イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2012/04/27

二度追わせ
その2

2011年9月、岩手県
アングラー=伊藤 秀輝
文と写真=佐藤 英喜

 前回の記事でスポットをあてた『二度追わせ』。一度ルアーを追ったヤマメに「あえて」口を使わせず、元いた着き場にいったん魚を帰して、二度目以降のチェイスでよりがっちりとルアーにバイトさせるという伊藤ならではの戦略だ。もちろん、最初のチェイスでしっかりルアーを噛んでくれる魚ならばそのまま食わせのアクションを決めて口を使わせるのだが、警戒心の強いヤマメほど何かを疑いながらルアーを追ってくる。そのチェイスを見て、「このまま食わせたらルアーを噛む力が弱いな。バレる確率が高いな」と判断したら伊藤は、それがいい魚であるほど慎重に事を進める。違和感を与えないようヤマメを意図的に着き場へと戻し、そして、より確実に釣るために立ち位置やルアーの着水点、泳がせ方を微調整する。瞬時に魚の表情を読み取る目と、状況に合わせて正確に釣りを修正する判断力と技術が求められる究極にテクニカルな芸当を何度も目の当たりにしてきた。


 そんな『二度追わせ』を伊藤は何気ない顔で、自分の釣りの一部として当たり前にこなしてしまうわけだが、見れば見るほど、話を聞けば聞くほど、そこには途方もない釣り師の経験が凝縮している。


 まず、最初のチェイスで釣り人の存在を気付かれては全てが台無しになってしまうので、ヤマメに違和感を与えないようにUターンさせなければならない。ミノーのアクションに魚の意識を集中させつつ、わざと食わせない。本当に紙一重の操作だ。


「トゥイッチで魚の注意を引き付けることはもちろん大事。賢いヤマメは、ルアーのアクションに飽きると周りにいる釣り人の姿を探そうとするからね。でも、『二度追わせ』で釣る時は、そこで魚を興奮させ過ぎてもダメなんだ。1回のトレースで燃えさせ過ぎると次の反応を引き出しづらくなる。二度、三度とチェイスする余力を魚に残してやらないと、着き場に戻す意味がないよね。だから、この態勢で食わせてもバレる確率が高いなって思ったら、ルアーに魚を集中させるだけの誘いに切り替えるんだ」


 ルアーフィッシングでヤマメを誘う。その操作をここまで緻密に分析し、実践している釣り人がいることに、僕はただただ驚く。そして言うまでもなくそうしたきめ細やかな技術に、きちんと対応できるロッドやルアーの存在も忘れてはいけない。


「いつも思ってることだけど、道具の性能は常に釣り人の技量の『上』になくちゃいけない。どんなシビアな状況にも対応できるトータルバランスに優れた道具がなければ、そこに技は生まれないんだよ」

40ヤマメ、渾身のファイト。伊藤のゴーイチULXを力強く絞り込んだ

 昨年の晩夏、岩手の渓流にて。


 40㎝を超える大ヤマメが釣り人の技と、それを引き出す道具によって釣り上げられた。


 そのヤマメは、淵の流芯が通る最も深く掘れた中心部ではなく、あまり流れの効いていない対岸奥のボサ際に着いていた。流れには立ち込まずアップクロスで伊藤がバルサ蝦夷をキャストすると、キラキラと明滅を繰り返すミノーの背後にゆっくりと、すーっと大きなヤマメが現れた。


「もう1m位追ったところで判断したね。この追い方ではこの1回のトレースで釣るのは厳しいなと。このまま無理に食わせたって、中途半端な噛み方になってバレる可能性が高い。より深くバイトさせて、確実に手にしたいヤマメだった」


 チェイスしたヤマメが釣り人の足下まで近づいてくる前に、トゥイッチを緩めて魚を元の着き場に戻す。後ろから見ていて、いつもながらもう追ってこないかもしれないリスクにドキドキしてしまうのだが、伊藤に迷いはない。『二度追わせ』は、再びルアーを追わせることができる確信と、そのヤマメを確実に釣るための2投目以降の明確なビジョンがあるからこその安全策だ。


 ルアーをピックアップした伊藤は素早く立ち位置を変え、よりサイドクロスに近い角度からすぐさま次のキャストを放った。


「誘いにはいろんなパターンがある中で、魚がミノーを後ろから追ってきた場合よりも、ミノーのフラットな面をサイドから見せる誘いの方がヤマメの興奮は引き上げやすいんだ。それと二度追わせには手返しの速さも重要で、一度高まりかけた興奮が残っているうちに速攻で仕掛ける。魚の警戒心を高めさせてしまう『間』を極力与えないことだよ」


 ヤマメの追い方がさっきとは明らかに違った。見るからにヤル気が高まっている。誘って誘って、ヤマメのテンションをピークまで盛り上げたところでミノーを一瞬止めて口を使わせた。それでもヤマメがくわえたのはテールフックのみ。きわどい駆け引きだった。冷静なやり取りで無事ランディングに成功したが、もし最初のチェイスで無理に興奮させて足下まで追わせてしまっていたらどうなっていたか。きっと釣り上げるのは難しかったに違いない。


 ますますシビアになっていくこれからのフィールドでも、僕ら釣り人にできることはまだたくさんある。伊藤のヤマメ釣りはそれを物語っていると思う。


「人が努力することに限界はないからね」


 伊藤のランディングネットに、薄っすらと紅をまとった41cmのヤマメが収まった。

  1. 最初のチェイスで魚を観察し、二度目のチェイスで狙い通りに釣り上げた大ヤマメ。伊藤ならではの緻密な駆け引きだった

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
LINE Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
LURE Balsa Emishi 50S[ITS]/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


伊藤 秀輝 Hideki Ito


1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。