イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2011/10/27

ヒラ打ちの意味

2010年9月下旬、岩手県
アングラー=伊藤 秀輝
文と写真=佐藤 英喜

 伊藤秀輝のミノーイングを語る上で、欠くことのできない単語が「ヒラ打ち」だ。


 なぜ伊藤は、「ヒラ打ち」にこだわり続けるのだろう。どうしてイトウクラフトのリリースするミノープラグはみな、「ヒラ打ち」というアクションに重きを置いているのか。その理由を改めて伊藤に聞いた。


 そもそもヒラ打ちとは、ミノーの背中が横にぱたっと倒れる動きで、これを左右交互に連続して繰り出しアピールする。


「まず、魚の好奇心や攻撃性を引き出す上で、ヒラ打ちの動き自体がすごく効果的なアクションであることは経験上はっきりしていることで、ミノーが倒れる時のフラッシング、あの光に魚は反応する習性を持ってる。そして何より重要なのが、そのヒラ打ちの動きを、誘いから食わせまで釣り人が自在に操作できるということ。これがとてつもなく大きなメリットを生むんだよ。なぜイトウクラフトのミノーがヒラ打ちに特化しているかというと、その操作性の部分が本当に大きい」


 つまりヒラ打ちに優れたミノーは、魚の活性やスレ具合に合わせて、次から次へと思い通りに泳ぎをシフトチェンジできる強みを持っているのだ。この性能こそが現在の伊藤の釣果を支えているのである。ワンパターンの釣りでコンスタントに釣れるほど、今のフィールドは決して甘くない。


「本当の意味でヒラ打ちに特化したミノーというのは、誘いのギアの数が多いんだよ。その日の状況、その魚が興奮するツボを読みながら、ヒラ打ちのリズム、ミノーの背中を倒す角度によって様々なバリエーションを狙い通りに演出できる。ひと口にヒラ打ちと言っても、トゥイッチとリーリングの組み合わせ方次第で、完璧にミノーを倒すヒラ打ちから、3分の2ヒラ、2分の1ヒラ、3分の1ヒラ…、というふうに魚の表情に合わせてどんどんギアチェンジできるわけ。仮にヒラ打ちを止めたければ誘いを止めればいいし。最初からヒラを打てないミノーにいくらトゥイッチをかけてもヒラは打たないわけで、高性能なヒラ打ちミノーはその対応力の高さが大きな武器になる。単純にローギアしかない車とギアのたくさんある車とでは、どっちがいい走りができるかって言ったら、答えは言うまでもないよね」


 たとえば魚がミノーをチェイスしても、活性が低くなかなかミノーとの間隔が縮まらないケース。そんな時伊藤は、誘いのギアを次々と入れ替えることでその距離を詰めさせる。はた目にはなかなか気付けない変化でも、彼は意図的に、確実に誘いをシフトチェンジしている。それもヒラ打ちに特化したミノーだからこそできる芸当なのだ。


 加えてヒラ打ちは、アップストリームでどれだけスローに引いてこれるか、という面においても大きな意味を持っている。釣り人の操作次第の部分もあるけれど、ヒラ打ちミノーはワンアクションに要する移動距離をギリギリまで抑えながら、そこに止めておくようなイメージで誘いを繰り出すことができる。限られた距離のなかでより多くの誘いを演出することができるし、想定した魚の目の前で、効果的にアクションを決めることができる。


「それと、追ってきた魚にいざ口を使わせる時、大きくヒラを打たせてから瞬時に食わせのタイミングへ移行できるのも、ヒラ打ちミノーの有効性のひとつ。狙ったラインから意図しない方向へ大きくスライドしてしまうミノーでは、食わせのタイミングなんて取れない。すべて自分でコントロールできるからこそ面白いんだし、ヒラ打ちをなくして今どきのスレた魚を釣る展開はとても考えられないよね」

