない。

「ミノーの場合ひとつ言えるのは、狙ったトレースラインを外すような横方向へのデッドダートは見切られやすいということ。向こうから食ってくる活性の高い魚は別として、ハナから何かを疑ってる魚に対しては、デッドダートは大きなデメリットをはらんでる。難しい魚ほど、釣り人の操作で誘って誘って口を使わせなきゃいけないのに、ミノーがデッドダートしてる瞬間っていうのは操作不能、言わば『死に体』なんだよ。ダートが止まるまで次の誘いに移れない。ほんの一瞬のことだけど、これがとてつもなく釣り人を不利にする。そして仮に食ったとしても、バレやすい。なぜなら、ミノーがデッドダートしてる時は食わせのタイミングも作れないわけだから。百戦錬磨の賢い大物を狙って釣るには、やっぱり魚の本能を刺激するヒラ打ちなんだよ」

 イトウクラフトのミノーが、ヒラ打ちに特化している理由がここにある。魚の習性的にヒラ打ちの動きが効果的であることに加え、高性能なヒラ打ちミノーは状況や魚に応じて細かく誘いをシフトチェンジでき、且つ食わせのタイミングまで自在にコントロールできる。

 実際伊藤が追い求める居着きの大ヤマメに対しては、デッドダートは初歩の話で、一刻みのピッチも無駄にしないシビアな操作と、それに追従しきるミノーが不可欠となっている。

「もちろん、いくらヒラ打ちに特化したミノーであっても、トゥイッチのリズムを誤って、横方向にテテッと動きが崩れたら、それで見切る魚もいる。ようは釣り人の操作次第。きちんと操作できる人にとっては、豊富に技が使えて、より機敏に誘いを展開できるヒラ打ちは絶対に欠くことのできない武器なんだ」

 これが長年、幾多のヤマメが教えてくれた核心なのである。

 ここに掲載している素晴らしいヤマメも、むろんヒラ打ちによって釣り上げられた魚だ。

 7月下旬、うだるような猛暑の週末、とある遠征先でのこと。

 それまでも数回足を運んだことがあり、人気河川ゆえそう簡単にいい釣りはできなかったのだが、釣れるヤマメの系統にグッとくるものがあり、気になっていた川だ。

 水質はクリアだが底までは全く見通せない、深いポイントが現れた。

 修羅場をくぐり抜けてきたいい魚ほど、ルアーを自在に操作し、誘って食わせる必要があると伊藤は言うが、それはルアーや魚の追いが目に見えない所でも変わらない。大場所に潜む大物を釣るには、目視できなくとも鮮明なイメージをもとにルアーを狙い通りに操縦し、魚と駆け引きできるかどうかが何より重要なことだと言う。

 他のポイントでの反応から、ヤル気満々に食ってくる魚は期待できない。ミノーを通すライン、ひとつひとつのヒラ打ちを繊細にコントロールしながら伊藤がしつこく攻める。

 この暑さだし、このポイントも厳しいな…、などと後ろで考えながらボーっとしていたら、とつぜん伊藤がサッと体勢を低くし、膝に溜めを作りながらアワセを決めた。

 思わず、えっ!と声が出た。

 一瞬状況が飲みこめなかったが、ミノーをくわえた鯛のような物凄い体高をした魚が中層で暴れ、ギランッ、ギランッと強烈な光を放っているのが見えた。こんなヤマメが潜んでいたのか!という驚きと、どうか無事ネットに収まって、しっかりその魚体を眺めさせて欲しいというカメラマンの思いを背に、当の伊藤はしてやったりの笑みを浮かべながら「よっしゃー!」とランディングを決めたのだった。

 灼熱の川で飛び出したのは35cmの超幅広ヤマメ。よく見るギンケヤマメとは異なり、決して無彩色ではなく繊細な色合いが浮かぶ。透明感があり、きめも細やかだ。


 薄っすらとパーマークを浮かべつつ、夏の輝きを全身にまとったガラス細工のような美しさと、見る者を圧倒する力強さを兼ね備えた見事な居着きヤマメであった。

「やっぱりいたかっ!」

 伊藤が満足そうに顔をほころばせる。

「疲れも暑さも、パッと吹き飛ぶね」

 まるで絵に描いたような結末である。

 しかし、これで話は終わらないのだった。


 この35cmの個体がいるならば、さらに上の魚、このクオリティーを持つさらなる大ヤマメがいるかもしれない…という希望的観測。可能性は限りなく低いとしても万が一そんな魚がいるとしたら、ぜひとも釣り上げたいという願望を抱かずにはいられなかった。

 この川には折を見て再訪しよう。河原でそう決めたのだった……。


(後編へ続く)

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
TUNE UP Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
LINE Cast Away PE 0.6/SUNLINE
LURE Emishi 50S 1st Type-Ⅱ/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


伊藤 秀輝 Hideki Ito


1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。