イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2009/08/31

イトウガイドサービス
2009夏

2009年8月8日、岩手県・秋田県
写真=丹律章、伊藤秀輝
文=丹律章

「イトウガイドサービスです。お迎えにあがりました」

 電話の向こうで声がした。しかし、それは予想していた伊藤秀輝さんの声ではなかった。僕はちょっと混乱した。

 8月8日、午前6時のことだ。僕は釣りの準備を整え、実家でイトウガイドサービスの迎えの車を待っていた。そして、6時丁度に僕の携帯電話がなった。僕は伊藤さんだと思って、電話をしてきた相手の表示を見ずに通話ボタンを押した。

 すると、例の声が聞こえてきたのだ。

「イトウガイドサービスです。お迎えにあがりました」と。

 聞き覚えはあった。5秒ほど考える。分かった。吉川勝利だ。

 あれ、何で吉川さんがいるの?

「イトウガイドサービスですから」

 玄関を出ると、ワゴン車が家の前に滑り込んできた。運転席に伊藤さん、助手席には吉川さんがいる。

「おはようございます。本日は、精鋭2名で丹様をガイドさせていただきます」

 そうですか。それで料金は?

「もちろん人件費が2倍掛かりますから、ガイド料も倍額になっております」

 吉川さんもイトウガイドサービスのメンバーである。2名の渓流ルアーのスペシャリストをガイドに釣りをするのはやぶさかではないが、料金はやぶさかである。だいいち2名でのガイドなど、僕は頼んでいない。でしょ?

「いえ、お客様のご依頼になった、季節限定メニューの『ファーストタイプⅡコース』は、2名でのガイドが基本となっておりますので……」

 僕は1ヶ月ほど前に、インターネットでイトウガイドサービスを申し込んだ。イトウクラフトのウェブサイト内の隠しボタンをダブルクリックし、出てきた画面にパスワードを打ち込むとジャンプするイトウガイドサービスのトップページには、この秋に発売予定の「蝦夷50Sファースト・タイプⅡ」を使っての釣りが載っていた。人数と季節限定スペシャルガイドメニューで、僕は喜び勇んでそれを申し込んだのだった。ガイドが2名とは思わなかったが、おそらく、虫眼鏡でも使わないと見えないような小さな文字で、2名のガイドと高額な料金が書いてあったのだろう。

「それともキャンセルなさいますか?」

 念のためその場合の料金を聞いてみる。

「当日キャンセルですと、通常は100%のキャンセル料を頂くところですが、丹様の場合、うちのガイドサービスの常連でございますので、95%で結構でございます」

 僕はあきらめた。えーい、倍でも4倍でも払ってやらあ! 早く釣り場へ案内せい!

 とはいえ、イトウガイドサービスは、最も安いスタンダードコースで10万円からの設定。ガイド2名でその倍。それに、発売前のファースト・タイプⅡを使えるという特別料金が上乗せになる。あーあ。総額はいくらになることやら。僕は考えるのをやめた。


 僕らを乗せた車は、ガイドサービス本部に立ち寄り、タックル類と今回使わせてもらえる発売前の最終プロト、ファースト・タイプⅡを積み込み、釣り場を目指す。

 着いたのは、2つの川の合流点だった。大きな川に左岸側から水量の少ない川が流れ込んでいる。早速タックルをセットし、水量の多い本流側へ向かおうとすると、伊藤さんが言った。

「支流の流れの緩やかなところに投げてください。それでも水深は1.5mほどありますから、ファースト・タイプⅡがベストチョイスでございます」

 そういって、伊藤さんは僕にファースト・タイプⅡを手渡してくれた。色はITS。見やすくて好きな色である。

「アイ調整がしっかりできていないと泳ぎに影響が出ますが、トゥルーチューンはご自分でなさいますか?」

 もちろん、オプショナル料金が発生する。それでも作業がちょっと面倒くさかったので、頼むことにした。いくらですか?

「私どもにご依頼なさるのが賢明かと思います。アイ調整をして初めて、ミノーは実力を発揮しますから。私どものアイチューンは、0.1ミリ単位のものですのでご安心ください。通常使用には全く問題がないAチューンは1個1000円、どんな激流でもバランスを崩さないSチューンなら1500円でございます」

 僕はSチューンを頼んだ。もはや金銭感覚は麻痺していた。そんなことを考えていると、このガイドサービスを受けることは不可能なのだ。

 僕の好きなファースト。そのヘビーシンキングモデルのファースト・タイプⅡ。投げてみると、文句無しのできである。飛ぶ。泳ぐ。ヒラ打ちの派手さとロッドアクションに追従するレスポンスのよさ。完璧。

 その完璧さを証明するように、5投目にバイトがあった。しかし、痛恨のばらし。アワセが遅かったのか、フックがゲイプまで刺さりきる前に魚
は流れの中に逃亡した。

 しかし、その数投後にまたもやバイト。今度はフッキングも上手くいった。足元まで寄せてくると、忘れ物に気がついた。ランディングネットだ。実家に忘れてきた!

