FROM FIELD
丹 律章
FIELDISM
Published on 2013/11/08
イトウガイドサービス
2013夏 前編
カブトムシの夏休みの巻
2013年8月
文=丹律章
さあお立会い。毎度バカバカしい、イトウガイドサービスでございます。
前回皆様とお会いしたのが、約半年前。渓流でヤマメを釣りながら流しそうめんなどしたのが、2012年のイトウガイドサービスでございました。
ヤマメは大したサイズが釣れなかったのでございますが、まあそれはいつものこと。それより流しそうめんとスイカが美味かったなあなどと、ガイドサービスを利用した当人は回想しているようでございます。
そして2013年。
またまた雫石にやってまいりました。だがしかし、ちょっとタイミングがよろしくないようで、今回のガイドサービスはどんな釣りになるのか、波乱の幕開けとなりそうな気配にございます。
いい魚が釣れるのか釣れないのか。さあさあ、御用とお急ぎでない方は、ごゆるりと見ていきな、読んでいきな、笑っていきな!
『あらかじめお断りしておきます。この物語はフィクションです。イトウガイドサービスという組織は存在しません』
8月のお盆前。日本中がうだるような熱波に包まれていた夏のど真ん中。僕は新幹線で、盛岡を目指していた。目的は釣り。雫石のイトウガイドサービスを利用して、周辺の山々を釣ろうという計画だ。
新幹線に乗る直前、電光掲示板に気になる表示があった――秋田新幹線は運行を見合わせています――どういうことだ?
東京から盛岡へ向かう2時間半。車内の電光掲示にも情報が入ってくる。大雨により秋田新幹線は不通。釣りは翌日からの予定だった。秋田の釣りは無理なのかなあ。僕はのんびりとそう思っていたが、事態はそんなに甘くなかった。
一関で新幹線が北上川を横断した時、川は平水に見えた。秋田は大雨でも、岩手県側は大丈夫なんだな、と思った。10数分後、北上の手前で再び北上川を渡った時、川は全く違う姿に変わっていた。氾濫の手前の様相。河川敷は水で埋まり、水は赤茶色に濁り、巨大な倒木が多数、流れの真ん中を流されていく。上流部に降った大量の雨が本流に到達し、その先兵が北上と一関の間を進軍していた、その瞬間に僕は出会ったのだった。
奥羽山脈の西と東、秋田の西部から岩手の東部にあたるエリアに、集中豪雨が降り、河川は大増水、氾濫した水は道路にあふれ、ところによっては土石流も起きていた。
釣り? それどころじゃないな、多分。
翌朝、車で雫石に向かう。雨は少し上がっている。国道46号線は普通に流れていて、何も問題はない。
予定時間にイトウクラフト前に着くと、伊藤さんと吉川課長が近づいてきた。
「おはようございます」
あ、どうも。またお世話になります。どうでしょう、やはり釣りは無理ですか?
「丹様、私どもも、今日はまだ川を見に行ってはいないのですが、昨日の状況から推測するに、相当厳しいかと……」
とりあえず、川の状況を確かめに行こうと、伊藤さんの車に乗り込み、雫石川本流へ向かう。
あれま。
それが雫石川を見た僕の、正直な感想だ。無理。釣りなんてどう考えても無理。
次に上流へ行ってみる。上流部は、あれま、どころの騒ぎではなかった。
道路は陥没し、低い土地に立った家には浸水の後が残り、橋は落ち、道路脇には巨大な倒木が転がる。
この倒木、どうやってここまで来たの?
