FROM FIELD
伊藤 秀輝
FIELDISM
Published on 2011/02/21
アワセのディテール
2009年9月下旬×岩手県
アングラー=伊藤 秀輝
文と写真=佐藤 英喜
伊藤秀輝の釣りは、滑らかな流れのなかに非常に細やかな神経が行き届いている。何度間近に見ても、噛み砕いて説明してもらわなければ気付かないことがたくさんある。
アワセひとつをとってもそうだ。
「そのときそのとき、一匹一匹で違うんだよね。アワセって。魚のサイズによっても違うし、流れや水深によっても違うし、アップかクロスかでも違う。もちろん、チェイスのスピードやバイトのタイミングによっても変わる。相手は物じゃなくて生きた魚だから。アワセはこうだ!みたいになんでも決め付けようとしがちだけど、釣りってそう単純ではないよ。簡単に要約して分類しようとするのは無理があるよね。誘い方だってそう。ワンパターンで釣れる魚なんて今どきそう続かないよ(笑)」
一瞬のアワセにも、さまざまな意図が含まれているのだ。
えてして僕らは物事を要約したがる。ケースバイケースであるはずの本質を、手っ取り早く見抜こうとする。でも、その勝手な決め付けや枠組みが釣りの進歩を止めてしまうことがあると伊藤は言う。
同じ水はない。同じ魚もいない。だからアワセも千差万別なのである。
伊藤は高活性時の魚はもちろん、スレた魚や追いの消極的な9月の魚に対しても、驚くべき精度でアワセを決めていく。その結果として、バラシが極端に少ない。
キャストをする前から、あらかじめ食わせのスポットを想定しておき、さらに魚がチェイスを始め残り20cmの距離までミノーに近づいてきたあたりでは、バイトのタイミングやアタックしてくる角度を伊藤は魚の動きを見てかなり鮮明にイメージできている。だから、先に身構えていられる。
「でもそこでね、ただロッドを強くあおればいいってものでもない。いい魚をバラさないためには、実はすごく繊細な感覚が必要なんだよ。まず、アワセの速さと強さは違うし、乗せと貫通も違う、っていうのは分かる? ドンッと突っ込んでくるような高活性時以外は、確実に乗せてからフックポイントを突き刺す。じゃないと、最初のひと暴れで簡単に外されかねないからね。基本的には一瞬の手首とヒジの動きで乗せて、次のストロークで貫通させるんだけど、それぞれの微妙なニュアンスの違いで、アワセのバリエーションはそれこそいくらでもあるんだよ。例えば、極端に追いの弱い魚を誘って誘って食わせるようなときには、スナップだけでより速く乗せる、とか。でも、そこから強くアワせすぎるとそのまま抜けてしまうことが多いから、そのあとは、じわっと溜めるようにアワせて貫通させる、とかね。余計魚が大きいときは、体重を乗せられてもハリ先に力が加わりすぎないように、膝を柔らかく使って体にも溜めを作っておく。いい魚であるほど大事にしたいし、興奮して体が早く反応しすぎないように、完全にテンションが掛かってから乗せることもある。魚と状況次第でいろいろ変わる。ひとつのチェイスにも、本当にいろんな情報が詰まってるんだよ」
話を聞いて言葉は理解できても、一瞬のチェイスに目をこらし臨機応変にアワセを決めるなんて、そう簡単にできることではないと思う。物を言うのはやはり経験なのだろう。選択肢を理解している知識と魚を見る目、そして体に深く染み付いた感覚がその一瞬に現れるのである。
単にどれほどの年数をこなしてきたか、という経験ではなく、一匹の魚をどれだけ突き詰めて釣ってきたか。その積み重ねによって釣りのすべてが磨かれていく。
「ヒットした魚をバラしてしまうのは、必ず釣り人側に何らかのミスがあったからなんだよ」
伊藤がいつも言うことだ。
千差万別のアワセとはいえ、伊藤のアワセにはほぼ共通した型のようなものがある。伊藤は鋭いスナップとヒジの動きを使って、無駄のない短いストロークで瞬間的にフックアップさせるわけだが、その際グリップの位置は、常に体のヘソの辺りにある。これが重要だと言う。
「体の中心っていうか軸でアワせるってことだね。肩まで動くような、グリップがヘソから50cmも離れるようなアワセではロスがありすぎるし、トルクやテンションも正確に分からない。ちゃんとフックのゲイプまで入ってるか不安になる。もちろんロッドの性能も大切で、その短いストロークのアワセでもバットがしっかり止まるロッドじゃないと確実なフッキングは難しいよね」
エキスパートカスタムの張りのあるファーストテーパーはキャスティング性能や操作性と同時に、フッキング性能を突き詰めたブランクでもある。バラシを防ぐためには、バイトの浅い魚に対しても瞬時に完璧なフッキングを決め、且つ、フックの貫通を伝えてくれる高感度のロッドが欠かせないのだ。
「20年前はいまより魚も多かったし、スレてなかった。でも、道具が劣ってた。いまは反対に、魚はシビアだけど優秀な道具で釣りができる。それを考えると、掛けた魚を獲る難しさは昔もいまもそんなに変わらないんじゃないかな」
フッキングの成功率は言うまでもなく、如実に釣果となって現れる。アワセが決まればその後のやり取りを優位に進めることができる。すべてがシビアな大物であるほどその違いは大きいし、特にテンションが緩みやすく向こうアワセで深くフッキングすることが少ないアップストリームの釣りでは、きちんとアワセを決めていく必要がある。1シーズンに一度の、あるいは一生に一度かもしれない貴重な出会いに恵まれたとき、アワセの完璧さがその結果を左右することもきっとあるはずだ。
伊藤のアワセは、魚を掛けて掛けて掛けまくって得られたものだと言う。教えてくれる人など誰もいなかった。すべては川と魚が教えてくれた。
「いい魚がヒットしても自然体で、アワセからランディングまでの一連の流れをスムーズにこなすこと。これができて初めてイッパシのアングラーになるんだよ。常にイメージして、心掛けて、意識しなくてもその動作ができるようになるまで体に染み込ませることだよね。俺だってずいぶん前は、悔しくて悔しくて河原にひざまずいたこともあるよ」
この遊びはのめり込めばのめり込むほど、極めようとすればするほど、ますます面白くなっていく。アワセひとつにも釣り師の経験が凝縮しているのだ。川と魚を感じ、アワセのディテールに意識を向けることで、きっとこの釣りのさらなる奥深さに気付くはずである。
TACKLE DATA
ROD | Expert Custom EXC560ULX/ITO.CRAFT |
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REEL | Cardinal 3 /ABU |
LINE | Super Trout Advance 5Lb/VARIVAS |
LURE | Emishi 50S 1st Type-Ⅱ[ITS]/ITO.CRAFT |
LANDING NET | North Buck/ITO.CRAFT |
ANGLER
伊藤 秀輝 Hideki Ito
1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。