イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2011/12/06

イトウガイドサービス
2011お盆 後編
祭りサービスの巻

2011年8月
文=丹律章

※あらかじめお断りしておきます。この物語はフィクションです。イトウガイドサービス、またはイトウ祭りサービスという組織は存在しません。


 山女軒を探していたら、偶然迷い込んでしまったイトウガイドサービスの夏祭り。

 南部地鶏に天然の鮎。ビールはしっかりサッポロ。料理は100点だ。財布の中身のことを心配しなければ、むちゃくちゃ楽しい。

 川ざっこ勝で、鮎を食いながら吉川課長と話をしていたら、うなぎのメニューが目に付いた。


≪うなぎ 天然 ひと串 5,000円≫

 

 焼き鳥10,000円よりは、雫石の天然うなぎ5,000円の方が良心的だ。

「うなぎください」

 僕がそういうと、「今、捕りに行っておりますので、少々お待ちください」と吉川課長はこたえた。

「現在、雫石川の天然うなぎは、相当珍しい存在でして、なかなか手に入るものではないんですが、そこは我々の組織ですから、ご安心ください。30分ほど前に、うなぎ捕獲の一報が入りましたから、そろそろ到着の時間かと存じます」

 そんな話をしていたら、腰にビクをぶら下げた人が目の前に現れた。頬かむりを外したら、イトウガイドサービスの大和博さんだった。

「これは丹様、しばらくぶりでございます。天然うなぎをご用意しましたので、1時間ほどお待ちください」

 そういって大和さんは、どこからかうなぎ用の包丁を取り出し、うなぎをさばき始めた。目打ちをして三枚におろして、骨は骨せんべいに、身は串を打って七輪の上に乗せる。

「イトウガイドサービスに伝わる、秘伝のたれです」

 そういって、大和さんはハケでうなぎにタレを塗る。蒲焼用の秘伝のタレを持っている釣りのガイドってなんだそりゃ、と思ったが、それこそがイトウガイドサービスである。

 それはともあれ、うなぎの蒲焼は美味だった。臭みは全くなく、これぞ天然魚という美味さ。

「もうひと串ください」

「はいよ」

 そろそろ腹も落ち着いてきた。肉も魚も食べたので、山のものが食べたいな。

 僕はそう思って、焼き鳥を焼く伊藤さんに聞いてみた。

「きのことか、ないですか?」

「きのこ……ですか? まだ8月ですから、1ヶ月以上早いですね」

 昨年の秋にイトウガイドサービスを頼んだ際も、きのこが食べたいと僕がわがままを言った。すると、山のプロである大和さんが、どこからか舞茸を採ってきてくれたのだった。その詳細は「イトウガイドサービス2010年秋 前編」に書いたが、僕はまた、わがままを言いたくなった。しかも昨年は9月半ばだったのに対して、今回はまだ8月半ば。1ヶ月も早い。条件はさらに厳しい。さあ、伊藤さんはどう出るだろう。

「無理ですか? イトウガイドサービスでも無理ですか? きのこ食べたいなあ」

 僕は、やや挑発的に言ってみた。

「イトウガイドサービスに、不可能なことってあるんですかねえ」

 伊藤さんの目がすっと、細くなった。

「いや、ありますよねえ。不可能は不可能。無理ですねえ。いえね、無理ならいいんですよ、無理なら……」

 伊藤さんの目が、さらに細くなった。

「丹様……」

「は、はい」

「もちろん、イトウガイドサービスに不可能の文字はございません。どんなきのこがご希望ですか?」

「えっ、まじで?……そうですねえ……どうせなら、松茸とか、どうでしょう」

「承知いたしました。今しばらく、お時間を頂きます」

 伊藤さんは、ポケットから携帯電話を取り出し、どこかへ電話を掛け始めた。


 ちょっと離れた場所から、肉の焼ける匂いが漂ってきた。ジンギスカンだ。僕はジンギスカンが大好きなのである。

「ジンギスカンは、一皿いくらですかね」

 電話を終え、焼き鳥屋から焼き肉屋へと転身していた伊藤さんに声を掛けた。

「ジンギスカンは、食べ放題プランとなっております」

「でも、焼き鳥と鮎とうなぎを食べて、今から食べ放題っていう感じでもないんですが」

「残念ながら、ジンギスカンを召し上がりたい場合は、食べ放題の料金を払っていただくしかございません」

 こういう不条理なことをいうのが、イトウガイドサービスである。分かりました。食べ放題でいいです。5万円くらいですか?

「300円になります」

「は? 3万円じゃないの?」

「はい。300円です」

「3,000円でもなくて?」

「ええ。300円でございます」

 この辺の料金設定の不安定さが、僕にはいつになっても理解できない。


 ジンギスカンをたらふく食い、ビールをさらに2杯追加すると、腹がパンパンになった。

 半分ほどに減ったビールをちびちび飲みながら、1,000円/10分の料金が付いた椅子に腰掛け、汗をぬぐう。

 北国岩手、その中でも涼しい部類に入る雫石とはいえ、夏は暑い。時折、林を抜けて風が吹いてくるが、汗を飛ばすほどの強さはない。

 屋台の横で、扇風機が回っていた。あれで涼もう。そう思って近づいてみる。


≪風 1秒 100円≫


 僕は、シャツの胸元から10秒ほど風を受けて、料金を支払った。

 ちょっと離れた場所に、人だかりができていた。近寄ってみると、金魚すくいだ。しかも、プールの中で泳いでいるのはランチュウである。独特の形をした金魚で、他の種類に比べると飼育が難しい。中には数百万円するような個体もいるというから、超高級金魚である。

