FROM FIELD
伊藤 秀輝
大ヤマメの世界
Published on 2013/09/07
大ヤマメの世界 その2
『理想の大ヤマメ』
アングラー=伊藤 秀輝
文と写真=佐藤 英喜
前々回のFROM FIELD『大ヤマメの夢』では、伊藤秀輝の大ヤマメに対する価値観について触れたわけだけれど、今回はこれまで彼自身が釣り上げてきた様々なタイプの大ヤマメの中からいくつか写真を取り上げ、いま思い描く大ヤマメの理想像について話を聞いた。言葉だけでなく、現実の魚を写真で見ていただくのが一番伝わりやすいと思う。しかし正直なところ他にも掲載したい写真はまだまだあって、また別の機会にぜひ紹介したいと思っている。
#01 「ターニングポイント」
まず最初に紹介するのは雑誌の記事で記憶に残っている方も多いと思うが、トラウティストvol.14(2006年発行)に掲載した43センチの大ヤマメだ。釣り上げたのは2005年のシーズン。まるで獣のような威圧的な迫力に満ちた雄で、43センチという大きさでありながら青いパーマークを腹部にまで鮮明に浮かばせたマダラ。伊藤がこだわる「ヤマメらしさ」を全身に現した、野性味溢れる貴重な大ヤマメだった。取材でその場に居合わせた僕もヒットからランディングまでの一部始終を鮮明に覚えているし、こんな魚がいるのかという驚愕と感動が8年経った今でも強く胸に残っている一尾だ。
伊藤はこう話している。
「今まで各地で釣ってきた大ヤマメを見てみると、大まかに分けて居着きと遡上系の2つのタイプに区別できる。それぞれのヤマメにそれぞれの魅力があるけれど、いま自分が理想として追い求めているのは、マスの血が一切混じらない100%ヤマメの血をもった居着きの個体で、この43センチは、そういった大ヤマメに対する価値観を方向づけるきっかけとなった魚だね。改めて居着きや本ヤマメの素晴らしさを実感した。それほど強烈なインパクトがこのヤマメにはあったし、俺はこういう魚が釣りたくて釣りをしてるんだという理想像を具現化してくれたヤマメ。いろんな経験を経て、釣りも考え方も成長して、ヤマメに対する理解も徐々に深まっていく。その先に本当の理想を思い描けるんだと思う」
#02 「シルクの肌を持った大ヤマメ」
2つ目の写真は、秋田のとある川で出会った38センチ。鱒の森の創刊号に掲載された魚で、釣り上げたのは2008年。これも居着き系の個体だが、最初に紹介した#01のヤマメとはまったく異なる個性を持った大ヤマメだ。何と言ってもその魅力は伊藤が「シルクのような肌」と表現する、きめの細かい滑らかな質感の体表に、繊細で明るい色彩をまとう上品な美しさ。空気に触れたそばからどんどん陰っていく一瞬の美だが、写真でも十分にそのなまめかしさは伝わるだろう。そして、そんな優雅で気品に満ちた色合いとはアンバランスなほどの極太のプロポーションが目を引く。
伊藤も惚れ惚れとした表情で振り返る。
「この迫力でいて、この綺麗さというのは、本当に身震いするほど感動したね。特に釣り上げた直後のシルクの美しさと言ったら、もう釣った本人しか味わえない(笑)。パーマークはブルーで、胸ビレの黄色も鮮やか。ギンケした様子も全くなくて、25センチ位の綺麗な渓流のヤマメをそのまま大きくしたような見事な色艶だった。同じ居着きでも、マダラのような毒々しいグロテスクな迫力とはまた違った価値観を、このヤマメから教わったよ。こういうヤマメが生まれる条件としては、水質も含めていろいろ複雑な要素があると思うけど、やっぱり大きく関係しているのは本ヤマメの系統だろうね。40センチに届かなくても少しも惜しいとは思わない。サイズでは測れない価値が、この魚には凝縮してるから」
#03「居着きの大ヤマメ、その難しさ」
大ヤマメを狙って釣ること自体、言うまでもなく簡単なことではないのだが、伊藤は居着きの個体により強く難しさを感じている。
「生まれてからの成長過程において、常に釣り人のプレッシャーにさらされ続けてきた居着きの大ヤマメは、言ってみれば百戦錬磨のツワモノ。多くの釣り人に攻められ続けて、それでもその大きさになるまで生き残った魚だから、外敵に対しては常に敏感で、身の危険を察知する能力にすごく長けてる。たったひとつのほんの小さなミスも許されない。俺はいつもそう考えてポイントに立ってるし、そういう魚を狙ってる。だからこそ居着きの大ヤマメは価値があると思うんだ。魚体の素晴らしさはもちろんのこと、誰にも釣られなかった魚をどうにか釣りたい、難しいからこそ釣りたいという思いが強い」
上の写真は以前もこのウェブサイトに掲載している魚だが、2011年に釣り上げた居着きの41センチである。いかつい顔付き、無駄な贅肉を削ぎ落としたシャープな体躯、そして腹部全体にまで及ぶ鮮明なパーマーク。釣った川はもちろん違うけれど、#01の魚と非常によく似た個性を持つヤマメだった。これも伊藤にとって理想の大ヤマメと呼ぶにふさわしい一尾。
