FROM FIELD
丹 律章
FIELDISM
Published on 2013/11/15
イトウガイドサービス
2013夏 中編
カブトムシの夏休みの巻
2013年8月
文=丹律章
「だからこれは、ロッドのブランクではなく、虫取り網のバンブーブランクなんです」
はあ?
「だから虫取り網! エキスパートカスタムの虫取り網を発売予定なんです」
虫取り網を発売? 気は確かですか?……あ、そうだ……釣りじゃなくそういう手もあるか……あのですね……この辺って、カブトムシなんかたくさんいるんでしょう?
「そりゃいますよ」
じゃあさあ、カブトムシ捕りに行きません?
「カブト?」
釣りもできないし、カブトムシ捕りのガイドして下さいよ。
「丹様、何をおっしゃっているんです。我々は、釣りのガイド集団です。他のガイドサービスは致しません」
いや、今日釣りができなくなっちゃったので暇なんですよ。
「無理です。今回は不慮の天災ですから、キャンセル料金も頂きませんので……」
僕は作戦を変更する。
あ、そう。イトウガイドサービスでは、カブトムシガイドができないんですか。無理なんですか。なんだ、で・き・な・い・んだ!
「できない」の部分をわざとゆっくり発音してやった。
すると、伊藤さんのこめかみがピクリと動いた。
そりゃあそうですね。イトウガイドサービスにだって、できないことはありますよね。
伊藤さんの目が、すっと細くなった。伊藤さんは「できない」という表現が大嫌いなことを、僕は知っている。
伊藤さんは僕をにらみつけている。僕は知らぬふりをして、遠くの空を見ながら無言で耐える。ここが勝負だ。
10秒後。
「丹様、了解しました。カブトムシガイドやらせて頂きます」
よし! 初のイトウカブトムシガイドサービスだ。
「ところで、足元は大丈夫ですか?」
あ、そうか。釣りのつもりだったからウェーティングシューズはあるけど、他はクロックスだけです。
「クロックスはいけませんねえ。一番いいのは長靴です。レンタルもありますが、いかがいたしましょう」
あ、なら、貸してください。
「了解しました。1日、5,000円で、消費税込みで5,750円になります」
さすがぼったくりのイトウガイドサービスだ。1,980円くらいで買えそうな長靴を、1日5,000円で貸すとは。それに、今、消費税増税で、5%が8%になるとか騒がれているが、そんなのはまだかわしい方だ。イトウガイド帝国では、独自の法律が通用しているらしく、消費税は15%なのだった。
「さあ、行きましょうか。でっかいカブトいるかなあ」
カブトムシガイドを渋っていたくせに、伊藤さんも吉川課長も、行くとなったら、急に張り切り出した。
なんか、うきうきしてません?
「いえ、そんなことは……」
さっきの座った目つきはどこへやら、あきらかにカブトムシ捕りに上機嫌となった伊藤さんがハンドルを握り、吉川課長と僕も車に乗り込む。
山へ向かう車内には、モーニング娘。が流れていた。去年はAKBだったのに、心境の変化ですか?
「AKBはまだトップアイドルですが、天井を打った気がします。山を登り切ったらあとは下りるだけ。次はモー娘。が巻き返してくると、私は見ますね」
へえ。
「道重がずいぶんと大人になってリーダーらしくなりました。それが大きい。それに鞘師里保は人気絶調だし、工藤遥も伸びそうですね」
伊藤さんが自信たっぷりに言う。山にも釣りにも詳しいが、イトウガイドサービスはアイドル事情にも詳しいのである。
普段なら自分好みの有料の音楽に変えてもらうところだが、伊藤さんが推すモー娘。をちょっと聞いてみたくなって、そのまま聞き入ってみる。そうこうしているうちに、田んぼや畑の間の道を走り、林の脇に停まった。
正直、モー娘。が再び来るのかどうか僕にはわからなかった。鞘師も工藤も知らないし。
作業場で見つけたバンブーのブランクには、網がセットされ、長尺の虫取り網に変身した。吉川課長が、ハンディタイプの虫取り網をフィッシングベストの背中にセットする。
ちなみにこのシングルハンドの虫取り網には、「North Buck」のロゴが書き込まれていた。百均で売っている虫取り網と同じ色をしているが、イトウクラフトのエンブレムが光っている。
「フレームはカリンバールを使用していますが、これはプロトなので、青く塗ってカモフラージュしています」と吉川課長が言う。
カモフラージュ?
「ええ。他のランディングネットメーカーが真似して虫取り網を先行発売したらショックですから」
真似しないって。
バンブーロッドの発売予定はないが、虫取り網の方は、エキスパートカスタムブランドから6フィート2インチのバンブーモデルが、ノースバックブランドからもショートハンドルのタイプが発売予定なのである(なんかよく分からないメーカーだなあ)。
「カブトムシポイントはこの奥なのですが、先週クマが出たので、気を付けていきましょう」
えっ、聞いてませんけど。
「ええ、言ってませんでしたから」
気を付けるって、どう気を付けるんですか。
「まあ、周りをよく見て歩くこと。それと、匂いを気にすることですかね。クマが近くにいたら獣臭いですから。まあ、出会いがしらにクマと遭遇して、向こうが襲ってきたら、戦うのみですが」
いやいや。大山倍達じゃないんだから、勝てないって。
「まずは、クマに我々の存在を気付かせることが先決です。ホイッスルで、森に音を響かせ、クマに退散してもらうという方法もあります。有料のホイッスルも用意がございますが」
吉川課長が隣に来て、自信満々にベストからあるものを取り出した。
「ひとつ500円になりますが」
手にしたのは昔懐かしい、フエラムネである。
これで、クマに知らせるの?
「はい」
マジで?
「ええ。安全のためです」
それにしても高いですねえ。それ、ワンパッケージ100円ぐらいでしょう?
「無理にとは言いません。クマがうじゃうじゃいますが、必ず襲われるわけではありません。では行きましょうか」
吉川課長が、フエラムネを仕舞いかける。
いや、頂いておきます。500円でクマを追い払えるなら安いもんだ。追い払えるなら、だが。
僕はパッケージから1個受け取り、ピーピーと吹いてみた。情けない音がした。これでクマが逃げてくれるのだろうか。逆に寄ってこないか?
3分ほどピーピーして、食べた。30年ぶりのフエラムネは、意外に美味かった。
(後編に続く)
TACKLE DATA
ROD | ロッド無用、リール不要。虫取り網と虫かごは必携のこと |
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WEAR | 虫刺されを考慮して長そでに長ズボンが望ましい。「オレはヤブ蚊もアブも平気だぜ」という人は短パンも可 |
SHOES | 長靴がベスト。ワークブーツもGOOD。スニーカー可。サンダル不可 |
EYES | カブトムシやクワガタを見分ける目 |
STOMACH | 強力なもの。前夜から食事は控えて、もちろん朝食は摂らずに参戦すること |
DRUG | 定番のウコン系や、胃腸薬系などの薬物を必要に応じて適量摂取する |
ANGLER
丹 律章 Nobuaki Tan
ライター
1966年岩手県生まれ、神奈川県在住。フリーランスライター。「ルアーフリーク」「トラウティスト」の編集を経て、1999年フリーに。トラウトやソルトのルアー、フライ雑誌の記事を多く手掛ける。伊藤秀輝とは「ルアーフリーク」の編集時代に知り合い、25年以上の付き合いになる。