イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2013/09/20

ホームグラウンド

2012年9月、岩手県
文と写真=佐藤英喜

 伊藤大祐にとって雫石川水系は、家からの近さという意味では間違いなく最も足を運びやすい釣り場だが、釣行数の割合を見てみると実は全体の10%にも及ばず、決してホームグラウンドとは言えない釣行頻度だ。

 毎年いろんな川でいいヤマメを釣りたいから、ホームグラウンドと呼べる釣り場はあえて持たず様々な河川におもむいてロッドを振っているのだ。

 今から7年位前、雫石に工場が設けられた当初は、仕事前の朝駆けを中心に雫石で釣りをすることも多かった。

 その頃、伊藤秀輝がこんなことを言っている。

「雫石川水系でコンスタントに釣れるようになれば、他の川でも通用する」

 雫石には山岳渓流から本流までいろいろなタイプの川やポイントが存在し、釣りをしていると様々なシチュエーションが次々と現れる。そして、そこに棲んでいる魚達は多くの釣り人に攻められ、大抵が強い警戒心を抱いている。バリエーション豊富な渓相とすこぶるシビアな魚達が釣り人を鍛え上げる。

 その後大祐が雫石川水系以外の釣り場に積極的に出向くようになったのは、「雫石での経験がヨソの川でどれだけ通用するのか?」という気持ちが強くなったからだ。

「それと、使うロッドにしてもルアーにしても、それらの性能やコンセプトをより深く理解しようとも考えた。より多くの川と魚を相手にすることで、それまで見えなかった道具の性能に不意に気付かされることもあるからね。あとはやっぱり、もっといろんなヤマメを見たいっていう思いが強かった」

 しかし、身近にホームグラウンドを持たないというスタイルは、単純に考えて手っ取り早く釣果を得るためにはマイナスの要素が大きくなる。

「簡単に言ってしまうと、タイミングを計るのが難しい、というか、タイミングに頼れない。ちょくちょく様子を見に行ける距離ではないから、例えば魚を見つけても反応が悪いからといってそう簡単には次回に勝負を持ち越せない」

 実際に遠征先でそういった状況に出会ったら、どう対処するのか。いいサイズのヤマメがルアーに反応したけれど、食いつくには至らない。そんな時にどうするか。

「できるだけその場で釣るというのが理想ではあるけど、もちろんそうはいかないこともある。この時の判断が本当に難しくて、次回のことを考えれば深追いしすぎないで我慢することも大事だし、でも、次に来る時までに誰かに攻められて余計に魚がスレてしまって、ハードルがさらに高くなるかもしれない。いろんなケースが考えられる。もうその判断は勘だね(笑)。あれこれ攻め方を変えながら魚のスレ具合を見て、なぜいま口を使わないのかを考える。で、この様子ならしばらくは口を使わないなって自分なりに確信が持てたらそこで見切る。魚の雰囲気から感じ取る部分を大事にするね」

 地元を離れた遠征釣行は言うなればアウェーゲームだ。例外なくそこにはその川をホームグラウンドとする釣り人達がいる。地の利を生かして通い詰める地元アングラーとの目に見えない戦いが水面下で繰り広げられているのだ。釣りを「自然との対話」という風にたとえる人がいるけれど、いまのフィールドでは望む望まないに関わらず他の釣り人とのせめぎ合いが常に起きている。

「それが遠征釣行の難しさだし、あー今日がドンピシャのタイミングだ!と思っても、ぱっと動けないのがもどかしい(笑)」

 もちろん、ホームグラウンドを持たないことの楽しさもある。

「初めての川とか、まだ勝手の知らない川っていうのは、やっぱり釣りをしててドキドキするしワクワクする。この先のカーブを曲がったらどんなポイントがあるのか、どんな魚が顔を出すのか、っていう緊張感がいいんだよね。魚のサイズだけにこだわらず、その川のポテンシャルを見たくなる。その川で育った、いいヤマメが見たい。そういう新鮮な気持ちで釣りができるというのが、ホームグラウンドを持たない一番の楽しさ」


 また今後の釣りを考えてもこうして様々な川を釣り歩くことは、「のちに自分を支える経験になると思う」と大祐が感じているように、きっと大きなメリットを生む。いろんな特徴を持った川とヤマメが釣りの引き出しを確実に増やしてくれる。

 今回ここに掲載している3本の尺ヤマメは、もちろんそれぞれ異なる川での釣果で、写真からもその系統の違いは十分に伝わるだろう。

「釣り場の幅を広げることは商品の開発とも密接にリンクしていて、ボウイに関してもあちこちの川で様々なアイディアを得たからこそ出来上がった。ひとつふたつの釣り場だけでは絶対に生まれなかったと思う。この川のこのポイントでもっと釣るためには…、という小さな追求の積み重ねだよね。魚を釣るという意味ではリスクが大きいかもしれないけど、川や魚をより深く知っていくこと、そしてその現場の感覚を新たなモノ作りに反映させていく作業が、いまはすごく楽しい」

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510PUL/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 33/ABU
LINE Super Trout Advance Double Cross 0.6/VARIVAS
LEADER Trout Shock Leader 4Lb/VARIVAS
LURE Bowie50S/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


伊藤 大祐 Daisuke Ito


イトウクラフト スタッフ

1982年岩手県生まれ、岩手県在住。幼少期から渓流の釣りに触れる。「釣りキチ三平」の影響も大きく、エサ釣り、テンカラ、フライ、バス釣りなど様々な釣りを経験する。工業デザインやCGを学んだあと、デザイン会社での経験を経てイトウクラフトに入社。自社製品の製作を手掛けるかたわら、商品開発/試作/テスト/ウェブ/各種パッケージ/広告/カタログ/などのデザインも行なっている。