イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2014/07/04

スレッカラシの本流差し

2013年8月、長野県
アングラー・写真=小沢勇人
文=佐藤英喜

 夏の早朝、とある支流にて。


 ポイントへ向かう車中、小沢が思い描いていた魚は本流で大型化し支流へと遡上してきた、いわゆる本流差し。居着きの魚が見せる豊かな色彩や鮮明なパーマークに強いこだわりを持ちつつ、それとはまた別の魅力を本流育ちの個体に感じている。


「ヒットした瞬間の、あの衝撃だよね。水中でギランッ!と反転したときの迫力、そしてファイトの強さ。サイズや魚体の太さはもちろん、魚の持つパワーも本流育ちならでは。しかも、ショートロッドでやり取りするわけだからね。それはもう理屈抜きに興奮するよ」


 ではこの朝マズメ、小沢が狙ったポイントを見てみよう。


 浅く広がっていた流れが一気に集束して、テトラの入った対岸にぶつかっている。ポイント的にはその押しの強い絞りそのものよりも、白泡が切れて、ゆったりと流れが開いていく20mほどの区間が魚の着き場として最高のフトコロに見える。


 しかし期待とは裏腹に、丹念にキャストを繰り返すもチビヤマメの一匹すら反応しなかった。これはどうしたことか。


 時期的に考えられるのは、やはり人為的プレッシャーによるスレのせいだろうか。アユ釣り師も含め釣り人の多い支流であり、また、本流差しの個体が最もそのアグレッシブさを発揮する遡上期のピークはとっくに過ぎている。初めから分かっていたことではあるけれど、遡上したての頃は本流でベイトを追い回していた勢いそのままにルアーへ襲い掛かっていた魚達も、ひと月、ふた月と支流の強烈なプレッシャーにさらされて、すっかりヤル気を失っているのかもしれない。


「朝イチの時間帯なら、オープンな開きでもまだ勝負になると思ったんだけどね」


 小沢がもう一度、冷静に流れを観察する。


 どんなにプレッシャーが高くても、いい魚は必ず残っている。そう考えなければ何も始まらない。今や、どこの釣り場も同じなのだ。こんな状況は珍しくとも何ともない。この状況を踏まえた上で、どんな手が打てるのか。いい魚を手にするためには魚を読む力とそれを釣り上げるための一歩二歩先を行く発想と工夫が常に求められている。


 果たして魚達は完全にスレ切って口を使わないのか。それとも、着き場を変えたか。


 上流の絞りに視線を向ける。広い川幅が急にそこで絞られるため、やはり押しが強い。いつもなら手を出さないスポットだが、プレッシャーを感じた魚がそこに逃げ込んでいる可能性はある。現に最高のフトコロに思われた開きはもぬけの殻なのだ。


 その絞りを狙うにはロングキャストで、アップストリームで攻めるしかないシチュエーションだった。小沢がここで選んだルアーはボウイ50S。絞りの頭に沈んだ崩れテトラの、ほんの小さな弛みに着水させた。ボウイは、ラインの角度やテンションの操作によってフォールで誘うこともできれば、素早く落とし込むこともできる。なお且つ、流れの中で即座に立ち上がってヒラを打ち、アップストリームでも圧倒的に長く、細かくルアーを躍らせることができる。ようするに、水中での自由度が極めて高いミノーなのだ。


「こんな所に入ってる時点でめちゃくちゃスレてる魚だからね、やっぱりそう簡単には口を使ってくれない」


 そこにいる魚をじらすように同じ誘いを繰り返す。と、ざわついた水面下で魚の影は見えなかったが、PEラインを伝って『クッ』と何かがフックにアタった感触があった。ショートバイトに神経を研ぎ澄ましていた小沢が反射的にアワセを入れると、明らかに大物の反転する重みがドンっとロッドに乗った。


「この魚はなかなか浮いてこなかった。フッキングを決めた所で、グオン!グオン!って大きく頭を振ってさ。何とか浮かせて見たら、テールフックが一本、上アゴに刺さってるだけ。口を自由に動かせるからか、ぜんぜん弱らない。もちろん遡上したての頃はもっとガンガンに引いたんだろうけど、この魚もほんと強かったよ」


 テールフック一本でのやり取り、しかもクッションのないPEだ。わずかなミスも許されない緊迫感にシビれつつ、魚の動きを読みながら慎重に事を進めた。


 ふーっと息をつく小沢のネットには、40cmの見事な本流差しが収まっている。でっぷりとした太さではなくシャープな体躯が印象的であるのは、きっとエサを取ってカロリーを得ることよりも、身を隠すことを優先していたのだろう。だからこそ生き残った。

  1. ギンケが強く、パーマークも個体差はあるが総じて薄い。この魚もご覧の通り

「狙っていた魚、ということ以上に、釣るまでの過程に自分としてはすごく満足できた」


 いい魚を釣るのに鉄板の法則なんてない、と小沢は言う。その一匹の魚を釣るために、目の前の状況を読み、あれこれ考えを巡らせて、川と魚に答えを聞く。この積み重ねが釣りを磨き、釣り師と魚との距離を近付けていくのだ。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
TUNE-UP Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT
MAIN LINE Super Trout Advance Double Cross 0.8/VARIVAS
LEADER Trout Shock Leader 5Lb/VARIVAS
LURE Bowie 50S[PYG]/ITO.CRAFT

ANGLER


小沢 勇人
Hayato Ozawa

イトウクラフト フィールドスタッフ

1965年長野県生まれ、長野県在住。茅野市在住のトラウトアングラー。野性の迫力を感じさせる渓流魚を追って、広大な本流域から小渓流まで、シーズンを通して釣り歩き、毎シーズン素晴らしい魚達との出会いを果たしている。地付きの魚であり、少年時代からの遊び相手であるアマゴに対してのこだわりも強い。