「やっていかれますか?」

 店の人から声が掛かった。よく見ると、イトウクラフトのフィールドスタッフ、小田秀明さんである。胸に料金札が貼ってある。


 僕は、シャツの胸元から10秒ほど風を受けて、料金を支払った。

 ちょっと離れた場所に、人だかりができていた。近寄ってみると、金魚すくいだ。しかも、プールの中で泳いでいるのはランチュウである。独特の形をした金魚で、他の種類に比べると飼育が難しい。中には数百万円するような個体もいるというから、超高級金魚である。

「やっていかれますか?」

 店の人から声が掛かった。よく見ると、イトウクラフトのフィールドスタッフ、小田秀明さんである。胸に料金札が貼ってある。


≪ランチュウすくい! 1回 2,000円≫

 

 僕はポイ(すくうための膜の張ったあれ。ポイといいます)を受け取って挑戦するが、ランチュウはでかいし、ポイは普通の厚さのやつだし、なかなかすくえない。

 熱くなって次々やっているうちに、アッという間に5枚のポイが消費された。


「丹様、スペシャルポイもございますが、お使いになりますか?」

 使う使う。こうなったら、ランチュウをゲットするまで撤退できません。

 小田さんは、4枚のポイを渡してくれた。

「4枚同時使用可能でございます。料金は特別価格で1万円になります」

 カップラーメンだって海苔だって洗剤だって、普通、大量購入すればそれだけ単価は安くなるはず。しかし、ここにそんな常識は存在しない。2,000円×4=10,000円なのだ。僕は1万円札を渡して、4つのポイを受け取った。

 そして、見事ランチュウゲット!


「丹様が今おすくいになったランチュウは、そのまま品評会に持っていかれても優勝争いをする魚でございます。見る人が見れば、100万円以上の値は付きますので、慎重にお取り扱いください」

 そういって、小田さんはランチュウを手渡してくれた。慎重にという割に、ランチュウを入れたビニール袋は普通のやつだった。


 ランチュウすくいも終え、さらにビールを飲み続ける。太陽は奥羽山脈の陰に隠れ、周囲は薄暗くなってきた。腹は満たされたが何か口寂しい。腹にたまらないもので、美味しいもの何かないかな。

 そう思ったときに、思い出した。僕が5時間くらい前にオーダーした松茸ってどうなったんだろう。

 僕は伊藤さんに近づいて、それを質問しようとした。

 すると。

「お静かにお願いします」

 伊藤さんは、そういって、空を見上げた。

 何? 雨でも降るの? それとも、鳥でも鳴いた?

 伊藤さんは、空を見上げたまま目をつむり、10秒ほどフリーズした後、僕に告げた。

「丹様、お約束の品が届いたようでございます」

 さらに、30秒ほど待つと、「ドロロロロロ」という音が、奥羽の山に低く響いていた。その音は徐々に大き
くなり、ついに森の中から姿を現した。

 スーパーカブだった。しかしそのエンジン音は50ccのものじゃない。どう考えてもフルチューンが施されている。

 カブを運転していた男は、背中のザックから、桐の箱を取り出した。中には立派な松茸が詰まっていた。

「お待たせいたしました」

 ヘルメットの顔は、長野のイトウクラフトのフィールドスタッフ、小沢勇人さんだ。


 聞けば、岩手ではまだ時期が早すぎる松茸だが、長野では出るのが早いらしい。5時間前に伊藤さんから電話を受けた小沢さんは、すぐに山に入って松茸を採り、ドカティの1200CCエンジンを無理やりフレームに押し込んだスーパーカブで、雫石までやってきたらしい。途中で、白バイを3台振り切ったという。

 早速炭火で、松茸が焼かれる。ショウユをひと垂らしして、かぶりつく。松茸の香りが鼻腔いっぱいに広がる。長野―岩手間、約700キロの味がする。


 肉が次々焼かれ、魚が次々にあぶられた。イトウ祭りサービスの夏祭りは、深夜まで続いた。楽しい夜だった。

 ただし、松茸の値段は聞かないで欲しい。松茸の採取と長野→雫石の運搬にかかる人件費、ガソリン代、調理代金。あなたが想像するマックスの料金の、その3倍くらいだろうか。

 あれから僕は、毎日サンマを食べている。もちろんそれほど好きなわけではない。主に、経済的な理由である。


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【付記】

『この時は、震災から約5ヶ月が経ち、みんな心に傷を負いながらも、仲間の絆をより一層深めようと雫石に集まりました。そして私達の笑顔や元気な姿が、HPをご覧の方々にとっても少しでも励ましになったらと考え、今回のイトウガイドサービスが出来上がりました。みなさんの心に元気と勇気を届けられたら幸いです』 伊藤秀輝

TACKLE DATA

WEAR 雫石とはいえ夏は暑いので、Tシャツ&短パンという軽装で十分
SHOES サンダル
ATOMACH 強力なもの
DRUG ウコン系やキャベ2、液キャベなど必要に応じて

ANGLER


丹 律章 Nobuaki Tan


ライター

1966年岩手県生まれ、神奈川県在住。フリーランスライター。「ルアーフリーク」「トラウティスト」の編集を経て、1999年フリーに。トラウトやソルトのルアー、フライ雑誌の記事を多く手掛ける。伊藤秀輝とは「ルアーフリーク」の編集時代に知り合い、25年以上の付き合いになる。