FROM FIELD
丹 律章
FIELDISM
Published on 2014/06/13
イトウガイドサービス
2014春 中編
奇跡の山岳寿司屋の巻
2014年5月
文=丹律章
※あらかじめお断りしておきます。この物語はフィクションです。イトウガイドサービスという組織は存在しません。
■新緑と秋田美人
釣りの支度を整え、イトウガイドサービスの車に乗り込む。雫石川の水系は、昨年夏の大雨に伴う災害の後、全く釣れなくなったらしい。渓流魚は激流にもまれて多くが消えてしまっただろうし、倒木やら何やらで渓流自体も姿を変え、何より渓流の上流へ向かう道路が未だ復旧していない。
だから、目指すは秋田の渓流だ。
車の窓の外には、冬と春が混在していた。山の芽吹きはまだまだで冬枯れのままだ。しかし、道路脇には桜が咲き誇っている。
伊藤「今の雫石は、水仙とこぶしと桜の花が同時に咲いているんですが、例年ならこんなことはないんです。桜は普通、水仙やこぶしの後に咲くものですから。何日か暖かい日があって、桜だけ季節を勘違いして早く咲いてしまったんです。これは、何か異常気象のサインのような気がします。去年の夏みたいなことにならなければいいんですが」
僕は4月の初めに神奈川で桜を見た。ゴールデンウィークに岩手や秋田、青森などを訪れれば、2度目の桜を見ることができる。2度目の花見は少し嬉しいが、異常気象は願い下げだ。日本は春と秋が短くなり、どんどん熱帯の気候に近くなってきているという説もあるようだし……地球はどうなってしまうのだろう。
仙岩トンネルを抜けて秋田側へ下りると、そこは春真っ盛りだった。明らかに雫石より季節が早い。山も芽吹き、新緑が今まさに盛ろうとしている。
芽吹くタイミングは植物の種類によって少しずつずれるから、ちょっと前に芽吹いたもの、さらに前に芽吹いたもの、今芽吹いたもの、今まさに芽吹かんとしているもの、色々だ。そのタイミングによって緑の濃さが異なり、山は色とりどりの緑に覆われている。
全部緑なのだから、厳密に言えば、色とりどりという表現は適さないのかもしれないが、それでもやはり色とりどりの緑というのが、僕には最もしっくりくる。
伊藤「新緑っていうのは、やはりいいものですねえ」
同意。
車は緑のトンネルをくぐって川沿いの土手に出た。対向車線を自転車に乗った若い女性が通り過ぎる。
吉川「秋田のおなごっていうのも、やはりいいものですねえ」
もちろん同意。
■ヤマメ釣り、水は高い
水が多い。それが現場について川を見た時の、伊藤さんと吉川課長の一致した意見だ。
伊藤「雨が降ったわけじゃないですから、よほど山に水が蓄えられている証拠ですね」
それは悪いことじゃないが、歩きにくいしルアーの操作にも気を使うし、釣りにくいことに間違いはない。
伊藤「まだ水温が低いので、ルアーに反応しても追う距離が短いとか、バイトが浅いとか、そういった現象が考えられますので、集中力を高めて釣りして下さい」
集中力か……僕の最も欠けている部分だな。自信はないができるだけご期待に添えるようにしようではないか。
しかし、突然のショートバイトに備えた集中力も、肝心のバイトやチェイスが無ければ役に立たない。
普段瀬になっている部分は、豊富な水量を伴う流れにつぶされ、投げたルアーはあっという間に足元に戻ってくる。適度なトロだった部分は流れの速い深瀬になり、平水状態では流れが止まっているようなところだけが、唯一魚が定位できそうに見える。
緩い場所だけを狙って流れをチェックする。それ以外はパス! 反応が無ければ早めに見切りをつけ、少しでも条件の良い川を求めて移動。
足早のラン&ガン。4つめか5つ目の川。堰堤付近で反応を得られず、その下の落ち込みの下流で、少しいいサイズの魚影がミノーをチェイスした。すぐさまキャストし直し、先ほどよりゆっくりリトリーブする。
(ブルン)
いい感触があって、魚が乗った! 白い。ヤマメらしい。25cmくらいか?
