FROM FIELD
丹 律章
FIELDISM
Published on 2015/12/18
イトウガイドサービス
2015夏 中編
かき氷と謎の妖怪の巻
2015年8月
文=丹律章
■注文の多くないかき氷屋
僕らはその日2つ目の場所へ移動してきていた。最初のエリアは不発で、さらに上流の支流へ入ったのだが、1時間ほど遡行しても魚の反応は良くない。
時刻は9時を回っていて、気温がぐんぐんと上昇し始めていた。
暑いですねえ。ペットボトルの水は持ってきてますけど、もっと冷たいものが飲みたいですねえ。とはいっても、コンビニなんかないだろうし、自販すらなさそうだし。どうにかなりませんか?
「……どうにか、なるかもしれません」
伊藤さんが軽く応えた。
なるんだ……どんなふうに、なるんだろう。
「今日の気候と川の感じから察するに、あと10分くらいで冷たいものに出会うことができるかもしれません」
伊藤さんはそういうが、ここは山の中だ。冷たい飲み物の出前とかいつの間にか頼んだのだろうか。
2つほどカーブを曲がると、僕はその先の景色に目を疑った。
――あのですね……聞いてくれます皆さん。夏の田舎の国道沿いに、パラソルの下でアイスクリームを売っているお姉さんがいるじゃないですか……あんな感じで川原に小さな店があったんですよ。まさかでしょ。シュールを通り越して、異様な光景でしょ。僕はその光景を理解するのに、10秒ほどフリーズしましたね。
川原にテーブルが置かれ、やたらと顔のデカいデラックスなお姉さんが、「氷」の旗を出して出店を構えていた。
メニューには、岩手山のミネラル氷を使用した1杯3,500円のかき氷と、雫石産マンゴー入りの1つ5,800円のプリンの2種類があった。
不自然と言えばあまりに不自然。売り子の顔も不自然。とはいえ、こちとら暑くて喉が渇いている。不自然さと暑さを天秤に掛けたら、簡単に暑さに軍配が上がった。
「ここはですね、夏の季節だけ、かき氷の出店が出るんです。この辺の川で釣りをする人なら誰でも知っている有名店ですね。値段もいいけど、この誘惑には勝てない」
まずは、デラックスなかき氷を3つオーダーする。
「イチゴもあずきもいいのですが、是非にこのミルクを追加トッピングして下さい。デンマークから直で取り寄せている、特別なコンデンスミルクらしいですよ」
イチゴは香り高く、ミルクは濃厚で、氷はこめかみを直撃する冷たさだ。汗が引いていく。川原は急に資生堂パーラーのカフェになった。
次に、雫石マンゴーのプリンも食べてみる。
「マンゴーと言えば南の島のイメージですが、夏の雫石には、マンゴーの栽培に適した土地もあって、そこの完熟マンゴーは、東京の果物やさんでは、1個2万円の値がつくそうです。現地価格はそこまで高くはありませんが、それでも直売所で1万円を下回ることはないですね」
マンゴーは濃密な太陽の味がした。それがプリンと見事に融和して、ひとつの柔らかな味を形成している。川原は一瞬で、銀座千疋屋のフルーツパーラーになった。
僕らは料金を払い、上流を目指す。10mほど上の淵でルアーを投げると、魚の追いがあった。次のキャストで同じサイズの魚が食いついた……がすぐにバレてしまう。
「あの店は不思議な店でね……あの店が出るのは、晴れて暑くて、なおかつ魚の活性が上がるタイミングなんです。あの店に出会えれば、この後の釣果に関しては安心していいんですよ」
ホントですか。そりゃラッキーだ。確かに魚の活性が上がった気がする。
僕は、何の気なしに、そのラッキーな店を振り返った……と、そこには何もなかった。テーブルもかき氷も、デラックスな売り子も、何もない。全てが掻き消えていた。
「そういうことです。今日はラッキーです」
何が「そういうこと」か分からない。あれは幻か? でも、口の中には、まだマンゴーの香りが残っている。
「あまり考えないことです。川に行った。美味しいかき氷とマンゴープリンを食べた。釣りを続ける。それだけのことです」
伊藤さんの言っている言葉が、日本語に聞こえない。いや、日本語には違いなくて単語それぞれは理解できるのだけれど、文章がすんなり頭に入ってこない。
「幻でもいい、現実でもいい。それはどっちでもいいことです。時にそれは、ひとつの物事の裏と表だったりもしますよ」
ますます分からない。分からないまま、僕は次のポイントにルアーを放り込む……と、垂れ下がったボサにルアーが引っ掛かってしまった。
理解不能な展開に、集中力が切れていた証拠だ。
ルアーを外しに水に入ろうとすると、伊藤さんが「ちょっとお待ちください」と言う。
「魚いますね。大きくはない。24くらいかな。コンディション見たいので、釣ってみていいですか?」
ああ、どうぞ。根掛かり中の僕には手も足も出ませんから。
伊藤さんがライナーでルアーを飛ばす。1投で掛けた。24cmジャストのヤマメだった。
「うん。大きくはないけど、コンディションはいいです。この先も期待できます」
ルアーをボサから回収し、ラインを結びかえてすぐ上のポイントへルアーをキャストした。すると、すぐに反応があった。水面が割れ、魚がギューンと走り、吉川課長がネットインする。
真夏にしてはまあまあのサイズ。メジャーをあてると26cmあった。
「かき氷屋に出会えたのだから、このくらいのサイズは当然です。今日は、尺の上はもちろんもっとでかい魚の可能性もありますよ」
(後編に続く)
TACKLE DATA
ROD | Expert Custom EXC510PUL/ITO.CRAFT |
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REEL | Cardinal 3/ABU |
TUNE UP | Mountain Custom CX/ITO.CRAFT |
LINE | Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS |
LURE | Bowie50S, Emishi50S 1st Type-Ⅱ/ITO.CRAFT |
LANDING NET | North Buck/ITO.CRAFT |
HEART | 科学的に説明できない事柄でも、受け止める精神的な広さが大切 |
LIVER | 大量に摂取するアルコールを素早く分解する瞬発力と、それを継続する持久力が必要 |
DRUG | ウコン系やキャベ2、パンシロン胃腸薬など |
ANGLER
丹 律章 Nobuaki Tan
ライター
1966年岩手県生まれ、神奈川県在住。フリーランスライター。「ルアーフリーク」「トラウティスト」の編集を経て、1999年フリーに。トラウトやソルトのルアー、フライ雑誌の記事を多く手掛ける。伊藤秀輝とは「ルアーフリーク」の編集時代に知り合い、25年以上の付き合いになる。