FROM FIELD
丹 律章
FIELDISM
Published on 2011/09/08
イトウガイドサービス
2011お盆 前編
祭りサービスの巻
2011年8月
文=丹律章
※あらかじめお断りしておきます。この物語はフィクションです。イトウガイドサービス、またはイトウ祭りサービスという組織は存在しません。
イトウガイドサービスというのは、岩手県雫石町にある釣りのガイドを行う組織である。その存在や、ガイドサービスの申し込み方などはあまり公にされてはいないが、イトウクラフトのウェブサイトのトップページのある部分をダブルクリックすると、申し込みのページへジャンプするという噂もある。僕は、既に何度か利用しているので、直接申し込める電話番号を知っているが、今ここにそれを書くことは、イトウガイドサービス本部との約束違反になるのでできない。
今年の夏も、娘を連れて岩手の実家に帰省した。数日間は、親の相手をしたり友人と飲み歩いたりして時間をつぶしたが、すぐにやることがなくなった。家でごろごろしているには暑すぎるし、もしかしてこんな暑さでも釣れる川を知っているかもしれないとイトウガイドサービスに電話してみても、誰も出なかった。
僕は仕方なく、暑さから逃れて雫石の方に向かうことにした。雫石は盛岡市内より、少しは涼しいはずなのだ。
川は減水していた。もしかしたらと思ってルアータックルを積んできたが、とても竿を出す気にはならなかった。こんな時に釣りをしても、汗だくになった挙句ボーズで終わるのがオチだ。
しばらくぶらぶらとしたら、腹が減ってきた。時計を見たら午後1時を回っていた。
そこで僕は、雫石に山女軒という食堂があるのを思い出した。
山女軒については以前、「イトウガイドサービス2011正月 注文の少ない料理店の巻」に書いたが、あの宮沢賢治の童話に出てきそうな、一種の奇跡のような食堂をまた訪れたくなったのだ。
しかし、僕は山女軒までの道を正確に覚えているわけではなかった。自分で車を運転していったわけではなくタクシーで行ったわけだし、あの時は冬で道から見る景色は今とは違うし、帰りは多少酔っ払っていたし。
というわけで、何となくの見当だけつけて、僕は山へと入り込んで行く道へ車を向けた。
こっちの方だったかなあと、細い道を30分ほど行ったり来たりしていると、三叉路の曲がった先に、白い動物が見えたような気がした。
「あれ?」と僕は、冬に出会った猟師を思い出した。その猟師はイギリスの兵隊のような服を着て、ぴかぴかする鉄砲を担いで、白熊のような犬を2匹連れて、山女軒から出てきたのだった。
「あの時の、白い犬じゃないかな?」
僕はそう思って、一旦通り過ぎた三叉路に引き返し、そちらの方へ曲がってみた。白熊のような犬はどこかへ見えなくなっていたが、うっそうとした森の中を細い道をしばらく進むと、広い駐車場のようなスペースへ出た。
冬に行った、山女軒の駐車場のようにも思える。が、そこに、期待した山女軒はなかった。
しかし、別のものがあった。
「やきとり秀」と「川ざっこ勝」だ。
焼き鳥屋と川魚を焼く屋台が2件並んでいて、客で込み合っていた。森に囲まれた広場に、突然ふって沸いたように行列ができていた。店からはいい匂いが漏れてきていた。腹がグーと鳴った。
僕はその行列に参加することにした。
30分ほど待つと、ようやく自分の番になった。
「よくお分かりになりましたね」
焼き鳥を焼いている男が僕にいった。
なんとそれは、伊藤秀輝さんだった。
「お久しぶりですね」
隣で川魚を焼いている男がいった。
吉川勝利課長だった。
「な、何やっているんですか?」
僕は驚いて2人に聞いた。
「焼き鳥を焼いているんです」
「川魚を焼いているんです」
そんなことは見りゃ分かる。あんたらの仕事は釣りのガイドで、焼き鳥屋とか川魚屋さんじゃないでしょと、僕は思った。
「ガイド業は夏休みで、今は夏祭りを行っております。運営は、イトウ祭りサービスのスタッフたちでございます」
「やきとり秀」の秀は伊藤秀輝の秀。「川ざっこ勝」の勝は吉川勝利の勝なのだ。
さらによく見ると、どこかで見たような顔が散見される。
「お飲み物は何にしましょう」
僕の戸惑いを無視して、伊藤さんは言う。改めてメニューを見ると、僕は再び驚いてしまった。
≪サッポロ生 中ジョッキ 5,000円≫
と、そこにはあった。5,000円? 間違いじゃないの? ひとケタ違うでしょ!
その下には、焼き鳥の値段が貼ってあった。
≪ジャンボ焼き鳥 ひと串 10,000円≫
さらに、
≪南部かしわ鶏 ひと串 10,500円≫
こちらはふたケタ違う! 焼き鳥が1本10,000円という狂気の数字。歌舞伎町のぼったくりバーか、ここは!
でも……ここで僕は思いなおした、この店を、夏祭りと思うから高いのであって、イトウガイドサービスと思えば、これは普通の価格設定なのだ。
1日のガイド料金が10万円からで、山の中での殺虫剤はひと吹き50円、ルアーの現場価格は定価の倍、ミノーのトゥルーチューンは1,000円から、移動中の車のエアコンは28度設定で1時間300円、1度下げるごとに100円追加。この支離滅裂な価格設定を焼き鳥に置き換えると、1本10,000円でもおかしくはない。
≪かじか 1尾 2,000円≫
これも、イトウガイドサービス価格を前提にすると普通だ。
≪雫石鮎 天然 1尾 10,200円≫
雫石の鮎は全国の品評会で1位になったことがあるから、妥当な値段かもしれない。いや、冷静に考えれば、高級料亭だってもっと安いだろうから、妥当なはずはないのだけれど、頭をイトウガイドサービスの客に切り替えれば、これは普通の値段なのだ。
僕は生ビールをもらって、焼き鳥にかぶりつき、雫石の天然鮎を賞味する。25,000円なり。金銭感覚は既に麻痺している。
もちろん、この屋台もイトウガイドサービス同様カード決裁はできないので、現金払い。周囲でも万札が飛び交っている。異様な夏祭りである。
僕は伊藤さんに向かって叫んだ。
「ビール、もう1杯ください!」
後編に続く
TACKLE DATA
WEAR | 雫石とはいえ夏は暑いので、Tシャツ&短パンという軽装で十分 |
---|---|
SHOES | サンダル |
ATOMACH | 強力なもの |
DRUG | ウコン系やキャベ2、液キャベなど必要に応じて |
ANGLER
丹 律章 Nobuaki Tan
ライター
1966年岩手県生まれ、神奈川県在住。フリーランスライター。「ルアーフリーク」「トラウティスト」の編集を経て、1999年フリーに。トラウトやソルトのルアー、フライ雑誌の記事を多く手掛ける。伊藤秀輝とは「ルアーフリーク」の編集時代に知り合い、25年以上の付き合いになる。