足元に寄せたあとで、背中のネットに手を伸ばす。無い! そうだ。ベストじゃなくチェストパックで釣りをしていたので、ネットを持ち歩いていなかったのだった。
振り返ると、吉川課長が1m後方にいた。
吉川「すくいましょうか?」
当たり前でしょう! 早くすくってよ。
吉川「あー、掛かり悪いですねえ。大丈夫かなあ……テールフック1本で、今にもバレそうですねえ」
分かってるなら、早くすくえ!
吉川課長がネットインしたヤマメは、体の赤みが強く、尾ビレの上下も赤く染めた、天然系のヤマメだった。
ネットの中でおとなしくなったヤマメにしばし見とれる。こういう魚は、東北に来なければ出会えない。
■ヤマメもいいけどタラボもいい
別の川へ移動しようと、車へ戻る途中、吉川課長が何かを見つけた。
吉川「タラボ、ですねえ」
おっ、僕もタラボの天ぷら、好きですよ!
伊藤「東京ではタラの芽って言いますね。採っていきましょうか」
吉川「でも、タラの木が高すぎて、手が届きませんよ」
伊藤「吉川課長でも無理か」
そういって伊藤さんがとりだしたのは、柄の長い鎌のようなものだった。俗称かもしれないが、山菜鎌と呼ぶらしい。伊藤さんは曲がった刃の部分をタラの木の先の方に掛け、横から引っ張る。たわんで地上から少し近くなったタラの木の枝を吉川課長が掴み、先端の目を折り採る。
吉川「夜の天ぷらですね」
それより、その長い柄の鎌、今までどこに隠し持っていたの?
しばらく進むと、シダのような植物の密生地帯に差し掛かった。
伊藤「コゴミだな。これも採らねばなるまい」
コゴミはそこらじゅうに生えていた。密生しているので、ひと掴みで10本ほどのコゴミが収穫できる。確か神奈川のスーパーでは、10本ほどで280円くらいだったはずだ。ひと掴み280円を3秒で収穫。ガイド料金1日100,000円というイトウガイドサービスの料金設定と、どちらがより暴挙、ぼったくりなのか、判断に苦しむところだ。
次に現れたのは、葉わさびだ。塩もみして湯通しすると、辛くて旨い酒のつまみになる。冷奴に乗っけてもいいし、ご飯にも合う。
シドケの群生地にも出くわした。標準和名はモミジガサ。独特の香りがあって、おひたしが抜群に旨い。僕の一番好きな山菜で、これだけはどれだけたくさんあっても飽きない。
アイヌネギもあった。精がつくことから行者にんにくとも呼ばれる。修行中の行者さんたちが、パワーを付けるために好んだのだろう。
山菜採りに来たわけではないのだが、見つけた山菜を成り行きで摘んでいたら、あっという間に大量収穫となった。東京のスーパーで買ったら、4,000~5,000円分と思われる量の山菜が、僅か10分ほどで採れた。山菜天国だな、ここは。
(後編に続く)
TACKLE DATA
ROD | Expert Custom EXC510PUL/ITO.CRAFT |
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REEL | Cardinal 3/ABU |
LINE | Super Trout Advance VEP早春渓流スペシャル5Lb/VARIVAS |
LURE | Emishi50SD、Emishi50S、Emishi50S Type-Ⅱ/ITO.CRAFT |
LANDING NET | North Buck/ITO.CRAFT |
STOMACH | 何より量を処理する能力が求められる |
DRUG | 定番のウコン系やキャベ2、パンシロン胃腸薬などを必要に応じて |
ANGLER
丹 律章 Nobuaki Tan
ライター
1966年岩手県生まれ、神奈川県在住。フリーランスライター。「ルアーフリーク」「トラウティスト」の編集を経て、1999年フリーに。トラウトやソルトのルアー、フライ雑誌の記事を多く手掛ける。伊藤秀輝とは「ルアーフリーク」の編集時代に知り合い、25年以上の付き合いになる。