FROM FIELD
丹 律章
FIELDISM
Published on 2011/09/02
イトウガイドサービス
2010秋 後編
超豪華キャンピングカーコース
秋ヤマメの巻
2010年9月21日
秋田の渓流×丹律章
文=丹律章
写真=丹律章、伊藤秀輝
『あらかじめお断りしておきます。この物語はフィクションです。写真は合成ではないし、釣り当日に釣った魚を掲載していますが、イトウガイドサービスという組織は存在しません』
イトウガイドサービスは、岩手の雫石を拠点に釣りのガイドをする団体である。岩手、秋田の釣り場については驚くほど詳しく、ガイドを頼めば確実に魚が濃い川、支流、エリアに案内してくれる。
最近は魚よりも人の数の方が多いような川が多く、たとえ数がそれなりにいてもすれている魚がほとんどなので、釣りは簡単ではない。なので僕はこれまで、何度もこのガイドサービスのお世話になっている。関東から遠征し短い日程で釣りをする中で結果を出すには、ガイドを頼むのが一番なのだ。
このイトウガイドサービス、ガイドとしての腕は一流だが、料金も一流である。
通常、日本でも海外でも、1日のガイド料金というのは2名の客にガイドが一人ついて4~5万円が相場だと思う。ところがイトウガイドサービスは、基本料金が10万円と相場の倍だ。なおかつちょっといい釣り場に案内してくれるAコースのオプションが1万円、さらに珍しく魚影の濃い釣り場に行くのはSコースでプラス3万円となる。
今回僕は、2日間連続でSコースのガイドを依頼した。初日は尺がらみのヤマメを2匹ばらし、キャッチできたのはさほどいいサイズではなかったが、宴会用に天然マイタケを調達してくれ、それはそれで素晴らしい夜となった。
今回の物語はガイド2日目の朝から始まる。
朝、5時。イトウガイドサービス本部前には、キャンピングカーが鎮座していた。
「本日は、イトウガイドサービス、キャンピングカーSコースをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。スペシャルコースですので、本日は課長の吉川と2人でガイドをさせていただきます」
伊藤さんが丁寧な口調で言う。
僕は呆然としながら、排気量5.6リッターのエンジンをボンネットの下に隠した、ダッジ社製キャンパーを見つめる。徐々に昨夜の伊藤さんとの会話を思い出してきた。
『お客様、明日ですが、キャンピングカースペシャルコースを選択することも可能ですが、いかがいたしますか? 柔らかなソファーにゆったりと座っていただき、釣り場までの移動が快適に過ごせると思います』
そんな提案を受けたのだった。二日酔いの泥沼の奥深くから少しずつ記憶の断片が蘇ってくる。
『もし突然の雨が降ってきても、キャンピングカーの中は広うございますので、止むまでの間バックギャモンなどを楽しんでもらうことも可能かと存じます』
そして僕は、その提案に対して、キャンピングカー? いいですねえ。と応えたような気がする。その結果が、これなのだ。
酔っ払って思考能力が低下しているときに、オプションコースの提案をするのは、イトウガイドサービスのいつもの手だ。もちろん、僕はそのオプション料金について聞いてはいない。
ポンッと伊藤さんの背後で音がした。
吉川課長が現れて言う。
「早速ウェルカムドリンクを用意させていただきました。ご乗車いただいて、ごゆるりとお過ごしください」
後部座席のソファーに座ると、シャンパングラスが手渡され、泡の入った白い液体が注がれる。もう一度言うが、午前5時である。
液体の正体はドンペリだ。
安売り酒屋で購入しても1万円は下らないシャンパンだ。正規価格は倍、飲み屋ならさらに倍、銀座ならさらに倍という代物である。
「ご安心ください。ウェルカムドリンクは、5万円のキャンピングカーコース追加料金に含まれておりますので」
立ちくらみがした。しかし、すぐにそんなことからは立ち直ってみせる。イトウガイドサービスを利用するなら、こういうオプションは料金の発生は当然なのである。川に行くときには水に濡れることを想定してウェーダーを履くように、イトウガイドサービスを利用するときには意外なオプション料金の発生を想定して、財布の紐はフルオープンに、頭はバカにしておかなければならないのである。
頭部、および胃腸方面には、まだ十分にアルコールが残留していたが、僕はグラスに注がれたシャンパンを飲み干した。こうなったら徹底的に楽しんでやるのである。
川は増水していた。濁りのきつい支流もある。前日の雨が影響していた。
「川の状況としては良くはないですが、何とかします。釣りができる支流をお探しいたします。まずは、麗しき
日本の渓流コースからご案内いたしましょう」
何? 麗しき? 何が麗しいの?
