FROM FIELD
伊藤 秀輝
FIELDISM
Published on 2015/09/04
ファーストを
完璧に操作すること
2014年8-9月、岩手県
アングラー=伊藤 秀輝
文=佐藤 英喜
遠征先の渓で、蝦夷50Sファーストで釣り上げた二匹の尺ヤマメ。ご覧の通り、それぞれがハッとするほどの個性的な美しさを身にまとっている。しかし、伊藤秀輝のヤマメ釣りを間近に見て改めて感じるのは、ヤマメの持つ素晴らしさだけでなく、この釣りそのものが味わわせてくれる楽しさや喜びについてである。
魚のサイズは確かに大事なことだが、その数字がその釣り人の何かを表してくれるわけではないだろう。釣り上げた魚の本当の価値は、釣り上げた本人にしか分からない。同じ大きさの魚でも、雑な釣りをして、ただ単純に釣り場の条件や活性によって釣れた魚と、過程のひとつひとつを丁寧に考えて、その日その状況でベストな釣りをして手にした魚とでは、価値も喜びも大きく違う。
「例えば、水中のルアーを繊細にコントロールして、そのルアーが持つ性能を完璧に引き出せているかどうか。道具に釣らせてもらうんじゃなく、まずは自分の『操作』としっかり向き合えているかどうか。これって、本当の喜びを得るためにはすごく大切なことだよ。簡単に釣り場を探そうとしたり、ラクに釣れる方向ばかり選択されがちだけど、それでは最も大事な所が欠けちゃってるよね」
そう語る伊藤が、2002年に初めて世に送り出したミノーが蝦夷50Sファーストだ。開発した当時の思いをこう話している。
「勝手に泳がれても困るっていうか、自分で操作して釣りたいっていうこだわりを最初に形にしたのがファースト。あの当時は安定性とか使いやすさとかは後回しで、いかにそのピークの性能を釣り人の操作で引き出すかというところに、今以上に面白さを感じてた。当然セッティングとしてはピーキーだから、使い手次第の部分が大きいよね」
伊藤の釣りを見て、このミノーが持つ本来の性能を再認識した。
細やかなトゥイッチに反応し、5cmミノーとは思えないほどの強烈なフラッシングを放ちながら派手にヒラを打つ。そして、アップストリームでキャストしているにも関わらず、見ていて不思議に思うほどルアーが帰ってこない。限界ギリギリのロースピードで前進を拒みながら、キビキビとアクションを刻む。とにかくヤマメをじらすように、スローに引きながら絶え間なく誘いを繰り出す。左右交互に綺麗にヒラを打たせるのはもちろんのこと、その日その時の魚に合わせて微妙にアクションを変化させている。
アップストリームで、止めてヒラを打たせる。ファーストにはそれが出来る。
背中を大きく倒してアピールするヒラ打ちアクションも、その動きで効果的にフラッシングを生み出す薄型のフラットボディも、何かの模倣ではなく伊藤自身の経験を純粋に具現化したミノーだった。
しかし改めて振り返ると、アップストリームに主眼を置いたヒラ打ちミノーなど他に存在しなかった2002年の発売当初、ファーストに対する評価は激しく二分した。
ファーストの潜在的な性能を理解し、きちんと操ることができた一部の釣り人達によって、それまで他のルアーには口を使わなかったヤマメが次々と釣り上げられた。これは大変なルアーが誕生したと声が上がり、彼らにとって蝦夷50Sファーストは唯一無二の武器となった。
その一方で、ピーキーであるがゆえに上手く使いこなせなかったり、そもそも使い方が分からず戸惑う人も多かったのである。当時は渓流域でさえダウンクロスやダウンで釣り下る人が多く、アップストリームの有効性が広まっていなかったこともファーストの性能が理解されない理由のひとつだった。
「自分としてはぶっちぎりの性能を持ってるなと自信満々だったし、それを操作して使いこなすのは当たり前のことだったから、当時のそういう反応は、正直残念だった。流れから飛び出して使えないとか、よく聞いたよ(笑)」
操作する際のニュアンスとして、伊藤がファーストを「スプーンのようなミノー」と言ったことがある。
そしてまた「スプーンは使うアングラーによって、釣れる釣れないが大きく変わる。だから極めがいがあるんだ」とも言った。
ファーストもミノーというくくりで見ればピーキーだが、スプーンはその比ではない。長年スプーンを使い込んできた経験が、ミノーが主軸の今も操作の土台になっていると言う伊藤だが、限られたトレースラインの中で出来るだけ長くルアーを留めながら、なお且つ『死に体』を作らずに絶え間なくアクションさせる。それを、浮力もリップもないスプーンで、しかもアップストリームでやろうとすると、言葉以上に非常にシビアな操作が要求される。スプーンは止めれば沈むし、瞬時に『死に体』になる。アクションさせるための水噛み、抵抗の許容範囲がミノーよりずっと狭く、ほんのちょっとしたミスで魚に見切られてしまう。一言で言って、ごまかしが利かない。そうした技術を当たり前のように駆使しながら魚を釣ってきた伊藤に言わせれば、「ミノーのほうが何倍も何十倍もラクで、いろんなことができる」のである。
ファーストを操る伊藤の釣りを見て、なぜアップストリームでここまでゆっくり引けるのか? どうしたらあそこまで細かく、思い通りにヒラを打たせられるのか? という驚嘆と共に、こんな風にルアーを操作できたら釣りが楽しくて仕方ないだろうなとつくづく思う。
「いつも言ってることだけど、ミノーのリップが受ける抵抗、その微妙な水噛みを常に、正確に感じ取ってることが大前提だよね。目をつぶっても、流れの複雑なヨレや、その瞬間瞬間のルアーの状態をカーディナルがつぶさに伝えてくれる。ミノーを前進させるためのリーリングじゃなく、倒した背中を起こすだけのリーリングを1cmのロスもなくこなす。そうした繊細なリーリングに、流れの抵抗に合わせながらトゥイッチをリズミカルに織り交ぜる。まあ、釣りはここから始まるんだ、っていうくらい、基礎中の基礎だね」
思えば2002年から、こうしてヤマメ釣りの核心を貫きつつ、『操作』の楽しさと、その難しさを克服する満足感を与えてくれるルアーが存在していたのだ。今やアップストリームやトゥイッチという言葉も聞き慣れて、広く浸透した感はある。しかし僕ら釣り人は、本当にファーストの持つ性能を100%理解しているだろうか。それをフィールドで余すところなく引き出せているだろうか。
野生のトラウトをルアーで釣る。なかでもシビアな要素が多く、ミクロの技術と感性が凝縮する渓流のヤマメ釣りは、決して簡単な釣りではない。言葉で説明できたり、誰かが教えてくれることなんて、ほんのわずかなものに過ぎない。
「技術や感性はおのおのがフィールドで磨いていくもの。その先に、何が素晴らしいものなのかという理想が、それぞれに見えてくる。自分の場合は、サイズだけじゃなく、写真のような野生の証を身にまとったヤマメ、個性が強く野性味溢れる個体に挑みたい。一生涯の趣味として取り組める奥深さと究極のこだわりの世界が、この釣りにはあるんだよ」
TACKLE DATA
ROD | Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT |
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REEL | Cardinal 3/ABU |
TUNE UP | Mountain Custom CX/ITO.CRAFT |
MAIN LINE | Cast Away PE 0.8/SUNLINE |
LURE | Emishi 50S 1st[YTS・ITS]/ITO.CRAFT |
LANDING NET | North Buck/ITO.CRAFT |
ANGLER
伊藤 秀輝 Hideki Ito
1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。