FROM FIELD
伊藤 大祐
FIELDISM
Published on 2014/02/27
連鎖
2013年、岩手県
■仲間を繋げるもの
たとえば、この世でサクラマスの釣りをしているのが自分ひとりだったとしたら、どれだけつまらないことだろう。
遡上するサクラマスを独り占めできるわけだから、釣果は現在の数倍、数十倍に上がる。数も型も。70アップの5キロオーバーを年に複数匹釣り上げるのだって可能かもしれない。
フレッシュランのサクラマスを、好きなだけ食べられる。それもまた素敵だ。しまいには、食べきれなくなって、トバに加工してしまうかもしれない。何と贅沢な……。
しかし。
釣った感動を、誰とも分かち合えないとしたら。釣り上げるまでに味わった苦労や悔しさ、そして遂に手にした喜び、それらを共有できる友人がいないとしたら。
やはりそれは、相当にむなしい。
2013年、シーズン中盤の週末、岩手県閉伊川。
夕暮れ時、釣りを終えた3人がひとつの駐車スペースにいた。ひとりは弊社スタッフの伊藤大祐。そして釜石に住む同世代の友人、前川淳さんと藤原翔太さんだ。すでに帰り支度は済んでいるものの、話題はあちらこちらへ飛び、しばらく会話が終わる気配はない。
この日は、ハイシーズンの週末ということで朝から多くの釣り人が行き交う中、彼らはそれぞれ単独で閉伊川を釣り歩いていた。
そこでまず大祐が、2013年シーズンの2本目となるサクラマスを釣り上げ、その知らせを受けた藤原さんも約1時間後、同じくシーズン2本目となる閉伊川のサクラマスを手にしていた。
仲間の釣果が互いの喜びとなり、また励みとなる。
人と人との繋がりが、彼らの釣りを何倍にも楽しくしている。
もともと前川さんと藤原さんの2人を大祐と引き合わせたのは、フィールドスタッフの故・菊池功さんだった。実際に知り合う前から功さんを通じてお互いの話は聞いており、よく功さんは、「3人は絶対に気が合う。仲良くなれるよ」と話していた。そして、3人の繋がりを強くしたきっかけのひとつが閉伊川のサクラマスだ。
■閉伊川のこと
彼らの大好きな閉伊川は、岩手を代表する古くからのメジャー河川だ。サクラマスが狙えるエリアとしては流程が短く、7フィート台のロッドでテンポよく探れる場所が多い中規模河川。渓流釣りの延長として軽快なマス釣りが楽しめ、且つ海が近いのでコンディションのよいフレッシュなサクラマスが、渓流の雰囲気を残したポイントで狙えるのも魅力だ。クリアな水色と自然豊かな山々に囲まれた景観も、釣りをしていて気分がいい。
しかしその反面、実際の遡上量や釣り場の規模に対しそのキャパシティを超えた数の釣り人が訪れることで、盛期の、特に週末の閉伊川は、またたく間にハイプレッシャー河川と化してしまう難しさがある。
前川さんと藤原さんは、同じ職場で働く仲間であり、閉伊川に通い始めて前川さんが8年、藤原さんが4年のルアーマンだ。それぞれ仕事と家庭を大事にしながら、ほぼ週一ペースで釜石から宮古の閉伊川へと車を走らせている。
大祐いわく、3人とも性格は違うが、「話をすると面白いくらい噛み合う(笑)」という彼ら。「淳君はすごく男気があって硬派。釣りに対しても、いわゆる趣味の域を超えた本気度が、何気ない会話からヒシヒシ伝わってくる」。その決して挫けない一直線な気持ちの強さに大祐も刺激を受けている。
一方、藤原さんについては、「好奇心旺盛で、いろんなものに興味を抱いて、気になったらとにかく何でも試してみないと気がすまない。翔太君と話してると、そういう貪欲さに触発される」と言う。また、山歩きや川歩きが非常に達者で、その足で稼ぐ釣りスタイルが閉伊川にはぴったりなのである。
■3人のファーストフィッシュ
3人の中で、この年最初のサクラマスを釣り上げたのは前川さんだった。
「マスとの勝負に本当に没頭できて、ヒットした瞬間の手応えにただただ興奮しました」
毎年、シーズン1本目には体が震えると言う前川さんだが、WOOD85に食い付いたサクラマスにこの時もやっぱり震えが止まらなかった。それほど彼にとって思い入れの強い、心から感動できる魚なのだ。毎年変わらない緊張感と興奮を味わいながら閉伊川のサクラマスを手にしたのだった。
そしてその翌週。
「今年(2013年)からダイ君(注:伊藤大祐のこと)が本格的に閉伊川を攻めると聞いて、それが自分の中で刺激になった」
そう話す藤原さんが、アップでキャストしヒラを打たせたWOOD85にサクラマスがチェイスした。最初のチェイスではUターンされたが、狙い澄ました次のキャストで仕留めることができた。渓流のヤマメ釣り感覚でバイトに持ち込んだ中規模河川ならではのヒットシーン。駆けつけた前川さんと大騒ぎで撮影しながら喜びを分かち合った。
さらにその翌週、大祐も2013年の初サクラを釣り上げた。
「個人的に、閉伊川で一番こだわりのある区間で釣れたことにも満足」
ちょうどその日は藤原さんも閉伊川に来ており、缶コーヒーを手に祝福に駆けつけてくれた。そこでガッチリと握手をかわす。釣りをしていて良かったと思える幸福な時間だ。
■連鎖が生みだすもの
大祐と藤原さんがシーズン2本目を手にした日。それは、大祐が1本目を釣った翌週の週末だった。釣りを終え、ひとつの駐車スペースに集まった3人の会話は、すっかり日が暮れても続いていた。釣りのこと、釣りとは全く関係ないこと、いつもの電話のように様々な話題で盛り上がり、気が付けば3時間近くも話し込んでいた。
釣りの疲れも充実感に変わり、心地よい時間が過ぎていった。
この世でサクラマス釣りをしているのが自分ひとりだったとしたら、川を上がった後にこんな名残惜しい時間を過ごすこともなかっただろうし、そもそもサクラマスという魚に、これほど魅力を感じることもなかったかもしれない。感動を分かち合える仲間がいるから夢中になれるのだ。
大祐は昨年の閉伊川釣行を思い返して、2人と出会えたことに改めて感謝している。
「みんな考え方や釣りスタイルは違うけど、軸にあるものは同じで、2人を通じて自分に欠けているものも発見できた。うまい具合にバランスが取れてるというか、この3人でいると何を話しても楽しいし、ついつい時間も忘れてしまうんだよね」
この関係が化学反応を起こし、彼らひとりひとりの釣りの密度を高めた。そして、その関係性は2014年も続いていく。
TACKLE DATA
ROD | Expert Custom EXC780MX, 820MX/ITO.CRAFT |
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LURE | Wood85/ITO.CRAFT |
ANGLER
伊藤 大祐 Daisuke Ito
イトウクラフト スタッフ
1982年岩手県生まれ、岩手県在住。幼少期から渓流の釣りに触れる。「釣りキチ三平」の影響も大きく、エサ釣り、テンカラ、フライ、バス釣りなど様々な釣りを経験する。工業デザインやCGを学んだあと、デザイン会社での経験を経てイトウクラフトに入社。自社製品の製作を手掛けるかたわら、商品開発/試作/テスト/ウェブ/各種パッケージ/広告/カタログ/などのデザインも行なっている。