「この先に支流の合流点がありまして、その川が氾濫しました。その川から流れてきたのでしょう。つまり、昨日はこの道路が川になっていたということです」
…………。言葉を失う。
「2年前の震災があって、内陸は津波の被害を受けなかったわけですが、山間部にはこういう形の自然があります。こういう鉄砲水とか土石流のことを、この辺では、『山津波』と呼ぶんです」
やまつなみ。山あいに起きる津波。これもまた三陸を襲った津波同様、恐ろしい自然の姿だ。
この夏は、各地で集中豪雨の被害が出た。竜巻のような突風も起きた。海水温は秋になっても尋常ではない高さを保っていた。
地球は20年前とは違う姿を見せつつある。
これが温暖化による変化なのだろうか。
人類は、少なからず地球を破壊しながら生きてきた。人類の存在自体が、地球にとっては負担なのだ。それに輪をかけて、成長し続けなければならない社会、経済、国家のかたちが、さらなる負担を強いる。
以前、テレビで何かの学者が言っていた。今が転機なのかもしれないと。経済活動を変化させ、地球を守る活動を始めないと、地球は確実にダメになる、と。
社会も経済も、常に成長しなければならないのか。停滞や後退は悪なのか。つまり、この便利になりすぎた社会を後退させる勇気があるかということだ。石器時代とは言わないまでも、何でも簡単に手に入る便利な社会を捨て、たとえば20~30年前くらいの多少不便な生活を選択することで、地球を守るつもりがあるか、気概があるか。それを地球は我々に問うている。
ま、そんな自然の恐ろしさを目の当たりにし、僕はすっかり釣りへの意欲を失ってしまった。そりゃそうだ。釣りどころじゃない。
本部へ戻り、出してもらったコーヒーなど飲みながら、ひと休み。これからどうしよう。釣りもできないし、帰るしかないか? 何の気なしにイトウクラフトの作業場をのぞいてみると、ある1本の竹竿が目に留まった。
竹竿? バンブーロッド?
正確に言えば、それはまだ竿の状態にはなく、ガイドもリールシートもついていない、さらのブランクだ。だが、これがイトウクラフトの新作で、バンブーロッドが今後発売されるのだとしたら面白い。
誰も見ていないのを確認して、そのブランクを手にしてみる。
ブランクには、文字が書いてあった。
<Expert Custom BORON/BAMBOO Proto EXC 620LM-B>
間違いない。イトウクラフトはバンブーにボロンをコンポジットしたロッドを発売するつもりなのだ。
「どうかなされましたか?」
後ろで、伊藤さんの声がした。
見つかった! でも、ここは開きなるしかない。
これはバンブーロッドですね。まだ発表はしていないようですけど、僕にばれちゃいましたよ。発売は来春? 再来年かな?
「何の話でございますか?」
これ、バンブーロッドのブランクでしょう。見つかってしまっては言い逃れはできませんよ。どの程度仕上がっているんですか? 値段はいくらぐらいで出すんですか? プロトが組みあがったら、僕にも振らせてくださいね。
僕は立て続けに質問をぶつけた。
「いや、それはバンブーロッドではありませんよ」
それなら何だと言うんです!
「確かにそれはバンブーのブランクです。でも、今のところロッドを発売する予定はない。アメリカのバンブーロッドメーカーがストックしていた、第二次世界大戦以前のトンキンケーンを10年前に仕入れて、それがそのブランクですが、でも釣り竿じゃない」
大戦前のトンキンケーン? 気が遠くなるようなマテリアルですねえ。でも、見たところ節はあるし、普通の孟宗竹に見えます……いや、それより、問題はロッドだ。バンブーロッドを作る予定はないというくせに、ブランクはできてるじゃないですか。
「だからこれは、ロッドのブランクではなく、虫取り網のバンブーブランクなんです」
はあ?
(中編に続く)
TACKLE DATA
ROD | ロッド無用、リール不要。虫取り網と虫かごは必携のこと |
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WEAR | 虫刺されを考慮して長そでに長ズボンが望ましい。「オレはヤブ蚊もアブも平気だぜ」という人は短パンも可 |
SHOES | 長靴がベスト。ワークブーツもGOOD。スニーカー可。サンダル不可 |
EYES | カブトムシやクワガタを見分ける目 |
STOMACH | 強力なもの。前夜から食事は控えて、もちろん朝食は摂らずに参戦すること |
DRUG | 定番のウコン系や、胃腸薬系などの薬物を必要に応じて適量摂取する |
ANGLER
丹 律章 Nobuaki Tan
ライター
1966年岩手県生まれ、神奈川県在住。フリーランスライター。「ルアーフリーク」「トラウティスト」の編集を経て、1999年フリーに。トラウトやソルトのルアー、フライ雑誌の記事を多く手掛ける。伊藤秀輝とは「ルアーフリーク」の編集時代に知り合い、25年以上の付き合いになる。