イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2016/12/20

イトウガイドサービス
2016夏 後編
ゴールドラッシュの川の巻

文=丹律章

■一攫千金の川


伊藤「今向かっている川は、ちゃんと別の名前があるんですが、この辺の人は黄金川(こがねがわ)と呼ぶんです。昔から砂金がとれる川として有名で、中尊寺の金色堂に使われている金の8割が黄金川の流域でとれた金だといわれています」

 そうなんですか。教科書にはそんなこと書いていなかった気がしますが。


伊藤「定説としては、三陸海岸のいくつかの金山が、平泉の金文化を支えたといわれていますが、それは当時の鎌倉幕府、源頼朝を欺くための方便で、雫石にある金山の存在は、長い間ひた隠しにされていたらしいんです」

 金は今も採れるんですか。

伊藤「埼玉に住むユーザーで、前田君(注:前田章一さん。伊藤とも個人的な付き合いがある。当サイトで伊藤が前田さんを案内した記事を掲載している)っていう人がいて、5年くらい前に、彼がガイドサービスを使ってくれてね、その時黄金川に案内したんだけど、でかい金のかたまりを拾ったんです」

 でかいってどれくらい?

伊藤「ハンドボールくらいあったかな。それを売ったお金で、フェラーリを買ったらしいですよ」
 ホントですか?

伊藤「フェラーリだけじゃなく、今は腕に金色のロレックスを巻いて、自宅は金色堂みたいな金色のピカピカしたのを建てたみたいです」


 何だこの話は。ハンドボール大の金塊? フェラーリ? おとぎ話のたぐいか?

伊藤「私も2度ほど川の中で金を拾ったことはありますよ。小指の先くらいの小さなかたまりでしたけど」

 マジですか? 小指の先サイズだって、相当な値段が付くはずだ。


 黄金川でもヤマメが時折ミノーを追った。22cmくらいの側線沿いに赤い線が入ったきれいなヤマメをリリースした後、次のコーナーを曲がると、ひとりの男性が河原にしゃがみこんでいた。


 釣りでもなさそうだし、キノコ採りでもない。手には赤くて大きな皿が握られている。

伊藤「ああ、やはりまだいるんだな。砂金をとる人です。アメリカ流にいうなら、フォーティナイナーズですね」

 49ers。カリフォルニアで金が発見されたことにともない、1849年に金を求めてカリフォルニアに殺到した人たちを、そう呼ぶ。サンフランシスコを拠点にするアメリカンフットボールチームの愛称はそれに由来している。

 雫石の49ersか。僕はその49ersに話しかけてみる。

 金は採れるんですか。

「ああ、有名になると困るから大きな声では言えないが、まだ採れてるよ」


 聞くとこの砂金採りの男性は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて、東北地方を支配した奥州藤原氏の末裔にあたり、第3代当主である藤原秀衡(ふじわらのひでひら)の六男、藤原頼衡(ふじわらのよりひら)の、系譜を継ぐ人物らしく、藤原博衡(ふじわらのひろひら)と名乗った。


「釣りはどうだ」

 小さいヤマメが釣れただけです。

「じゃあ、いいもの見せてやろう。昨日久しぶりに採れた一番でかいのがこれだ」

 男性は、角砂糖くらいの金のかたまりを見せてくれた。


 そのサイズの金にどれほどの価値があるのかは正確には知らない。知らないが、こんな川が人知れず残っている、雫石という土地には恐れ入る。



■ロッド紛失事件


 不思議なことが起きたのは、その49ersの男性と別れて、30分ほど経った時だ。

 僕が小用を済ませて、2人がいるところに戻ると、ロッドが見当たらない。朝伊藤さんに借りた、PE用のプロトだ。

 あれ、ロッドが……この辺に立てかけておいたんですけど。

吉川「本当に、この辺りですか」

 多分……ここだったような気がしますけど。

吉川「変ですねえ。無いですねえ」

 広葉樹の森と、エゾゼミの声に包まれた河原で、1本のロッドが忽然と姿を消した。

伊藤「あのですね。丹さんがトイレに行っているとき、視界を何か通ったような気がしたんです」

 何かって?

吉川「まさか、去年の釣りの時のように」

伊藤「ぬらりひょんかもしれません」

 ぬらりひょんの詳細は、「イトウガイドサービス2015夏」に詳しいが、簡単に言うと雫石の山岳渓流に棲むいたずら好きの妖怪で、危険が伴うような深刻ないたずらはしないけれど、釣りの邪魔は大好きだというちょっと困った伝説の存在だ。

 平成の時代に、そんな妖怪など信じる訳にはいかないのだが、信じないと多少つじつまが合わないことが、昨年の釣りで起きてしまったのも事実だ。

伊藤「10分くらい前から、森の様子が、なんか気配というか、ちょっと変わったんですよ」

 森の気配を感じる能力というのも、よく考えたら、ぬらりひょんの存在並みに不気味だ。

 周辺をしらみつぶしに探したが見つからない。仕方なく、僕自身のナイロンラインのタックルで上流へと釣り上ってみる。

 魚の反応はなくなった。昨年も、ぬらりひょんの気配を感じた瞬間から、さっぱり魚は釣れなくなった。それまであったチェイスもすべて無くなった。

伊藤「やっぱりぬらりひょんですね。昨年同様、こんな時は別の川に行くのが一番なんですが、無くなったロッドが問題ですね」

吉川「あそこにあるの……スイカですかね」

 と、吉川さんが突然言った。

 目を凝らしてみると、30mほど上流の河原に、スイカらしきものが置いてある。

 上流から流れてきたのかなあ。

伊藤「それにしては、岩の上ってのが変ですね」

 近づいてみると、岩の上にスイカが置いてあり、その隣に無くなったプロトのロッドが並べてあった。

 ……ロッドだ。


伊藤「お詫びのスイカでしょうね」

 ぬらりひょんということですか。

伊藤「そうなりますね」

吉川「何かの足跡があります」

 3本爪で、熊じゃないし……。

伊藤「ぬらりひょんの足跡です。これは珍しい。私も、子供の頃に何回か見て以来です」

 何となく、釣りをする気はなくなっていた。

 僕らはロッドを回収し、イトウガイドサービス本部へ戻って、スイカを食べた。きりりと冷えて、甘くておいしいスイカだった。


 1週間後、神奈川の自宅で仕事をしていると、今回の釣りに同行し撮影を担当した佐藤君からメールが入った。

<先日の釣りの写真を見ていたら、ロッドが無くなって、みんなで探している写真に、変なモノが写り込んでいました。僕が撮影したものに間違いはないのですが、こんなのを見た記憶はないんです。目の前を横切ったら普通気が付きますよね>

 添付された画像データを開いてみると、僕らが3人で川を歩いている様子を、下流から撮影した写真だった。カメラ位置と僕らの間で、川を横切っている物体がある。動物? 残念ながらブレていて姿ははっきり写っていないのだが、これがぬらりひょんなのだろうか。

 雫石では、やはり不思議なことがよく起こる。

TACKLE DATA

ROD Proto model/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
LINE Cast Away PE 0.6/SUNLINE
LURE Bowie 50S, Emishi 50S 1st/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT
HEART どんな出来事にも動じない平常心

ANGLER


丹 律章 Nobuaki Tan


ライター

1966年岩手県生まれ、神奈川県在住。フリーランスライター。「ルアーフリーク」「トラウティスト」の編集を経て、1999年フリーに。トラウトやソルトのルアー、フライ雑誌の記事を多く手掛ける。伊藤秀輝とは「ルアーフリーク」の編集時代に知り合い、25年以上の付き合いになる。