FROM FIELD
伊藤 大祐
FIELDISM
Published on 2012/03/02
心に描くイワナ
2011年7月、岩手県
文と写真=佐藤英喜
誰にでも心に思い描いている魚がいると思う。ヤマメなら、ああいうヤマメが釣りたいとか。イワナを釣るなら、こういうイワナを釣りたいとか。そのニュアンスは釣り人それぞれにある。
伊藤大祐は、今から6、7年前、友人との釣行で手にした42cmのイワナが忘れられない。
とある渓流で蝦夷50ディープにヒットしたそのイワナを見て、大祐はこれがイワナの本当の美しさ、恰好よさだと思った。イワナの素晴らしさにハマるきっかけになった。
とにかく綺麗なイワナだった。いわゆるエゾイワナというよりは岩手では珍しいニッコウっぽい個性を浮かばせ、見れば見るほど繊細で複雑な色彩が目に映った。肌は究極にきめが細かく、背部のグリーンと体側のゴールドが溶け合うようになまめかしく光り、オレンジの斑点が薄っすらと浮かんでいた。分厚いヒレもオレンジに染まり、真っ白なラインが全体の印象を引き締めていた。
また色彩だけでなく、そのプロポーションも見事なイワナだったと大祐は振り返る。つるんっと硬質な体表ははち切れんばかりで、胴回りがめちゃくちゃに太かった。えてして大きなイワナはヘビのようなくねくねとした印象を与えるけれど、そのイワナは異質な逞しさを備えており迫力に満ちたゴツい魚体が何とも威圧的だった。それまで見たどのイワナよりも魚体のインパクトが強かったし、そのファイトや魚を目の当たりにした友人たちの興奮した様子も、ハッキリと覚えている。
今も目に焼きついているあの美しい色合いと太い魚体。ぜひともまたあんなイワナが釣りたい。いや、あのイワナはメスだったから、同じ系統のさらに恰好いいオスが釣りたいとその川に出向くたびに大祐は願っていた。
2011年7月、遂にそのチャンスがやって来たのである。
その朝は初めからイワナ狙いの釣行だった。仕事までのわずかな時間を効率よく使って、速いテンポで魚の反応を探っていくと、川がカーブするブッツケのポイントに差し掛かった。流れがぶつかった所にちょうど広葉樹の大木が立っていて、根の奥が水流によって深くエグられている。さらにそのポイントをそっと隠すように枝が葉を広げており、なかなかに複雑な懐を形成していた。
水はクリアだが底は全く見えず、かなり深い。蝦夷50SタイプⅡをエグレの上流に着水させ、流れに乗せながら細かくヒラを打たせてエグレの奥にいるはずの魚を誘い出す。
そのエグレから、砲弾型の太いイワナが姿を現したのは3投目のこと。ドキッとするほどの魚体がミノーに一瞬だけ反応したが、食う素振りは見せずにそのイワナは元の着き場へと戻っていった。
「明らかに警戒心が高まっていて、とてもルアーにバイトする様子じゃなかったよね。一瞬でも魚体の凄さは見て分かったし、この魚は絶対に釣り上げたいと心底思ったから、ここで深追いするのはやめようと。いま徹底的に叩いてしまうよりは、日をあらためて挑んだ方が口を使わせられる確率が高いと思った」
再戦に訪れたのは3日後。
その間の2日は朝駆けもできず、あのイワナのことを考えると気が気じゃなかったが、週末にようやく釣りに行ける時間ができた。
朝陽が川面の所々に射し込み始め、水面上にわだかまっていたモヤが徐々に晴れていくなか、まだ魚がいてくれることを祈りながらポイントへと向かった。
ルアーは前回と同じく蝦夷50SタイプⅡ。複雑な流れのなかでも安定した姿勢で小刻みにヒラを打たせられるミノーだ。ヤマメほどきれいにはルアーへバイトしてくれないイワナが相手だから、貴重なワンチャンスを逃さないためにミスなく誘える蝦夷50SタイプⅡを選んだ。
「でかいイワナって、それまで全く無反応でも何かの拍子に、いきなりドンッと派手に食ってくるよね」
およそ10投目、ルアーのきらめきに対するイライラが募った結果か、イメージどおりにまさにドンッ!とそのイワナがミノーを食った。
ヒットしたイワナはゴツイ体を目いっぱい使い、猛烈なファイトを繰り広げた。
「こんなに強いイワナのファイトは初めてかもしれない。正直、ビックリした。始めは元のエグレにグングンと強引に戻ろうとして、それをバットパワーで耐え凌いだら、今度は流れに乗りながら底に突っ込んで、ガッツン!ガッツン!と猛烈に頭を振り始めてさ、その後はまるでドリルみたいな凄まじいローリングをかまされたよ(笑)。ほんと、すごいアグレッシブなパワーに興奮した」
それでも魚をなだめながら少しずつ体力を奪っていき、イワナの動きが鈍くなってきたのを見計らってタイミングよくネットにすくった。
大祐が心に思い描いていた通りの、オスの極太のイワナが河原に横たわった。
サイズは44cm。艶々とした美しい体色、いかつい顔つき、分厚くて盛り上がった背中。自然が作り出した完璧な造形に息をのんだ。
「サイズよりも、どんな容姿の魚だったのか。やっぱりその部分は大切にしていきたいなと改めて感じさせてくれるイワナだった。魚の質を求めれば求めるほど釣りは難しくなっちゃうけど、今回のイワナみたいに体高と太さがあって、華やかな体色をしたイワナが好きだし、これからも魅力的な力強いイワナを追い求めていきたいね」
TACKLE DATA
ROD | Expert Custom EXC510ULX /ITO.CRAFT |
---|---|
REEL | Cardinal 33 /ABU |
LINE | Super Trout Advance VEP 5Lb /VARIVAS |
LURE | Emishi 50S Type-Ⅱ[YAE] /ITO.CRAFT |
LANDING NET | North Buck/ITO.CRAFT |
ANGLER
伊藤 大祐 Daisuke Ito
イトウクラフト スタッフ
1982年岩手県生まれ、岩手県在住。幼少期から渓流の釣りに触れる。「釣りキチ三平」の影響も大きく、エサ釣り、テンカラ、フライ、バス釣りなど様々な釣りを経験する。工業デザインやCGを学んだあと、デザイン会社での経験を経てイトウクラフトに入社。自社製品の製作を手掛けるかたわら、商品開発/試作/テスト/ウェブ/各種パッケージ/広告/カタログ/などのデザインも行なっている。