イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2011/11/22

イワナの行方

2011年8月中旬、岩手県
アングラー=伊藤 秀輝
文と写真=佐藤 英喜

 イワナには、地域により、川により、様々な個性がある。そして同じ川の同じエリアでも、時として全く異なるタイプのイワナに出会うことがある。


 夏の雫石川水系。その日、伊藤秀輝が朝駆けの一区間で釣った2匹のイワナも

そうだった。


 1匹目のイワナが出たのは支流の小さな堰堤。落ち込みではなく、少し下がった開きの、ブッシュのせり出したエグレにそのイワナは着いていた。堰堤に降りた時からそのエグレに魚の気配を感じていた伊藤が探りの1投目を放つと、やはりエグレの奥から、いいサイズの魚がチェイスを始めた。次のキャストで確実に釣るためにあえて深追いはさせない。尺をラクに超えるイワナが1mほど追ったところでスーっと元の着き場に引き返していった。見ている限り、おそらく伊藤の中では勝負アリの魚だ。


 そして狙い澄ました2投目。エグレのさらに奥へミノーを送り込みトゥイッチで誘うと、水中でサーベルを振りかざしたような銀色の光が、ギランっとフラッシングするのが見えた。ロッドがゴクンっと曲がりラインの先でゴボゴボとイワナが水面を波立たせた。出るべくして出た魚だ。

  1. 鼻先の尖がった雄。眼光が鋭い

  2. ルアーは蝦夷50Sファースト・タイプⅡ

 ランディングしメジャーをあてると36cmのイワナだった。紫がかった銀のボディに白点を浮かべた、ややスレンダーな雄。すっと鼻先が尖ったいかつい顔付きをしている。


 ネットに収まった魚体を眺めながら、伊藤が雫石のイワナについて話を始めた。


「本流から差してきたアメマス系の個体だね。雫石川に御所湖が作られる以前は、海と行き来してた個体も多い系統だけど、その頃はこういう降海型の個体群と居着きの個体群が、今よりもハッキリ区分けされてたと思うんだよ。サクラマスもそうだけど、基本的にはマスはマス同士でペアリングして産卵するでしょ。でも今の雫石のイワナを見てると、御所湖があることで狭い範囲内にアメマス系と居着きが棲息してるから、違うタイプ同士が交わりやすくて、それで以前の区分けが次第にボヤけてきてるというか、どんどんイワナの系統が複雑になってきてる」


 現場で長く魚を見て、その個体差を注意深く観察し続けてきた目が、イワナの変化を見抜いている。それは単に「アメマス系と居着き」の話に留まらず、実はここ数年、雫石のイワナに関して伊藤が強く気に掛けている問題が他にある。それはブルックトラウトとの交雑だ。


「あれ?と思い始めたのは7年位前で、どう見てもブルックの特徴を浮かばせたイワナが釣れるようになった。もちろん全てのイワナがそうというわけではないし、その特徴の出方も個体によってまちまち。ちょっとブルックの血が入ってるかなあっていう程度の魚もいれば、なかにはハッキリとブルック的な個性を持つ個体も確認してる」


 この問題についてはまた改めて取り上げるつもりだが、本当にブルックの血が混じっているのか、だとしたら、そうした交雑種はどの支流のどのエリアまで広がっているのか。DNA調査を絡めて、今はまずその実態、分布状況を整理しようとしている段階である。また漁協に対しても、在来種が棲息している可能性のある上流部の水域には養殖魚を放流しないように働きかけている。


 魚は大きければ良いというものではない。たくさん釣れれば良いというものでもない。自分たちにとって「いい魚」とはどんな魚なのか、そしてそれを川に定着させるためには何をしなければならないのかを、僕らは真剣に考える時期に差しかかっているのではないだろうか。


「先は長いけど、在来種の保護や魚の質を考えると危機感は募るばかりで、今できることに全力を傾けるしかないと思ってる。もちろん放流事業がなければ今の釣り場は成り立たないわけだから、より好ましい放流の仕方をみんなで模索していく必要があると思う。天然種の血統が保たれた、より自然に近い釣り場や魚を、次の世代に残していくことが自分たちの使命だから」


 撮影したイワナを流れに送り戻すと、元気に深みへと帰っていった。


 そこからさらに釣り上がると古いコンクリの橋が現れ、その橋脚周りで2匹目のイワナが出た。バルサ蝦夷をくわえたイワナは、さっきのアメマス系のイワナとは全く異なる姿をしていた。

 ボディに銀色の輝きはなく、ベースとなる色は紫がかった渋い茶色。サイズはちょうど40cmだが、それ以上に長い年月を生きてきた雰囲気が魚体に漂っている。

  1. 2本目は渋い体色の山イワナだった

「源流域の小さな流れで、ゆっくり成長した山イワナの系統だね。川が増水した時に上流から落ちてきたんだろうけど、だいぶ歳を取ってるし、体力的にもここからまた上流に戻ることはないんじゃないかな。斑点はエゾイワナらしく全部白いけど、まだ若い頃はオレンジ色の斑点を浮かべてたかもしれないよ。昔から雫石にはいわゆるニッコウ系の特徴を持ったイワナもいて、ニッコウ系だけの水域もあれば混じってる川もあるし、個体によっては歳を取るにしたがってオレンジ班が薄れていくのもいる。腹の黄色いイワナにしても、その黄色が徐々に薄くなって、最後は完全に白腹になる山イワナもいる。そもそも個人的には、エゾイワナ、ニッコウイワナ、っていう区別の仕方が無理矢理な感じがするね。たくさん魚を見てると、そう単純に分けられるものではないよ」


 伊藤は、釣り人だからこそ分かることがあると言う。ただ楽しむだけではなく、魚の生態などにも興味を持ち、蓄えた知識を活かしていずれは釣り人側が魚を守らなければいけない。そう考えている。


 いつも掛け替えのない喜びと癒しを与えてくれる魚や川を守るために、今、僕ら釣り人にできることがきっとあるはずである。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510ULX /ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3 /ABU
LINE Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
LURE Emishi 50S 1st Type-Ⅱ & Balsa Emishi 50S /ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


伊藤 秀輝 Hideki Ito


1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。