「昨夜ご依頼いただいた、秋のスペシャルコースでございますが……」
ああ。そういえば昨夜、そんなこともいったような気がする。
『本日は、尺がらみの魚を2匹ばらしてしまいましたが、お楽しみいただけましたでしょうか』
そうですね。(いいサイズを2つばらしてしまったことをわざわざ思い出させてくれなくても結構ですけど)楽しんでます。ここに来るのは、釣りだけが目的ではないですから。マイタケを食べれることもそうですし、懐かしい、いわゆる旧き良き日本的な、昭和的ともいうんでしょうか、そういう風景の中で釣りができるというのも、神奈川に住む僕には貴重な体験ですから。
『用意させていただきます』
えっ、何を用意するの? と瞬間的に思ったが、そんなことはすぐに忘れてしまった。そのコースが夜のうちに準備されたのだろう。
キャンピングカーが細い未舗装路をしずしずと(何せ、車幅が広いので慎重に進まないと脱輪してしまいかねない)進んで、橋のたもとのちょっと広いスペースに止まった。
そこには、まさに旧き良き日本の田舎の風景が、展開されていた。
「現在、雫石から半径50km以内で、最も旧き良き日本らしい場所を選定しました。先の林の奥に渓流が流れております」
水が抜かれた田んぼに稲が干されている。何かをいぶすような囲炉裏の匂いと、新鮮な森の匂いが混ざって漂っている。僕らはその中を通って、釣り場へ向かう。まさに、旧き良き日本。秋の田舎の風景。気分がいい。
農業も合理化が進み、便利な機械乾燥が主流となっている今、ここのように、味が良いといわれる天日乾燥にこだわっている農家は少ない。そんな農家と、ヤマメがいる渓流をセットでとなると、なかなか貴重な場所であろう。
「オプション料金は2万円でございます」
そうですか。いつも通り高いですね。
「刈った稲の乾燥作業を今の時間までに終わらせてもらった農家への謝礼、あぜ道の通行許可、駐車など含めての値段ですので、適正価格かと」
イトウガイドサービスの意思決定、指示が農家まで及んでいるとなると、高いとは思わないが、果たしてホントだろうか。
残念ながら、あぜ道の先の川には魚が少なかった。オプション料金は、純粋に旧き良き風景の料金となった。
「濁りの入りにくい渓流にご案内します」
そういって伊藤さんが向かった渓流は、広葉樹に覆われていた。
カーブの深みにミノーを投げる。偶然良い所に落ちて魚が姿を現した。しかし、もうちょっとのところで食いつかなかった。次のポイントでもすぐにミノーに反応があったが、ばらしてしまった。なかなか魚の反応がいいぞ。
しかし、伊藤さんは渋い顔をしている。
「ちょっと投げてみていいですか?」
伊藤さんがさっき僕がばらした淵へミノーを入れる。すぐにヒット。23センチくらいのイワナだった。
「やっぱり……ダメですね」
えっ、何がダメなの? こんなに魚の反応がいいのに。
「釣れるのはイワナです。ここは、ヤマメが釣れる日はヤマメだけ、イワナの日はイワナだけという川なんです。今日はイワナの日です。ダメです」
いやいや、今どきこんなに反応がいい川はないですからやりましょうよ。
「イワナですから……お客様には是非、いいヤマメを釣っていただきたいと思っております」
僕はイワナでも構わないんですけど。
「そちらが良くても、私たちが良くありません。移動です」
えー、客は僕なんですけど。
「移動します」
伊藤さんが断固とした口調で告げる。ソフトクリームとか(イトウガイドサービス2010夏参照)、天然マイタケ(同2010秋前編参照)など、無謀な要望にも応えてくれるのに、イワナでもいいという客の意見には全く耳を貸さない。客が釣りたい魚ではなく、ガイドが釣らせたい魚を釣らせる。それがイトウガイドサービスなのである。
