イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2011/09/29

バラさないために

2010年9月下旬、岩手県
アングラー=伊藤 秀輝
文と写真=佐藤 英喜

「この話を始めるとさ、本当に長くなるんだよなあ」


 ヒットしたヤマメをバラさらないために、これまで考えてきたこと、そして今考えていることを伊藤に聞いてみた。


「まず、ベリーのフックを食ってバレるのと、テールフックを食ってバレるのとではぜんぜん理屈が違うんだよね。ベリーのフックをくわえるということはミノーのボディまでしっかりとヤマメのアタックが及んでいる、ということで、それだけ噛む力も強いんだ。魚の興奮もある一定レベル以上は高まっていて、釣り人的に見れば


『いい食い方』だよね。で、テールフックを食ってくる場合は、何かを疑いながら突っつくような食い方。その、疑いながらの食い方にもピンからキリまであってさ、口をほとんど開けずに本当に鼻先で押すようなアタックとか、ハヤのようにフックだけを吸い込むような食い方とか、とにかくミノーのボディには触れようとしないんだけど、でも、なぜか、フックには触れようとする一面がある。警戒心はあっても少なからず好奇心もあってチェイスしたわけだから、魚食性の強い魚なら特に、ミノーのどこかには触りたいんだよ。そういうヤマメにとってミノーのフックは、小魚の尻尾やヒレ、そういうものに見えてるんじゃないのかな。例えば子供たちが初めてヘビなんかに触る時にね、いきなり頭からは掴まないでしょ。それと似たような感じでさ、恐る恐る触ってくる感じ」


 20年前はミノーを丸かじりする勢いで襲い掛かってきたヤマメも、今はルアーや釣り人の存在そのものにとても神経質になっている。大型の個体であるほどその傾向は強く、いい魚がベリーのフックまで深くバイトすることは今はもうほとんどないと伊藤は言う。誘いを駆使し、ギリギリまで魚の興奮を高めてやってもテールフックに軽くタッチするだけ。そんな状況が当たり前になっている。


「昔は昔で、バラシを減らすためにいろいろ考えてたんだよね。フックについて言うと、まだスレていない魚が多くてミノーのボディまでくわえてきた頃は、バラシ対策としてワイドゲイプのものを選んでた。ノーマルよりも1ランク大きなフック。というのも、魚がミノーのボディをくわえた瞬間にアワセを入れれば、口からボディが抜けた後にフックが刺さるよね。それを考えると、ミノーを背中から見た時に、ボディからフックがより出っ張ってた方が単純にフッキング率は高まる。スプーンがバレにくいのもそういう理屈だし、当時は厚みのある形状のミノーが多かったけど、薄いボディの蝦夷を作ったのは、背中から見た時のフックの出っ張りを大きくすることでフッキングを良くする意図もあったんだ」


 では、ヤマメがテールフックを突っつくようなバイトしかしない今、伊藤はフッキングについてどう考えているのだろう?


「当然、昔よりさらにフッキングしやすい状況を作っておく必要があるよね。フックの番手を上げればシャンクが太くなって刺さりが悪くなるし、かといって細軸だと、大物に対しての強度に不安がある。大きな魚ほど口をひらく力が強いから。フックが外れたり伸びたりするのは、大抵は魚が口をひらくことによって起こってるんだよ。そこで刺さりと強度、ちょうどいいバランスでデザインしたのが蝦夷と山夷に付けてる中細軸のフックなんだけど、もちろんフックが伸ばされるのは、フッキングの際にゲイプまできちんと突き刺していないことも大きな要因になってる。アワセのパワーがロスなく伝わりやすいファーストアクションのロッドは絶対的に必要だし、アワセの素早さ、強さも重要。何かひとつが足りなくて、いい魚を簡単にバラしてしまうのが今の状況だよ。ぼーっとしてたらアワせる暇もなくバレてしまうのが今の魚だし、フッキングやアワセを無視した釣りはもう成立しないよね」

