イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2014/01/24

リカバリー

2013年8月、岩手県
文と写真=佐藤英喜

 そこは小さな淵だ。

 アップストリームでミノーをキャストし、できるだけスローに引きながらトゥイッチで細かくヒラを打たせていく。ルアーは、様々なシチュエーションに対応するオールマイティな蝦夷50Sを使っていた。

 すると、尺は優にありそうなゴツいヤマメがチェイスを始めた。

 問題はここから。

 そのヤマメはミノーに興味を示し、追いかける活性はあるものの、その一方でどこか警戒してもいるのだろう、衝動的に一気に食い付くまでの勢いはない。

 さて、どう食わせるか。

 小刻みにヒラを打つミノーの5センチ後方をじっと追尾しながら、尺ヤマメが慎重に何かを判断しようとしている。そういう危険を察知する注意深さや恐怖心が備わっているからこそ、彼ら野生の生き物は生き長らえることができるのだが、今はそのことに感心している場合ではない。

 その時、ポイントに立つ伊藤大祐はこんなことを考えていた。

「はじめのイメージでは、淵が終わるカケアガリで食わせるつもりだった。いまいちヤル気のない魚だったらカケアガリの手前でUターンしたり、あるいは早めにルアーをピックアップして意図的にUターンさせる選択肢もあるわけだけど、この時はとっさの判断でそのまま食わせようと思った。ここで追うのをやめるかなっていう所でも止まらずに追ってきたし、底が徐々にカケアガって、流速が増して、その流れに乗ってミノーもスピードアップしていく所でも、その速さにヤマメがしっかりと付いてきた。だから、食うと思ったんだけどなぁ」

 ぎりぎりまでピックアップをこらえつつ誘いを掛けるも、バイトには至らなかったのだ。ヤマメは速い流れに乗った勢いで、下の瀬に入った。

「自分の技術が足りなかったのかもしれないし、勝負所を見誤ったのかもしれない」

 しかし取り返しのつかない致命的なミスをしたわけでもない。おそらく釣り人の存在には気付かれていない。それに、ヤマメがその瀬に定位した場所も見えていた。まだチャンスは残している。



 最初のチェイスで食わせ切れなかったのは確かに惜しかったが、まだ想定の範囲内。つまり、リカバリー可能な状況である。ヤマメはゴロンっと沈んだ石の脇に着いた。こちらから見えやすい位置であり、また魚からも周囲の様子を確認しやすい場所だ。不安を感じたヤマメがそうした場所に着きやすいことも経験的に知っているから、落ち着いてスムーズに次の一手へ移行できる。

 警戒している魚に悟られないよう無駄な動きは一切せず、手首の返しのみで素早くキャストする。

 ルアーはそのまま蝦夷50S。瀬の流れに着いた魚をダウンクロスで狙うことを考えれば、山夷50SやそのタイプⅡなど、より攻めやすいルアーの選択も考えられたが、ここで余計な間は置きたくないし、蝦夷50Sの安定性なら操作次第で十分に対応できると判断した。

「元いた着き場から離れた魚はより警戒心が高まって、追わせて食わせる攻めは難しい。ヤマメのテリトリー自体も狭まった。その中で長くルアーを見せて、じらしてじらして口を使わせる誘いしかなかった。魚の目の前、数センチの範囲内で勝負する釣りを意識した」

 すぱっとアワセを入れたのは、ヤマメがミノーを噛んだ瞬間だった。ラインはPEだが、やはり目で見てアワせたほうが早い。

「ヤマメがフワッと口を使いにきた瞬間を見計らって、ロッドを立てる、と同時に、魚が食った瞬間のカツッ!という感触が伝わる感じ。フッキングとバイトがほぼ同時。アワセ方はその状況によって変わるものだけど、こういう勢いの弱いショートバイトに対しても電撃的にアワせられるのは、PEラインの大きなメリットのひとつだよね」


 こうして伊藤大祐のネットに、幅広のかっこいい尺ヤマメが収まったのだった。

 1から10まで、いつも思い通りに事が進むわけではない。むしろ思い通りにいかないことのほうが圧倒的に多いのが釣りだ。

 予想外の出来事やちょっとしたミスによって最初のイメージとは異なる展開になった時、いかにリカバリーできるか。あらかじめ次のキャストへチャンスを残すための釣りをしているかどうか。

「やっぱりそれは常に神経を使って考えてる。川の歩き方、立ち位置、ルアーのトレースライン、全ての面において丁寧な釣りを心掛けてる。この釣行で、その大切さを改めて思い知った。釣り場の状況がますますシビアになって、細部にまで神経の行き届いた釣りをしないと釣れない魚が年々増えてる。だから今は、川で出会うどの魚に対してもそういう気持ちで挑んでる。考えうるマックスの難易度を常に想定しておくことで、ほんの小さなチャンスを拾うことができるかもしれない。逆にスレていない魚だったら、より確実に釣ることができるよね。いい魚を釣りたいから、どんな状況にも柔軟に対応できる臨機応変さと繊細さをもっともっと磨いていきたい」



【付記】
建築デザインの世界に、「神は細部に宿る」という言葉がありますが、勝手に解釈すれば釣りにも当てはめることができると思います。ディテールの追求が釣りの完成度を決める。この日も、常日頃心掛けている小さなことの積み重ねが、尺ヤマメという答えを導き出したのです。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510PUL/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 33/ABU
TUNE UP Mountain Custom CX /ITO.CRAFT
LINE Super Trout Advance Double Cross 0.6/VARIVAS
LEADER Trout Shock Leader 4Lb/VARIVAS
LURE Emishi 50S/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


伊藤 大祐 Daisuke Ito


イトウクラフト スタッフ

1982年岩手県生まれ、岩手県在住。幼少期から渓流の釣りに触れる。「釣りキチ三平」の影響も大きく、エサ釣り、テンカラ、フライ、バス釣りなど様々な釣りを経験する。工業デザインやCGを学んだあと、デザイン会社での経験を経てイトウクラフトに入社。自社製品の製作を手掛けるかたわら、商品開発/試作/テスト/ウェブ/各種パッケージ/広告/カタログ/などのデザインも行なっている。