僕は、しぶしぶ移動に応じた(応じなくても移動させられるのは明白なのだけれど)。
移動した先の川は、やや濁りが入っていた。限界まで垂れ込めた雲から雨が落ちてきた。増水気味の渓流は、流れが強くて歩きにくかった。30分ほど遡行すると、大きな淵が見えた。
「ここは、秋にヤマメがたまる場所です。本日一番のポイントです。この増水なのでイワナが出ることもありますけど、普段はヤマメの方が多いはずです」
伊藤さんが言う。そして付け加えた。
「ロクゴーは持ってますか?」
えっ? 蝦夷65Sですか? いやあ、持ってませんね。渓流なので5cmだけでいいと思って。
「普通ならもちろん5cmでいいのですが、濁りがあるので、ちょっと目立たせた方がベターかと思います」
伊藤さんは自分のルアーボックスをごそごそ探って、65Sを探し出した。そして、僕の顔を覗き込む。
「どうします?」
使うかどうか聞いているのである。もちろん無料ではない。現場売りは定価の2倍がこのイトウガイドサービスの通常価格だ。
もちろん使わせてもらいます。
「これは、先週私が自分で塗った、秋ヤマメ用のスペシャルグリーンカラーです。市販品にはありません。特別カラーの塗装価格は30円です」
特別カラー料金が1000円というならそれはそれで納得できるが、30円ならおまけしてくれりゃいいのに。そう思ったが口に出さない。言えば絶対「それなら1000円で」というに違いないから。
淵の右端。流れ込みの横を狙ってキャストを始める。
僕の後ろで伊藤さんと吉川課長が見守っている。にらみつけているのかもしれない。釣れよ、と。
10投目か15投目か、僕の竿先に反応があった。
アワせる。
グイっとティップが引き込まれる。
ラインが水面を切る。
3回ほど、淵の底を目指す逃走の闘争をいなし、水面に魚が浮く。赤い。鈍いオレンジ色が見えた。
水面を転がるようにしてノースバックに収まったのは、秋の色で着飾ったヤマメだった。
30cmあるネットの内寸にはちょっと足りない28cm。ビッグサイズではないが、十分にいいヤマメ。狙っていた35cmには遠く及ばないけれど、僕にとっては満足できる色と顔つき。今回の旅に意味を持たせてくれる秋のヤマメだ。
「さすがですねえ」
伊藤さんと吉川課長が声を揃える。タッチじゃないんだから。ハモんなくてもいい!
「この状況で赤いヤマメとは素晴らしい」とまた声を揃える。そのうち、幽体離脱とか見せてくれるかも。
「タン様の技術には感服いたします」
もしかして、お世辞にも料金が発生するのだろうか。
山々も秋の色に染まり始めている。ヤマメも秋の色に染まっていた。
TACKLE DATA
ROD | Expert Custom EXC510PUL/ITO.CRAFT |
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REEL | Cardinal 3/ABU |
LINE | Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS |
LURE | Emishi 65S 1st & 50S 1st & 50S 1st Type-Ⅱ/ITO.CRAFT |
LANDING NET | North Buck/ITO.CRAFT |
ANGLER
丹 律章 Nobuaki Tan
ライター
1966年岩手県生まれ、神奈川県在住。フリーランスライター。「ルアーフリーク」「トラウティスト」の編集を経て、1999年フリーに。トラウトやソルトのルアー、フライ雑誌の記事を多く手掛ける。伊藤秀輝とは「ルアーフリーク」の編集時代に知り合い、25年以上の付き合いになる。