 川原はない。やばい。すると、隣で見ていた吉川さんがざぶざぶと流れに入った。

「掬いますか?」

 早く掬って。

 吉川さんがヤマメを掬って言う。

「2000円になります」

 やっぱり。

 ヤマメは28cmあった。尺には足りないが、関東からの遠征シロウトには十分なサイズである。

 そのヤマメを持って記念撮影。吉川さんと並んで、伊藤さんがシャッターを押す。ひと押し500円らしい。僕のカメラですけどね。しかも撮影に失敗しても、ひと押し500円はかわらない。そこは納得いかないが、証拠写真は欲しいので数枚頼む。

 撮影中に、手が滑って魚が逃げた。しかしすぐに逃亡することなく、底石の下に逃げ込んだらしい。

「捕まえますか? ちょっと料金はかさみますけど」

 試しに頼んでみた。すると2人は袖をまくり上げ、まくり上げたその袖を水に濡らしながら捕獲作業を始めた。

 やばい。この一所懸命さは、相当の料金をふんだくられそうだ。そう思ったが、魚は再び捕まえられることはなかった。良かったのだろうか、それとも残念だったのだろうか。


 魚をリリースして、さらに釣り上る。ファースト・タイプⅡをぎらぎらさせながら、瀬を釣り上っていく。

 魚の反応は悪くなかった。多少スレ気味ではあるが、それなりにルアーに反応した。小さな魚がテールフックをくわえ、腹のフックが後頭部に擦れ掛かりした。ローリングしたヤマメがラインを体に巻きつけ、フックにも絡みまくる。

 こんなときは、再びガイドの出番である。隣で状況を見ている吉川さんに、魚を渡す。ガイドがプライヤーを使って、丁寧にラインとフックと魚を分離する。手がくさくならなくて快適。

 しかしもちろん、これも有料である。ラインの絡み具合の複雑さによって、ひと外し500円から1000円という料金設定である。

 ガイドは、常にお客さんである僕の近くにいる。たいていは、伊藤さんか吉川さんかどちらかが、僕の利き腕の反対側にいて、もう1人はちょっと離れたところから、全体を見渡している。ガイドはロッドを持っているが、ルアーを投げることはほとんどない。なぜなら魚はお客さんである僕にプライオリティがあるからだ。例外は、僕が探りつくしてノーバイトだった場合に、本当に魚がいないか確認する場合である。そうやってもう無理だろうと思ったポイントから魚を出されると相当ショックではある。

 ロッドを携帯しているのはもうひとつ理由があって、ピンポイントレンタルのためである。僕のルアーに反応があったけど、食いつかなかったようなとき、別のルアーが結んであるガイドのロッドを使うことができる。そのためにガイドは、客と別のルアー、別のカラーを常に結んでいる。もちろんこれもオプションで、1キャスト500円である。


 川から川への移動途中、ドライブインでソフトクリームの看板を見つけた。僕が「おっ!」と声を上げるのと、伊藤さんがハンドルを切るのは同時だった。

 車を停車させ、伊藤さんが後部座席の僕を振り返る。

「ソフトクリームは、バニラ、チョコ、ミックスのうち、どれになさいますか?」

 バニラですね。ソフトはバニラと決まってます。

「了解しました。ソフトクリームはガイド料金に含まれてますのでご安心ください」

 おっ、良心的じゃないですか。とはいっても、これは、300円と価格が決まっているソフトクリームで暴利をむさぼることはできないため、これをガイド料金に含むことで、少しでも印象を良くしようというイトウガイドサービスの作戦に違いない。

 ソフトクリームより、フック外しをただにするべきだと僕は思ったが、それは口に出さないでおいた。急にソフトクリームはただですけど、車までのデリバリー料が1000円ですといい始めかねないからね。

 ソフトクリームを食べ、それからも川を何箇所か巡ったが、取り立てていい魚は釣れなかった。しばらくの間、人が入っていない区間では魚の反応がいいが、フィッシングプレッシャーが強い場所では魚がなかなか出ない。いないのか、すれているだけなのか。

 これからの釣りは、魚とのだまし合いより、他の釣り人との競合をいかにして避けるか、が最重要課題となってくるのではないか。そういう意味でも、経験豊かなこのガイドたちの情報は重要なのである。

 釣りを終えて、本部へ戻る。本部脇ではBBQの準備が進んでいた。

「今日はこれから、釣り仲間たちとの親睦会があるんです。参加なさいますか? サッポロの生ビールを20リットル用意しましたけど……」

 するする。参加する。

 気になるその生ビールの値段は、銀座で飲む生ビールの倍以上したが、それ以上に味が美味かったので、それも良しとしよう。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510PUL/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
LINE Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
LURE Emishi 50S 1st TYPE-Ⅱ/ITO.CRAFT

ANGLER


丹 律章 Nobuaki Tan


ライター

1966年岩手県生まれ、神奈川県在住。フリーランスライター。「ルアーフリーク」「トラウティスト」の編集を経て、1999年フリーに。トラウトやソルトのルアー、フライ雑誌の記事を多く手掛ける。伊藤秀輝とは「ルアーフリーク」の編集時代に知り合い、25年以上の付き合いになる。