雄の迫力はやっぱり格別。筋肉質で逞しい体躯をしていた

 9月のある日、伊藤は36cmの見事な雄のヤマメを手中に収めた。これもきっと、何かひとつ欠けていたら獲れなかった、本当にシビアな魚だった。


 ポイントは淵。毎年の傾向で言えば、その上流と下流にあるポイントの方がいい魚が着くらしいが、夏頃にその淵を攻めてみると、いいサイズのヤマメがミノーを追った。しかし反応はその一度っきりでそれから何度か足を運んでみたものの、そのヤマメは姿を消したように見えなくなってしまった。


 そして秋を向かえ、再びチャンスが巡ってきた。他のポイントを攻め終えた後、ふと思い出してその淵に行ってみると、5投目にチェイスが見えた。あのヤマメだ。あいにく逆光でチェイスが見えた時には魚はもう足下から7、8mの所まで来ていた。このまま追わせて口を使わせるか、それとも早めにUターンさせて攻め直すか。その判断が難しかった。どちらの選択にもリスクがあった。


 伊藤は、そのチェイスの様子を見て、二度目のチェイスはないと判断した。このまま食わせる。短距離で誘って誘って、限界までヤマメの興奮を盛り上げて、最後の最後に食わせのタイミングを入れた。恐る恐る追ってきたヤマメが、ミノーのテールフックにちょんっと触れるのが見えた。その瞬間に神経を集中させていた伊藤はそれとほぼ同時にアワセを決めた。


「アタリが出ていない状況で、魚がフックに触れて反転する時の『キラッ』の『キ』でアワせないと、こういう今どきの魚はなかなか乗らないよ。それとよくあるのが、いくら素早く強くアワセを入れても、その直後にラインテンションが緩んでしまって、それが原因でバレてしまうケース」


 アワセを入れた瞬間のバババッ!という魚の首振りで、どうしてもラインのテンションが緩みやすくなるのだ。そのテンションの一瞬の緩みが、フックアウトしやすい状況を作ってしまうのだ。


「この時は手首の鋭いアワセで乗せて、そのままのテンションを維持しながらヒジの動きとリーリングで、バットのトルクを使って一気にハリ先を貫通させたね」


 釣り上げた魚を見てみると、テールフックの一本がヤマメの上アゴに深く突き刺さっていた。もし、刺さりの悪い太軸のフックだったら、または強度的に物足りない細軸だったら、ハリ先が甘くなっていたら、アワセのタイミングが少しでも遅れていたら、ハリ先を貫通させる前に糸フケを作っていたら、果たしてこのヤマメはどうなっていたのか。バレていた確率は決して低くなかったと思う。フッキングのわずかな瞬間にも、釣り人の経験と技術、道具の性能、それらの確かさを垣間見ることができる。

ロッドはEXC510UL、10周年記念モデルのプロトを使用

「バラシについては俺もどれだけ悩んできたか(笑)。釣り人によるプレッシャーが強まって、ルアーに反応させるのも、そしてヒットした魚を獲ることも年々大変になってきてる。フックやロッドといった道具の問題だけじゃなく、魚の着き場、流れはどうなっているか、それに対しての立ち位置、そういうポイントでの基本的な判断の誤りが、結果的にバラシに繋がってることが多いんだ。やっぱり全部、魚との駆け引きなんだよ。釣り人次第で結果は大きく変わってくるよ」


【付記】
今回は釣り人なら誰しもが泣かされ、頭を悩ませている「バラシ」について話を聞いたわけですが、しかしいつものごとくあまりに複雑に話の枝葉が広がったため、ずいぶんと内容を割愛してまとめました。フックひとつを取っても次々と話が展開していって、特に、昔からちょくちょく試しているシングルフックのメリット、デメリットの話はすごく面白かったのですが、それはまた別の機会に紹介したいと思います。魚がバレやすい立ち位置などもいつか詳しく取り上げてみたいし、とにかくこういう引き出しの多さが彼の釣りを形作っているんだな、と改めて実感。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510UL Limited Edition proto model/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3 /ABU
LINE Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
LURE Emishi 50S[HYM]/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


伊藤 秀輝 Hideki Ito


1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。