FROM FIELD
伊藤 大祐
FIELDISM
Published on 2011/11/04
バルサの新しい波
2010年9月11日、岩手県
文と写真=佐藤英喜
イトウクラフトのバルサミノーに新しい波が起きようとしている。
そのひとつのきっかけに、記念品として作られたBowie63Sがある。
Bowie63Sの開発経緯を開発者の伊藤大祐にたずねた。
「日々、釣りを模索していく中で、もっとこういう性能があれば面白いなと自分なりに考えてきました。その中のひとつの思いを形にしたのがBowie63Sでした」
超薄型のフラットボディ形状で、泳ぎの性能については、アップストリームでのヒラの打たせやすさを重視しながら、サイド、ダウンの釣りではミディアムディープに近い層でバランスを崩さずにヒラを打たせられるセッティングを施している。
「いつも頭にあるのは、やっぱり移動距離の短いヒラ打ち展開。Bowie63Sの一番の特徴は流れの中でステイさせられる『間』を作れること。そして、複雑な流れの中でヒラを打たせた直後もバランスを崩さずに瞬時に次のヒラ打ちに移行しやすくしてあるにも関わらず、ウォブリングを強めていることでアップストリームでもスローに引くことができて、しっかりとブレーキを利かせながらヒラを打ちまくれる」
こうしたボディ形状、泳ぎを実現するには、やはりバルサ素材の特性が大きかったという。バルサ特有の浮力が高速の立ち上がりと最良のレスポンスを生み、インジェクションミノーとは全く異なるバランスを作り出す。
「バルサは許容範囲が広いというか、泳ぎに関して失敗の少ない素材だとは思います。でも、詰めれば詰めるほど、より優れたものが生まれるという無限大の可能性を感じます。もちろんプラスチックもセッティング次第で性能の優劣は大きく生じますが、泳ぎの限界値がバルサはずっと高い所にある。そこがバルサ素材の魅力ですね。ただバルサミノーを製作するにあたっては難しさもあって、そのひとつに精度の問題がありました。様々なことを経験し見直してきた。苦労続きの毎日でした…(泣)」
そして現在、記念品としてではなく一般の製品としてリリースされるBowie63Sの兄弟ミノーの開発が進んでいる。発売予定は2012年。デザイン、サイズ、カラーリング、性能といった詳細は後ほど改めて紹介する。
昨年9月のこと。
バルサ蝦夷に二本の素晴らしいヤマメがヒットした。一本目のヤマメ36cmはすでにウェブサイトに掲載しているが、その約一週間後、バルサの泳ぎにまたもや驚くべき魚が反応した。
最近はどこの川も似たような状況だが、その日訪れた川もいいヤマメを狙って多くの釣り人がやって来る。しかし、早々に抜かれてしまった魚もいれば、学習能力が高く警戒心の強い個体はどこかにじっと息を潜めている。ハリの付いたエサやルアーに決して惑わされず、限られた流れの中でたくましく成長した居着きの物凄いヤマメがいる。それが釣りたい。
何事もなく朝マズメが過ぎ、すでに日が高く上っていた。
直線的に走ってきた瀬の流れが、対岸に当たりながら緩やかなカーブを描き、絞られている。絞りの幅は1.5mほどで太い流れが下流へ続いている。アップストリームで釣るのは無理がある流れだった。たとえ魚に追わせるができても、誘う距離が短い上にこの押しの中では中途半端に食わせてバラしてしまう可能性が明らかに高かった。だからこの時、彼は5cmのバルサ蝦夷をアップクロスで対岸に打ち込み、流れに乗せながらドリフト気味にミノーを送り込んで、きっとヤマメが着いているだろうスポットでブレーキを利かせた。筋を外さずにその場で溜めを作りながら、ダウンクロスの角度で起き上がりの速い派手なヒラ打ちを連続して繰り出す。するとおよそ10投目。トゥイッチするロッドがどんっと押さえ込まれた瞬間、ヒットした魚が流芯のど真ん中で2回3回と大きく頭を振った。
その抵抗をブランクのトルクで耐えしのぐ。
普段ほとんど鳴ることのないドラグが、ジッ、ジッと鳴り、水中でギラッとひるがえった魚体の幅に胸が高ぶった。慎重にリールを巻きながら魚に少しずつ近づいていくと、あと2mの所でまた下流の深瀬へ突っ込んでいく。
しかしこのやり取りが2分ほど続いたあと、バルサ蝦夷をくわえたヤマメはついにネットに収まったのだった。
この近辺の懐で、どれだけ長い時間を生き抜いてきたヤマメなのだろう。百戦錬磨の魚とはまさにこういうヤマメのことを言うのだと思う。
「体高もスゴイけど、背中から見た時の太さ、ゴツさが半端じゃなかった。触れてみた時にビックリしたよ。全身が筋肉質でね。押しの強い流れに鍛えられて、この肉体を手に入れたんだろうか…。筋トレの好きなヤマメだったのかな(笑)。こういうヤマメ、大好きだなぁ。久しぶりにアドレナリンが出て、最高の勝負ができた。やり取りしている時間も幸せだった」
ぱっと見ると40cmもありそうに見えたが、メジャーを当てると37cm。サイズを勘違いするほど見事なプロポーションの持ち主だった。顔付きの鋭い雄で、尖った鼻先から背中へと続くライン、盛り上がりに目を奪われる。全部のヒレが分厚く、尾ビレの付け根の太さが力強い泳力とスタミナを物語っている。パーマークもはっきりと浮かんでいる。すべてを凝縮したような完璧な魚体だった。こんなヤマメを釣りたいと思い描いていた通りの魚が、目の前に横たわっていた。
「バルサだから釣れたのか、それを言い切るのは難しいですけど、大事なことはやっぱり、何が効果を発揮し、釣れる確率を高めたのか?ということだと思う。その意味ではバルサの可能性を改めて実感したし、またこの時の釣りで、新しいバルサミノーのヒントも見えましたね」
このヤマメの先に、バルサの新たな可能性が広がっていた。
【付記】
仕事柄、40cmを超えるヤマメは数々見てきましたが、メジャーの数字だけではその一尾の本当の価値は語れません。だからヤマメが好きです。たとえば体形、顔つき、色、雰囲気、すべてが奇跡的に調和した時、ぞくぞくするような魚のインパクトに全身がシビれます。今回のヤマメがまさにそうだったように。
そしてさらに今シーズン、ニューモデルのプロトでもいいヤマメが出ているので、そちらも後ほど紹介したいと思います。どうぞお楽しみに。
TACKLE DATA
ROD | Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT |
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REEL | Cardinal 33 /ABU |
LINE | Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS |
LURE | Balsa Emishi 50S/ITO.CRAFT |
LANDING NET | North Buck/ITO.CRAFT |
ANGLER
伊藤 大祐 Daisuke Ito
イトウクラフト スタッフ
1982年岩手県生まれ、岩手県在住。幼少期から渓流の釣りに触れる。「釣りキチ三平」の影響も大きく、エサ釣り、テンカラ、フライ、バス釣りなど様々な釣りを経験する。工業デザインやCGを学んだあと、デザイン会社での経験を経てイトウクラフトに入社。自社製品の製作を手掛けるかたわら、商品開発/試作/テスト/ウェブ/各種パッケージ/広告/カタログ/などのデザインも行なっている。