イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2014/11/04

偶然が生んだ
居着きヤマメの姿

2013年9月初旬
文=佐藤英喜

【川について】

 その川の特徴は、深い淵が多いこと。両岸が切り立って完全な「通らず」になっている箇所もあり、点在するひとつひとつの淵がヤマメ達にとって立派なフトコロになっている。上流にも下流にもダムはなく、河川規模的にはまさに渓流だが、ヤマメが育ち、身を潜められる場所に事欠かないのだ。ただ、印象として魚の数はそれほど多くないので当然空っぽの淵も少なくはないし、ご多分に漏れず人的なプレッシャーもきつい。

 シーズン中、何度か足を運んでいた伊藤大祐がその川で現実的な目標として思い浮かべていたのは、くっきりとパーマークを浮かべた30~35cm位のヤマメだった。しかし、自然の中では人間の想像を超えることが往々にして起こりうるわけで、それこそがドラマであり、生息する環境に応じて様々に姿や習性を変えていくヤマメ達の面白さでもある。

 9月初旬の週末、ゴーイチのULXにPEラインとボウイ50Sの組み合わせで探っていくと、何個目かの淵でそれは起きた。



【潜水艦との遭遇】


 約3m四方のドン深の淵。そう簡単にルアーを追うような魚達ではないから、口を使う点をはっきりと思い描き、アップストリームでしつこく攻める。すると突然、フックが何か硬い岩でも噛んだように、ガチッとリールのハンドルが止まった。しかし根掛かったわけではない。ロッドもラインもまったく静止した状態からバットに負荷を掛けるようにテンションを強めてやると、ラインの先にいる何者かが、グオンっ、グオンっと頭を振り始めたのだ。

 逆光と水面のヨレで魚体は見えない。力強く重々しいファイトだけがPEを伝って手元に響く。必死に抵抗を試みる魚を何とかなだめながらロッドワークで溜めると、ぶわりとその太い胴体を見せつけるように浮いてきてまた底へと突っ込んだ。そしてまた頭を振り始める。アップストリームでヒットしているにも関わらず、寄ってくる気配がない。このままではマズイと直感した大祐は魚を無理に動かさず、できるだけ無駄な時間を掛けないよう自ら歩み寄っていき、次に魚が浮いたタイミングでちゅうちょなくネットを入れた。

「流れに乗って走る、というファイトじゃなくて、中層でひたすら頭を振りながら真下にぐんぐん沈んでいく感じ。まるで潜水艦だよ。冷や汗をかいて興奮したし、最高の時間だった。あのやり取りは今思い出してもゾクゾクするね」



【ヤマメの魅力】


 ネットに収まった魚体を眺める。

 サイズもさることながら、その太い魚体がまとう強烈な個性に思わず目を見開いた。

 メジャーを当てると41cm、しかし、素晴らしいヤマメほど数字では表せない部分にその価値は溢れている。

「今まで釣ってきた魚にはない、独特の雰囲気をまとったヤマメだからね、見た瞬間、この川にこんな魚がいるの?っていう驚きが大きくて、ちょっと頭が混乱した(笑)」

 確かに写真でも分かるけれど、これまで紹介したことのないタイプの個体である。

 背中が丸く盛り上がり、いかつく曲がり落ちた鼻先から尾ビレまでをぎゅっと寸詰まりにしたド迫力のフォルム。尾ビレの付け根も太いが、遡上タイプとは異なり尾ビレそのものは決して大きくなく、鋭角的に切れ込んでもいない。パーマークは胸ビレの辺りから腹部にかけて、小さなブルーのスポットが点々と残っていた。

 そして全体の色合いは、居着きの個体に特徴的な透明感のあるコパーオレンジ。婚姻色を浮かべながらも黒ずんだところはなく、ベースはシルキーなアイボリーである。魚を浅瀬に横たえ撮影していると、この幅広のボディがしっとりと滑らかなウロコに覆われている様が何とも美しく、なまめかしく、ファインダーを覗きながらついうっとりしてしまう。

 長くヤマメやサクラマスを釣ってきた人なら写真を見てすぐに分かると思うが、海上がりのサクラマスとは色合いも質感も魚体のシルエットも明らかに違う。またこの川には、ダムで育った個体も存在しないのだ。

 では、この41cmのヤマメは、どんな生活史を経てこの個性を持つに至ったのだろう?



【居着きとマス化】


「ウロコの質感、きめの細かさには天然種のヤマメの要素が感じられるよね。釣り場の状況や魚体の特徴から考えると、居着きタイプでありながら小さな淵でマス化したヤマメだと思う。この環境と偶然が生んだ魚。釣り人が攻め切れない、なおかつエサも豊富な最高のフトコロを見つけたヤマメはそこから動かないものだから、そこで大型化したんだろうね。50cmクラスは不可能にしても、この淵の深さ、エサの量から見て、エサ食いのいい個体がここで急成長すれば41cmはありうるサイズ。確率的にはとてつもなく低いけどね」

 急成長した分だけパーマークは薄くなり、もし36、37cm辺りであればもっとハッキリとパーマークも確認できたに違いない。

 淵の底で、じっと息を潜めながらマスの風格をまとった。その一方で、ボディの滑らかな質感は天然種のヤマメが持つもの。また、いわゆる戻りヤマメと似た部分もある。

「見れば見るほど、いろいろなタイプのヤマメの要素が混じってる。ずっと以前からこういう個体がここにいたのか、それとも、釣り人のプレッシャーとか環境の変化によって生態が変わったのか。これもヤマメの奥深さだよね。ただ、狙って釣れた魚ではないし、この先も狙って釣れる魚ではないっていうことは確か」

 実際、今シーズンも何度かこの川へ釣行したものの、写真のような個体は見られなかった。めったに起こらないことだからこそ劇的で価値があるのだ。

 ヤマメはサイズだけじゃない。メジャーが示す数字に無条件に価値があるわけではないだろう。それがどんな魚だったのか? 体高や太さやウロコの質感や色合い、パーマーク、顔付き、ヒレ、今回のヤマメのように希少な個体であればなおさら、その一匹だけが持つ価値を考え、河川の特徴などから魚の生きた過程を思い描くことが、ヤマメ釣りをより面白く、深みのあるものにする。ヤマメほど釣り人の探究心を広げてくれる魚はいないのだ。

「またこんなドラマに出会えることを楽しみに、釣りを続けていきたいな」

 より多くの出会いと発見を求め、これからも川へ繰り出すのである。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510PUL/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 33/ABU
TUNE UP Mountain Custom CX /ITO.CRAFT
LINE Super Trout Advance Double Cross 0.6/VARIVAS
LEADER Grand Max FX 1.2/SEAGUAR
LURE Bowie 50S/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


伊藤 大祐 Daisuke Ito


イトウクラフト スタッフ

1982年岩手県生まれ、岩手県在住。幼少期から渓流の釣りに触れる。「釣りキチ三平」の影響も大きく、エサ釣り、テンカラ、フライ、バス釣りなど様々な釣りを経験する。工業デザインやCGを学んだあと、デザイン会社での経験を経てイトウクラフトに入社。自社製品の製作を手掛けるかたわら、商品開発/試作/テスト/ウェブ/各種パッケージ/広告/カタログ/などのデザインも行なっている。