イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2006/02/22

トラヤマメのいる渓

2005年9月x日、秋田県

 その渓は秋田県の奥の奥、車をブンッと飛ばして、さらに砂利を蹴散らしながら林道をしばらく走り、車止めから歩き、堰堤を越えたところにある。


 まだ9月だというのに気温は信じられないほど低く、途中の電光掲示板には摂氏4度という表示があった。


「ウソだろう、間違いじゃないの?」と思いながら車を降りると、空気はやはり冷たく、僕はフリースを持ってこなかったことを深く後悔した。


 朝はまだ山の向こうにあって、渓の底まで太陽の光は届いてこない。


 6時。釣り開始。冷たい水を蹴飛ばしながら、時折良さげな深みにルアーを放り投げつつ上流へ急ぐ。


 しばらく歩き、堰堤に行き当たる。


 堰堤下のプールを10投ほど探り、やはり何の魚信もないことにちょっとがっかりしながら、その堰堤を高巻く。さあ、ここからが本番だ。


 堰堤を越すと完璧な渓流になる。山に降った雨が集まって小さな流れになり、小さな流れが合わさって川になり、山を削りながら流れている。山を削りながら下へ下へと流れる作業を何百年、何千年と続け、その結果この渓ができた。それが実感できる。


 川底には大小さまざまな大きさの石が転がっている。両岸は切り立っていて、コケの張り付いた岩肌だったり、ところどころ草の生えた土の斜面だったりする。


 渓の底を流れる渓流は、限られた幅の間で右に左に蛇行し、時には小さな落ち込みを作り、岩盤の瀬を透明な水が滑り落ちている。


 その水の中にヤマメは生きている。


 この渓にヤマメが生息しているということは必然であるのかとふと考える。


「水温が比較的低い東北地方の山の中を流れる渓流」という見方をすると、ヤマメはいて当然の生物だが、雨が集まってできた川が長い時間をかけて山を削ったその結果としての渓と考えるとどうも分からなくなってくる。この土地が温帯の北の方に位置していることとか、日本が雨の多い場所であることとか、そもそも地球に生命体が生まれたことなど、それらすべての必然性を考えてしまうと、ますます混乱してくる。もしかすると、偶然が重なった末の奇跡なのだろうか。


 そういうことを考えることも大切かもしれないし、それすら釣りの一部なのかもしれないけれど、考えれば考えるほど分からなくなってくるし、答えを出せるほど頭もよくないので、そのへんは曖昧にしたまま釣りに集中する。


 ルアーを深みに放り投げる。放り投げると書くと簡単に聞こえるが、それはそれで結構難しい作業だ。


 開けた本流ならばオーバーキャストで普通に投げられるけれど、ここのような渓流ではそうはいかない。本流のつもりで投げたら、すぐにどこかの枝にルアーが絡まってしまう。


 ヤマメがいそうなポイントの上には、必ずといっていいほど木の枝が張り出している。オーバーハンドでフライ気味のキャストをすると、必ずその枝にルアーは飛び込む。だからキャストは、サイドハンドで、弾道は低く、ライナーで遠くまで飛ばすために強く。簡単ではない。


 オーバハングにルアーを引っ掛けたり、オーバーハングはクリアしたけれどあと2m先へ入れられなかったり、たまに思い通りのキャストができたりしながら、目の前に現れるポイントを次から次へ探っていく。1発でベストのポイントに着水させなければ、ヤマメは出てこない。それができたとしてもルアーに食いつくとは限らない。


 尺ヤマメをアワセ切れで逃したぐらいで、なかなかいい魚が釣れなかったが、久々にライナーのロングキャストが決まったとき、バイトをとることができた。

トラっぽいヤマメ。尺を超えればもっと迫力が出る

 トラヤマメ。


 伊藤さんならそう表現する、その一歩手前の個体が出た。


 パーマークが縦に伸び始めていて、まるでトラの縞模様のように見える。


 以前「トラウティスト」という雑誌を作っていたとき、「本ヤマメへの旅」というコーナーで追った魚のひとつが、このトラヤマメだった。自分が任せられていたのは1号から6号までで、その間にトラヤマメは取材中に釣れなかった。もちろんトラヤマメの特徴を持ったヤマメは極少ないので釣れなくて当然なのだが、その珍しいトラヤマメに近いヤマメが、この日僕のルアーにヒットしたのだ。


 このヤマメがネイティブだとか天然だとか、本ヤマメだとかいうつもりはない。でも、こういうヤマメが釣れることは、ただ単純にうれしい。まあ、普通のヤマメでもうれしいけれど。

ミノーは目立つ色がいい。水の中がよく見えない僕にもっとも見やすい色だから

 先行者はいないようで、ポツリポツリとヤマメが釣れた。たまにイワナも混じった。いつもよりやや多めの水が遡行を困難にしていたけれど、そんなことは気にならなかった。むしろヤマメの活性を上げてくれているようだ。僕は緑の山を見て、緑の空気を吸って、ヤマメを釣った。


 見上げると渓は狭く、木々の合間から細く青空が見えた。 FIN

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC560PUL/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
LINE Super Trout Advance VEP 5Lb /VARIVAS
LURE Emishi 50S/ITO.CRAFT

ANGLER


丹 律章 Nobuaki Tan


ライター

1966年岩手県生まれ、神奈川県在住。フリーランスライター。「ルアーフリーク」「トラウティスト」の編集を経て、1999年フリーに。トラウトやソルトのルアー、フライ雑誌の記事を多く手掛ける。伊藤秀輝とは「ルアーフリーク」の編集時代に知り合い、25年以上の付き合いになる。