イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

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FIELDISM
Published on 2010/09/24

一粒の宝石を拾う

2009年8月23日

アングラー=菊池 久仁彦
文と写真=佐藤 英喜

 菊池は、強さのあるヤマメ、が釣りたいと言う。精悍な顔付きをして、背中が力強く盛り上がって、なお且つ山の魚が見せる美しい色合いと模様を浮かべたヤマメが釣りたい。

 四方をボサに囲まれた小さな沢で、テクニカルな面白さと小さくとも宝石のようなヤマメに長年没頭してきた菊池だけれど、彼はいま、言うなれば「大きな宝石」を狙っているのだ。


「言葉で言うのは簡単なんだけど(笑)」


 そう、釣るのは簡単じゃない。


 まずそんなヤマメは、どこにでもいるわけではない。この日僕らが向かった川にも、菊池の言うような魚とそうじゃない魚がいる。そして言うまでもなく、素晴らしいヤマメの棲む川にはそれを追う釣り人も多い。この川も例外ではないらしい。


 8月下旬のとある朝。太陽がしっかりと顔を出すのを待って菊池は川に下りた。


「魚が常に居着いてる、というよりは、一時的に休む場所だよね」


 そう言って菊池が目を輝かせたポイントは、流れが速く、平坦で、魚が身を寄せるようなこれといったストラクチャーも沈んでいない。


 ただひとつ、底が掘れている。最深部で成人男子の背丈ほど。幅にして約3mの深みが川を横断する形で帯状に形成されているのが見て取れる。


 以前からこのポイントの存在は知っていたのだが、ほとんど河原がなく、流れの押しも強いために川通しにはアプローチできない位置にあり、この日は勘を頼りに密生した葦をかき分けながらズンズン進んで、菊池は初めてその場所に立っていた。

 

 シャツは朝露でビショビショ、しかも蜘蛛の巣まみれでタイヘンなことになっている。そんなことに気を取られているとさっそく菊池がキャストを始める。


 ルアーは蝦夷50S 1stタイプⅡ。


「この速い流れのなかで、ミノーを綺麗に泳がせるという観点ではもちろん山夷50Sもいい。けど、川の深さに対応するために、ここはタイプⅡだね」


 1stタイプⅡの、アップストリームでの使いやすさやヒラ打ち時の強いアピール、狙うタナへの落とし込みやすさは誰もが口を揃えるところだが、ポイントの状況によりその使い方は異なる。例えば菊池はこのとき、狙うべき深みの少し上流に立ち位置を取り、1stタイプⅡを対岸のキワに向けてほぼ純粋なクロスストリームでキャストした。


 着水したらミノーを沈める。時間にして2~3秒。


「ミノーの沈下中はラインが先行するように操作するんだけど、そのドラッグ(川の流れにラインが引っ張られる状態)と、ミノーのリップが水を噛む力を利用して、綺麗に素早く落とし込む。ラインスラックの出し過ぎに注意しながらの、一瞬の微妙な操作だけどね。そうやって狙うタナまでミノーを沈めたら、そのタナをキープしたまま、U字の軌跡じゃなく、イメージとしては対岸からほぼ直線的に引いてくる。幅3mの深みのレーンからミノーが外れないようにね。それとこの釣りはロッドワークもシビアで、アクションが強過ぎるとミノーが上ずったりコケたりするし、弱過ぎると下流に落ちる。警戒心の強い大物は、深みから外れた浅い場所にはまず出てこないもんね。もちろん、こういう釣りをこなせるルアーそのものの性能も重要だよ。レンジをコントロールしやすくて、沈めたり、ギラッと一瞬でアピールさせたり、止めて見せたり、そういうメリハリをしっかりつけられる自由度の高さが絶対的に必要だよね。単にテール重心のミノーではこうはいかない」


 ミノーをアクションさせるのには、狭いゾーンで魚に食い上げさせるためのアピールと、U字の釣りよりきっと速くなるはずのリトリーブスピードを抑える目的がある。できるだけ長くそこにルアーを置いておくためのアクションを加えるのだ。


 言葉にするとかなりギリギリの釣りに思われるかもしれないけれど、実際には、キャストもルアー操作も、身体がもう何をすべきか知っている滑らかさで進んでいく。

対岸のキワにぴたっと魚が着いていることも多く、正確なキャスティング技術は必須

 基本的に長い距離を追わせる釣りではなく、チェイスはほんの一瞬。打てども打てども答えの返ってこない渋い川で高い集中力を維持し続けるのは難しいことだが、菊池はその一瞬に向けて常に意識を集中させている。何よりこのときは、1投目から予感があった。


「ミノーのリップが捉えてる水圧から感じ取れるんだよ。いいヤマメが着くだろう流れの押し具合、ミノーの泳ぎ、タナ。このときは本当にいい感じだった」


 その3投目、ギラッギラッとヒラを打つミノーが川の中ほどに差し掛かったとき、ドンっと重さが乗った。バイトの瞬間は全く見えなかったが神経を張り巡らせていた菊池がすかさずアワせると、水中で幅広の魚体が派手に翻った。


 ヒットした魚が流れに乗って、ぐんぐんと駆け下っていく。立ち位置を制限されている菊池は追いかけられず、ロッド全体のトルクで流れと魚の重さを受け止めた。完全に力比べの恰好だが、しかし釣り人にもロッドにも、まだ余裕があった。焦らず、耐えるところは耐えて、だましだまし寄せる。


 菊池の手に収まったのは、35cmの素晴らしいヤマメだった。

体形、顔付き、色合い。これが菊池の思い描くヤマメの理想形

  1. 狙い澄ましたヒット、そして完璧な魚体。これ以上ない至福の時間

 経験を積んでいくうちに必要な技術や道具が分かってくるように、自分の追うべき魚もまた、はっきりと見えてくる。一匹の魚に自分だけの価値が見えてくる。そして菊池は、それと出会う圧倒的な確率の低さと難しさを身を持って知っている。


「自分のなかでは、ほぼ理想形。ガチッとして、綺麗で。色がくすんでくる前の、発色が一番綺麗なタイミングじゃないかな。顔もすごくカッコいい」


 菊池は会心の笑みを浮かべながらヤマメを眺めた。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
LINE Super Trout Advance 5Lb/VARIVAS
LURE Emishi 50S 1st Type-Ⅱ[ITS]/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


菊池 久仁彦
Kunihiko Kikuchi

イトウクラフト フィールドスタッフ

1971年岩手県生まれ、岩手県在住。細流の釣りを得意とする渓流のエキスパート。大抵の釣り人が躊躇するようなボサ川も、正確な技術を武器に軽快に釣り上っていく。以前は釣りのほとんどを山の渓流に費やしてきたが、最近は「渓流のヤマメらしさ」を備えた本流のヤマメを釣ることに情熱を燃やしている。サクラマスの釣りも比較的小規模な川を得意とする。