 さて、写真のヤマメについて話をしたい。これは昨年9月の話。


 毎年秋になると、いいヤマメが入ってくるブッツケの淵がある。瀬の速い流れが絞られて岩盤の壁に当たり、淵となって広がっている。最深部で1.5mほどの深さ。


 期待できるポイントだが、このポイントならではの難しさも伊藤は知っている。魚に釣り人の存在を気付かれやすいのだ。光の回り方や周囲の景色、それらといつも釣り人が立つ場所との位置関係がそうさせているのか、とにかくこの淵のヤマメは、釣り人の姿をいとも簡単に発見してしまう。まずそんなことを考えるのが全く伊藤らしいと言えばそうなのだけれど、そうした細心の注意力がいい魚に辿り着くまでの実は重要な鍵となっていることも少なくない。


 近くの駐車スペースから直接このブッツケの淵に下りることも可能だが、伊藤はあえて薮を漕ぎ、ひとつ下流のポイントから釣りを始めた。ここから静かに釣り上がっていく。


 ブッツケの淵よりやや水深は浅いものの、ここもいいポイントだ。上流を目指しているヤマメが、今、本命ポイントの少し下流にいてもおかしくはない。もちろんその可能性も伊藤は考えていた。


 シーズン終盤で釣り人のプレッシャーが目いっぱい蓄積していることからも、魚の活性は高くないと読んだ。こんな時の伊藤は最初から、ミノーの背中を大きく倒すアピール力の強いヒラ打ちで挑むことが多い。スレた大きなヤマメほど賢くて臆病なものだが、その一方で彼らは強い攻撃性も備えている。1投目から強い誘いで、早めにそのヤル気に火をつける。


「ケースバイケースではあるけどね。もしそれで食ってこない魚なら、こういう状況では初めからチビリチビリ誘っても結局は反応しないんだよ」


 5投目のこと。アップストリームで放ったバルサ蝦夷がギラギラと流下してくるその真下で、大きな影がぐわっと揺らめいた。


「いたっ。こっちに入ってたか…」


 その反応を見て伊藤は、誘いのギアをさらに一段上げた。最初から強い誘いをしても、そこからさらにシフトアップできる余裕を彼はいつも残している。より角度のあるもうマックスに近いだろう強烈なヒラ打ちを、沈黙を取り戻した流れの中に次々と打ち込んでいく。緊張感にしびれる時間が続いた。


 そしておよそ15投目。それまでの沈黙が嘘のような激しさで川底から魚が浮上し、ドンっ!とミノーを突き上げるように食った。誘い続けながら神経を研ぎ澄ましていた伊藤が反射的に、素早くアワセを入れる。手首とヒジの動きでフックポイントを深く突き刺す。バットから曲がったゴーイチのカスタムが魚の大きさを物語っている。

 流れの中層あたりで怒り狂ったように猛然と身をくねらせるヤマメを、伊藤は無駄のない冷静なやり取りでいなすと、あっという間にネットにすくい取った。


 浅瀬に横たわった凄まじい迫力の雄ヤマメがグッとにらみを利かせる。魚というより、獣さながらのいかつさ。鮮やかな婚姻色と、45cmという大きさでありながら恐ろしいほど鮮明に浮かびあがったパーマークが目に焼き付いた。

45cmという大きさにも驚きだが、何と言ってもこのいかつさ

 ミノーを100%コントロールしたい。そしていいヤマメを釣りたい。だからこそヒラ打ち。そう語る釣り人は自分の釣りを完璧に成し遂げた達成感に、会心の笑みを浮かべたのだった。

  1. ヒラ打ちにこだわる釣り人。だからこそ釣れた大ヤマメ

【付記】
今やトラウトのルアーフィッシングで、「ヒラ打ち」という言葉はごくありふれたものになったし、初期型蝦夷の発売以後、ショップでもヒラ打ちアクションをうたうミノープラグはたくさん見かけるようになりました。しかし正直なところ、その意味が理解されないまま言葉だけがちょっと乱用されている気がするのは僕だけでしょうか。今回、ヒラ打ちの意味について改めて話を聞き、その思いがさらに強まりました。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3 /ABU
LINE Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
LURE Balsa Emishi 50S[GYM]/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


伊藤 秀輝 Hideki Ito


1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。