イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2009/04/17

原始の森
奥羽の本ヤマメ

岩手県
アングラー=伊藤 秀輝
写真と文=佐藤 英喜

 岩手の山に秋の気配がやってくると、伊藤は本ヤマメを探しに出かけ始める。


 いまだかつて養殖ヤマメが放たれたことのない水域で、独自に世代交代を繰りかえしてきたヤマメの天然種を本ヤマメと呼び、長年伊藤は東北の山と川に、彼らを注意深く追ってきた。何かしらの理由で養殖魚との交雑を免れてきた本ヤマメの価値は、少なくともスケールで体長や重さを測るように単純に数値化できるものではないだろう。じっさい、伊藤が案内する川のヤマメは9寸、8寸といったサイズでも、その一尾一尾が何とも形容しがたい個性的な野生美を感じさせるのだ。


 そもそも、生息域を狭められ山の奥深くに生きる本ヤマメが、本流育ちのヤマメのように大型化するのは捕食できるエサの量からして非常に稀なケースと言える。しかし、それでは本ヤマメの釣りが全くサイズの望めない釣りかというと、それもまた違う。時には、さしてフトコロのない渓流で、パーマークをくっきりと浮かばせた尺超えの本ヤマメが飛び出すこともある。そしてさらに条件は限られるが、40cmを突破するような俄かには信じ難い大物も、これまでに本ヤマメの棲む川で何度か確認されている。


「40cmクラスとなると巡り合う確率は極端に低いんだけど、自分の経験的には、条件の揃った川であれば4年に一本とか、5年に一本とか、それぐらいのペースでは生まれてると思う。問題は、『飛び』がどれくらい無事に育つか。それに尽きると思う」


 飛びというのは、生まれながらにして大型化する素質を持った特別な個体を指し、飛びぬけて大きくなるから飛び、なのかどうかは分からないが、そうしたヤマメはどうしてもエサ喰いがよいために、大きく成長する前の段階で抜かれてしまうことが多いのである。

 

 渓流シーズンも終盤を迎えていたある日、伊藤の案内で本ヤマメが棲む川のひとつに出かけた。もちろん手付かずの釣り場ではないけれど、林道が途切れてから川へ行き着くまでにだいぶ距離があることと、その谷へ下りるまでの森全体が「クマの巣」になっていることが影響してか、今はまだ漁協による放流がなくてもぎりぎりのところでバランスが保たれている川だ。そこは、過去に伊藤が40超えの大ヤマメを一度釣り上げている川でもあり、久し振りに様子を見に行ってみようということになった。


 入渓点から1時間ほど釣り上ったところで、それは起こった。岸際を走る流れの芯に、葉を茂らせた枝が被さっている。水面の波立ちと白泡がなければ底石が丸見えの水深だけれど、一時的にヤマメが身を潜めるフトコロとしては悪くない。十分に距離をとって、伊藤がオーバーハングの奥へミノーを飛ばす。サミングによって音もなく着水したミノーが流れの筋を捉え、激しくヒラを打ち始める。ぎらぎらと流下してくるミノーの動きを目で追う。白泡の切れ目に、ゆらっと影が動いた。


 一瞬ではあるが、ハッキリと見えた。背中の盛り上がった大きなヤマメが、ルアーに反応した。おそらくこちらの存在には気付いていない。間髪いれず、アップストリームで同じラインを正確に通す。ロッドワークを駆使して、執拗に誘いを掛ける。魚の活性に頼るのではなく、ヤマメが本来持っているはずの、好奇心や闘争心を刺激する。その5投目。ヤマメの興奮が一気に高まった瞬間、連続して強くヒラを打たせ続けたミノーに釣り人がわずかな喰わせのタイミングを与えると、ヤマメはギランッと身を捩るようにしてミノーにかじり付いた。

アップストリームでヒットさせたヤマメが流れに乗って一気に下る

 浅瀬に置いたランディングネットに、飴色をした雄のヤマメが横たわっている。46cmという驚くべき大きさでありながら、ファインダー越しにも青いパーマークがしっかりと確認できる。贅肉のない完璧なプロポーションを誇る、まさに野性の塊のようなヤマメが伊藤のネットに収まったのだった。

  1. 尾の付け根にまで、パーマークがしっかりと残っていた。40cmを遥かに超えても、本来の「ヤマメらしさ」を少しも失っていない

ロッドは大ヤマメ専用設計、エキスパートカスタムEXC510ULXを使った

  1. 渓谷の冷たい水に磨かれた宝石、46cm。山なりに盛り上がった背中が見事

 本当に純血を維持した天然種なのか。何より重要なことは、その可能性を残したヤマメ達が、今もこうして川に息づいているということだろう。そして言うまでもなく、その川とヤマメを支えているのは周囲の鬱蒼とした森に他ならない。いいヤマメが生きる川には、決まって豊かな自然がある。森の恩恵をたっぷりと受けた川は、常に魅力的な可能性を秘めている。素晴らしいヤマメをひっそりと育んでいる深い森があるからこそ、僕らは釣りと魚に没頭して、川を歩くことができるのだ。

源流域に近い場所だが意外と水量は豊富だった。ただ魚の数はけっして多くない

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
LINE Super Trout Advance 5Lb/VARIVAS
LURE EMISHI 50S[YTS]/ITO.CRAFT

ANGLER


伊藤 秀輝 Hideki Ito


1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。