そして上の写真は2012年、つまり昨シーズンの釣果で雌の40センチ。見ても分かる通り同じく居着きの個体で、腹部を細かなパーマークに覆われたマダラの本ヤマメだった。独特の険しさを持つ雄のかっこ良さにはやはりこだわりがある伊藤だが、この見事な魚体にはさすがに目を細めた。
「理想の雌ヤマメだね。こういう雌がいるからこそ、また素晴らしいヤマメが生まれる」
#04 「遡上系の大ヤマメ」
これまで伊藤が釣り上げてきた大ヤマメの中には、もちろん遡上系の個体も存在している。以前釣った魚で未掲載のものもあるので、その中から3本をご紹介。
「基本的に遡上系の個体は、海や湖を回遊しながら大型化するマスの血を持った魚。単にサイズだけを狙うなら当然豊富なエサに恵まれている環境で育った遡上系のほうが狙いやすい。個体によってはパーマークが残りやすいタイプもいるけど、ただ居着きの個体とはやっぱり違って、パーマークの色は黒に近いし、どうしても薄くなる。それと、遡上系はヒレが大きくて、ボディとのバランスが居着きとは違うよね。まあ、ある程度の経験値を持ってる人だったら一目瞭然だと思う。釣る難しさとしては極端な話、遡上系は川に入って初めてルアーを見る魚もいるだろうし、居着きのように成長過程で常に釣り人の脅威にさらされていたわけではない。ケースバイケースではあるにせよ、魚の抱えているスレの度合いが釣る難易度を大きく左右するのは間違いない」
伊藤は実際に居着きも遡上系も釣ってきて、それぞれに嬉しさや感動を覚えてきた。その経験を経て、いまはマスの血が混じらない居着きの大ヤマメに別格の価値を見い出している。
しかし、伊藤はこうも話している。
「遡上系には遡上系の、居着きの個体にはない迫力がある。これも魅力的だよね。流れの芯でヒットさせて、あの魚体がブワッ!と中層でひるがえった時はいつも、えっ、なんでここにニジマス?って思う(笑)。で、あの顔付きとピンク色がちらっと目に入ると、ドキッとするよね。食性が途絶えた個体に口を使わせるにはそのポイントに合わせた派手なミノーアクションが絶対的に必要で、それはそれで技術を要するものだよ」
また、ちょっと話が複雑になるけれど、居着きと遡上系、その中間に属するようなどちらともつかない個体もいるのだ。
「例えば居着きでありながら、淵やトロといった大きなフトコロでマス化するタイプもいる」
その個体については機会を改めて詳しく紹介する予定なので、どうぞお楽しみに。
#08 「シルク、再び」
この大ヤマメは伊藤が最近釣り上げた魚で、透き通るようなシルクの肌と華やかな体色が素晴らしかった。サイズ、プロポーション、色合い、どれを取っても非の打ちどころがない迫力と気品を併せ持ったパーフェクトな魚体。#02のヤマメと非常に似た雰囲気をまとっている。詳しい釣行の模様は改めてレポートするが、こんなヤマメを写真に収めるたびに、完全に生き甲斐を与えてもらっているなと僕は思うのだ。
伊藤は、ヤマメ釣りについてこう語る。
「ひと口にヤマメ釣りと言っても、ヤマメはそれぞれの環境に順応しながら生きているわけだから、本当にいろんなタイプが存在していて、そのタイプに合わせた狙い方がある。ひとつの魚種にこれだけバリエーションの豊富な魅力があるのはヤマメ以外にいないよね。だからこそ、サイズだけじゃなく自分にとっての質を追い求めたい。ヤマメほど質を求めることができる魚はいないと思う。俺の場合は、居着きの本ヤマメ系統の大ヤマメと出会えたことに心から幸せを感じているし、いま全国のそれぞれの釣り人のフィールドにはその環境に合ったヤマメがいる。そこでその人なりの興味をどんどん広げていってほしいと思う。それがヤマメ釣りの楽しさじゃないかな。いままで出会ったヤマメ達に感謝して、いつかその写真をまとめて、ものすごいヤマメ大全集を作りたいね(笑)」
TACKLE DATA
ROD | Expert Custom EXC510ULX,EXC560ULX/ITO.CRAFT |
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REEL | Cardinal 3/ABU |
TUNE UP | Mountain Custom CX proto model/ITO.CRAFT |
LURE | Emishi50S,Emishi50S 1st,Emishi50S 1st Type-Ⅱ,Bowie50S/ITO.CRAFT |
LANDING NET | Former,North Buck/ITO.CRAFT |
ANGLER
伊藤 秀輝 Hideki Ito
1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。